「そんなにおきれいだったのですか?」
「そぅよぅ〜〜〜、まったくこの世の物とは思えないくらいお美しい花嫁姿で・・・古風だけどすんごく上品で、まるで夢の国の天使か妖精のようだった・・・」
サリアは花を付けた蔓草を這わせたアーチの下で、夢見るようにふわりと回った。その瞳は目の前にいるジャヌーを映して等いない。しかし石でできたベンチに腰掛けた青年は好もしそうにその様子を眺めている。
瑠璃宮付属の庭園。典雅な彫刻を施した噴水の調べは、夏の夜の濃密な空気を涼しげにかき混ぜる。
「うわぁ・・・見たかったなぁ。それに花婿姿の将軍閣下も」
「ああ、あの方もご立派だったわよ」
こちらの感想はごくあっさりしている。
「でもレーニエ様に首飾りを贈られていたわ。ご自分の瞳と同じ色の石の入った。きっとアレね、いつもレーニエ様に自分を感じていて欲しかったのよ、ファイザル様は。うひゃぁ〜、ロマンティック!」
サリアは蔓草の絡まる螺旋模様の円柱を抱きしめてジタバタしている。
「へぇ〜〜〜あの人が首飾りをねぇ。ご自分で選ばれたのかな?」
「さぁ〜〜〜自分で聞いてみなさいよ。それはそうと」
「何?」
「ファイザル様ってお金持なの?あの首飾りは私が見ても、とても立派なものだったの。でもあまり大袈裟すぎず、繊細な銀細工で」
漸く落ち着いてきたのか、サリアは実際的な質問をしてジャヌーの横にすとんと腰をおろした。
「さぁ・・・でも、命を張って長く最前線にいた人ですから、きっとそれなりのものはお持ちかと。地位もあるし。俺だって、ここ一年の給料はびっくりするくらいだったし。・・・そうか、俺もサリアさんに何か贈るといいんだな。すみません、あまりそういう事に気がつかなくて」
「あら?」
ちら、とサリアは横目で金髪の青年を見たが、ここで何かを強請るのも興ざめだと思い直した。
「私は今はいいわ・・・とにかく花嫁となられたレーニエ様が落ち着くまでは・・・ああ、それにしてもお美しかったわぁ・・・。宮廷中の皆に見せびらかしたかったくらい」
「羨ましいです。俺も出たかったな」
しょんぼりした様子でジャヌーは広い肩を落としたが、この明るい青年はそれほど酷く落ち込んでいる訳でもなかった。
「あ、ごめんなさい。私ばっかり感動しちゃって・・・でもだって、女王陛下の私邸でのごくわずかな関係者のみのお式だったんですもの。私だって参列できたのが奇跡のようだったのよ」
「はぁ・・・」
「だけど、酷いじゃない!ファイザル様ったら、婚儀と女王陛下主催のささやかな宴に出られたあとは直ぐにお仕事に戻ってしまわれたのよ、レーニエさまは笑ってお送りになっていたけれど・・・お可哀そう・・・きっと今頃お寂しい思いをしてらっしゃるわ」
実際はそれほどでもなかったのだが。
「ああ・・・南部から早馬が来たって言ってたっけ?いや、ご心配なさる事はありません。ウルフィオーレの新しい市長から駐屯軍についての問い合わせがあっただけで。俺も居合わせたんですが、ちょっとめんどくさいですけど、大した事では・・・仕方がないですよ。今やファイザル閣下は全軍の要ですから」
「それでジャヌー、あなたはこれからどうするの?」
「どうするって何がですか?」
「何がじゃないわ。あなただって手柄を立てて少尉に出世したのでしょ?これからは部下を持つ身分だわ」
「ああ・・・でもあんまり実感ないですが。とりあえず閣下にくっついて、ノヴァへ帰ります」
「そうなの?」
そう答えたサリアの声には喜びが隠し切れていない。
「ええ、俺だってあの土地が好きですし」
「だけど、実家には帰らないの?御両親に報告とかした方がいいんじゃない?」
「そりゃいつかは。だけど、当分はサリアのように、レーニエ様とファイザル将軍がすっかり落ち着かれるまでお傍でお仕えしたいです」
「私と同じね」
「はい。それに俺の実家は東部にありますから、ノヴァからそんなに遠くないし、家は兄弟達が立派に引き継いでいるし。―――そうだ、いつか一緒に行きませんか?のんびりしたいいところですよ、ノヴァと変わりないくらい田舎ですけど」
「まぁ、私を誘ってくれているの?」
驚いた振りを見せてサリアが目を見張った。瞳に星が宿っている。
「・・・ていうか、一応申し込んでいるつもりなんですけど」
「何を?」
サリアは充分ジャヌーの意図を認識していながら、愛嬌たっぷりにしらばっくれて見せた。
「あ〜〜〜〜その・・・いつか俺達も今日のお二人の様になれたらなあって・・・思っただけで・・・も、勿論、サリアさんがお嫌じゃなければですけど」
「サリアでしょ?」
「あ、そうだった、サリア」
「・・・・・・」
「ダメですか?」
「そうじゃなくてね、ちゃんと言いなさいよ。言いたい事があるんなら。私何か勘違いをしているかもしれないし」
「・・・分かりました」
ジャヌーはしばらく躊躇う様子を見せたが、直ぐに大きな笑顔を見せた。徐に立ち上がると、ベンチに腰掛けているサリアの前で片膝をついて手を取る。
「サリア。いつか俺と結婚してください」
「いいわよ」
「えっ!本当ですか?」
あまりにあっさりした対応に、曲がりなりにも緊張していたジャヌーは拍子抜けしたように眉を下げた。しかし、
忽ち喜びの方が勝り、サリアの両手を握りしめて額を付ける。
「よかった!俺、きっとがんばってサリアさ・・・サリアを幸せにしますよ」
「ありがとうジャヌー。・・・本当言うとね、とても嬉しいの。だけどごめんね、私は一生レーニエ様にお仕えするつもりだけど、それでもいいの?」
「それは勿論それで構いません。だって俺は・・・・・俺は一途にレーニエ様にお仕えされるサリアさんに惚れたんですから」
夏の空のように明るい青い瞳が鳶色の大きな瞳を覗きこむ。そこには紛れもなくお互いが映っていた。
「ふ・・・わかっていてよ」
そう言うと勢いよく広い胸に身を投げかける。ジャヌーはその体をしっかりと受け止めた。
「それに俺にだって、レーニエ様は特別な方です。あ・・・ヘンな意味ではなく、純粋に臣下として。確かに以前は恋に似た感情を持っていた時もありましたが・・・」
「それもわかっているわ。誰だって私のレーニエ様には恋するのよ」
「今だけ俺を見てもらえると嬉しいんですけど」
ジャヌーは腕にそっと力を込める。噴水の音がやけに響いた。
「ジャヌー?」
「はい?」
「あなたに敬語を使うなって言ったってもう無駄のようだからはっきり言うけど」
サリアは逞しい胸を両手で押し返して顔を上げた。可愛い眉が悪戯っぽく上がっている。ジャヌーは素直に腕を緩めた。
「あ、ほんとだ。で、なんですか?」
「今ならキスしてもいいわ?」
「・・・俺も今頼もうと思ってたんですよ」
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
本編に書ききれなかったもう一組の恋人たちの逢瀬でした。