雷神と言う男

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「きゃああああーーーーーーー!」



真夜中の裏路地に絹を裂く女の悲鳴。

続いてバタバタバタ、ガランゴロンと複数の足音と、その辺のものが転がる物音が派手に響いた。驚いた野良猫達が餌を漁るのを放り出し、てんでに逃げ去る。

ここはエルファラン国王都、花の都ファラミアで最もガラの悪い下街の一角、通称老いぼれ驢馬(ろば)小路と呼ばれる地区である。高級な品物を扱う店や、大きな市場のある大通りからは西に大きく外れ、区画にしてわずか2つほどの、その割には迷路のような路地の入り組んだ街であった。場末の娼館や、質の悪い酒を売る居酒屋などが軒を連ね、明るい陽の下を歩けない、あるいは歩きたくない輩が住まう一画。

どんなによく統治された都会でも、必ず何処かにある吹き溜まり。それが老いぼれ驢馬小路であった。

「うらぁ、このアマ。もう逃げらんねぇぜ!覚悟しな!」

「年増のくせにふてぇアマだ!店の金を持ち出すなんざぁ。どこで稼がせて貰ってると思ってやがんだ」

若いくせに酒精に焼けた男たちが三人、どうやら獲物を細い通路の奥に追い詰めたらしく、腰に手を当ててすり減った石畳を見降ろしている。酒場と安宿を隔てたその路地は、つき当たりに山と荷物が積まれ、否応なく行き止まりになっていた。明りは両側の店の(すす)けた小窓から漏れる光のみである。先ほどの魂消(たまぎ)る悲鳴は当然店の中まで届いた事と思われるが、女の悲鳴など、この小路では珍しくも無い証拠に誰も助けになど出てはこなかった。

「おら、観念しろや」

頭に悪趣味なスカーフを巻き付け、頬に大きな傷のある男がずいと身を乗り出した。片足で女のスカートを踏みつけている。

「は・・・はんっ!何が稼がせて貰ってるだ!この十日間タダ働きじゃないか!こっちはガキと年寄りを養っていかなくちゃならないんだ!当然貰える金じゃないか!」

女は石畳に這いつくばりながらも気丈ににやつく男たちを見上げた。最早髪には幾筋か白髪が交じり、着ているものはけばけばしいだけでちっとも体に合っていない。痩せこけた頬は女を実際の年齢よりもよほど老けて見せている。

「うるせぇ!ろくに客が取れなくなった大年増のくせして、雇って貰えるだけでもありがたいと思わねぇか」

「二度とこんな巫山戯(ふざけ)たマネができねぇようにしてやるから覚悟しな!」

もう一人の男が女の折れそうな腕を掴み、無理やり立ち上がらせようと力任せに引っ張り上げた。

「放せ!放せってんだ、この人でなし!助けて!誰か助けて!」

女は恐怖に顔を引き()らせながらも最後の力を振り絞って叫んだ。しかし、それは男たちの下卑た失笑をかっただけで、矢張り誰も現れない。

「聞いたかおい?助けてだとよ。こんなブサイクな年増女を何処の誰が助けるってんだい?」

耳障りな胴間声が裏店(うらだな)に響き、ゲラゲラと笑う声がそれに続いた。

「違ぇねぇ。おら!立ちやがれ!」

「嫌!放して、放せぇっ!!!」

「うるせぇ・・・!?うわっ!・・・お、おい?ルジンどうした」

ぐしゃ

女の腕を掴んだ男が足元に見たのは、石畳に顔面をぶつけるように倒れた仲間であった。倒れた拍子にスカーフが脱げて、刺青を施した禿頭(とくとう)が見えている。

「!?・・・ぐぅっ」

(いぶか)しげに振り返った男の顔に巨大な靴がめり込んだ。男は物も言わずに女を放り出すと2リベルも宙を飛び、路地を塞いでいる荷物の山に仰のけに突っ込んだ。男の上にガラガラと箱やら樽やらが崩れ落ちる。

ひぃっと女は頭を抱えてへたり込んだ。

「な、なんだぁ?」

唯一無傷で立っている男が、壁を背にして見たものは―――



暗い路地の僅かな明かりの下でも燦然(さんぜん)と輝く赤い髪、金の瞳。狭く、汚い路地を圧するかのようなオーラを放つ長身の男であった。



「な~~んだ、全然相手にならない。これでよく偉そうな口が聞けるもんだ」

派手な現れ方の割に緊張感の感じられない、と言うか、むしろ機嫌の良さそうな声が男を我にかえさせる。

「お前・・・だ、誰だ?」

「あれ?俺を知らないなんてお前、何処のモンだ?もっとも俺もこの辺まで足を延ばすのは久しぶりだけど」

突然現れた男はちょっと残念そうに言った。その隙にならず者は懐から匕首(あいくち)を取り出す。しかし、鈍く光る刃をみても男の顔に変化は見られない。

「だから誰だと言ってるんだよ!」

「・・・ううう」

一番最初に倒れたスカーフの男がそこでようやく顔を上げた。鼻からどくどくと血が噴き出し、前歯が何本か折れている。見るも哀れな顔を捻じ曲げると、濁った眼が恐怖に引き攣ったのが夜目にもわかった。

「ひいいいいっ!・・・・・・じ・・・ん!」

「え?」

「らい・・・神のジャッ・・・ク・・・-ン」

顔中血と(よだれ)まみれで腰も立たないまま、男はじりじりといざりながら後退していく。仲間の様子に残った男は狼狽えながらもなんとか気力を振り絞って怒鳴った。

「お・・・おい、ルジン。この女はどうすんだよ!?捕まえねぇと親方に俺達が半殺しだぜ?」

「どっちみち半殺しだと思うけどな」

派手な男は、面白そうにそのやり取りを眺めながら必死で匕首を構えなおした男に頷いた。

「うるせぇ!ただおかねぇ」

そう叫んで飛び掛ってきた男は(いささか)かは腕に覚えがあったのだろう。半ば(おのの)いてはいても、その切っ先の狙いはなかなか良かった―――ただ、相手が悪かった。いや、悪すぎた。

「死ねぇ!」

「あほ」

男は僅かに体を捻っただけでその突きをかわすと、手刀をぶちこんで物騒な得物を叩き落とす。勢い余って前のめりに泳いだ男の腹に今度はすばらしく優美な曲線を描いた蹴りが決まった。

今さっき崩れ落ちたガラクタの山を粉砕しながら男が沈む。女はとっくに壁際に避難していた。

「ぬはははははは!その弱さで俺に向かってくる等、百万年早いわっ!!!」

たてがみのような髪を揺り上げた男が上機嫌で高笑いを振り撒く。腰を抜かしてへたり込んだままの女は、呆気に取られてその様子を見ていた。あんなに威勢が良かった三人の男達は地面に伸びたまま気絶している。へたり込んで失禁しているのはスカーフの男である。

「あ~あ、弱過ぎて酔い覚ましにもならなかったなぁ」

やがて笑い収めた男はマントを外すと、まるで騎士のように石畳に片膝をついた。

「お怪我はありませんか?お嬢さん」

「・・・?」

ぼさぼさの髪を振り乱した女は、その二人称が自分を指すものだとは思わなかったらしい。ぽかんと目の前に突きだされた美しい男の顔を凝視した。

「無頼の輩はこの俺が退治いたしました。もう安心です、お嬢さん」

そう言うと外したマントを女の痩せた肩に着せかけた。その仕草は先ほどまでの滅茶苦茶な強さとは裏腹に大層丁寧で、しかも優しさに満ちていた。

「立てますか?お嬢さん、俺が家までお送りいたしましょう」

「あの・・・助けて頂いてありがとうございます。でも私、あなたのおっしゃるようなお嬢さんではありません」

そんなことぐらい見て分からないのだろうかと(いぶかし)しみながらも、女はその整った男前振りから目が離せないまま正直に言った。

「何をおっしゃいます。女は生まれてから死ぬまでお嬢さんだ。ね?そうでしょう?可愛いお嬢さん」

「か、かわいい?・・・私はジーナと言う娼婦兼、洗濯女ですわ」

「ジーナ・・・きれいな名だ。さぁ・・・こんなところに長居は無用だ」

女を助けて歩かせながら男は、よかったら尋ねて行くといいと言って、ある場所を女に言って聞かせた。

「何、心配するような怪しい場所じゃない。俺の昔馴染みの女が手広く織物の商売をやっていてね、俺に口利きされたと言ったら、住むとことか、仕事とか斡旋(あっせん)してくれるはずだ。あんな事があったら今の場所にすむのは怖いでしょ?・・このマントが俺からだと言う証拠になる。さぁ、これを君に・・・よく似合う」

そう言って差し出したのは手品のように現れた一輪の赤い薔薇であった。みすぼらしい戸口の前で騎士の礼を取ると、男はではと言って、ふわりと身を翻した。

「お待ちください!せめて、名を・・・あなたの名を!」

女は大き過ぎるマントの襟元を握りしめ、必死の形相で立ち去ろうとする男を呼びとめた。殴られた男はこの男の事を何と呼んでいたのであったか?僅かに男が足を止めて振り返る。

「・・・俺の名等、あなたの名に比べたらつまらない響きでしかありません」

「あ、ああ・・・ああ、お待ちになって~~~~」

しかし、夜の下町に虚しく木霊が返るばかり。女は茫然と男が消えた闇を見つめて佇んでいた。








「・・・とまぁ、こういう事があったのですよ。昨夜」

ジャックジーン・セルバローは安楽椅子の上で長い脚を組み直した。華奢な小卓の上に良い香りのする茶と、焼き菓子が盛られた皿が置かれている。午後のお茶の時刻であり、窓から入る夏の風と光が緩やかに室内を満たしていた。

ここは広大な白亜宮の奥つき。女王の私邸である瑠璃宮の奥の小さな客間である。3階以上は原則として男性禁止であるが、2階には特別に許された私的な客人を迎える謁見室や客室がいくつかあり、厳選された客人のみが身体検査付きで訪れる事を許される。

しかし、セルバローは七面倒な手続きを踏まずに王宮の最も重要な場所に来る事を許されたのだった。貴族でもなく、議員でもない彼が何故そんな事ができるのか。それはレーニエが懇願したせいも勿論あるが、彼の目立つ風貌と功績は誰しも知るところであり、誰にも真似できないものであったからという所が大きい。



と言う訳で、セルバローは得意気に椅子の背にふんぞり返っている。豪華な髪が重厚な繻子(しゅす)織物の上で乱れていた。

「うわぁ~~~~~すごい、すごぉい!」

レーニエはすっかり感心してぱちぱちと小さな手を打った。

「すごいね、ジャックジーン。かっこいい!ねぇ、サリア?サリアもそう思うだろう?」

「勿論でございます!」

茶道具と共に壁際に控えた侍女も感激して主に応じた。

「いやぁ・・・それほどでもありますが。こんな事は俺に取っちゃ日常茶飯事ですからね」

「そうなの?うわ~~、やっぱりすごい!それで、その女の人はどうなったの?」

「さぁ、昨日の今日ですからねぇ。ミリエルのところに行っていれば問題なしですが」

「ミリエル殿と言うのか。あなたのご友人は。よいご友人をお持ちだ。いいなぁ」

当然酸いも甘いも知りつくした彼の昔馴染みの女なのだが、勿論レーニエは額面通りに受け取って(しき)りに感心している。

「いやいやいや・・・サリアちゃん、このお菓子美味しいね。まるで君のようだ。甘くて」

セルバローは貝の形をした菓子を丸ごと口に放り込んだ。

「まぁ嫌ですわ、セルバロー様ったら」

サリアは歯の浮くようなセリフにに頬を染めてナプキンを握りしめた。お世辞と分かっていても、この男が言うと妙に心が浮き立つ。

「あれぇ?俺はお世辞なんて言った事ないよ。いつだって本気さ、可愛い女の子にはね」

「セルバロー様のおっしゃる女の子って、二歳の赤ちゃんから白髪の老婆までが入るってお話ですわ」

「それは間違いだ。俺が言う女の子はすべての女性を指すんだよ」

「まぁ、じゃああんまり嬉しくありませんわ」

そういう割には嬉しげにサリアは言った。いそいそと次のお湯をポットに足している。

「・・・それにしても、ファラミアにそんな物騒な地区があるとは知らなかった。以前街を歩いた時には気付かなかったな」

レーニエは気がかりそうに整った眉を顰めた。本人は大真面目に世相を憂えているのだが、世慣れた大人からしてみればその様子は何とも可愛らしい。

「母上や元老院は、そんな地域のある事を御承知なのだろうか?」

「勿論」

真面目で素直な若い王女の懸念をセルバローは軽く受け流した。

「・・・ならば、何故その痛ましい現状を放置しておかれるのだろう?無頼の者どもを捕え、酷い目に合っている人々を養護するのが政治の仕事ではないのか?私などには出来ぬ事でも母上や、元老院議員の方々ならば・・・」

レーニエはきりりと眉を上げ、彼女の信ずるところを目の前の男に訴えた。セルバローの冒険譚は余程彼女の義侠心を刺激したらしい。小さな拳を握りしめ、政治の不備を正すのは己の役目だ言わんばかりに言葉に熱が籠る。だが―――

「あははは、レナちゃん、レーナ。あんたは思い違いをしているよ」

レーニエの熱弁を軽やかに遮り、雷神は肘掛けの上に行儀悪く頬杖を突いた。その様子はいかにも寛いでいて気持ちがよさそうだった。口角がにっと上がっているが、レーニエの言葉を軽んじているのではない証拠に、彼女を映す金色の眼差しはとても優しい。

「思い違いだって?」

不審そうに桜色の唇が尖る。

「そう、思い違い。あのね?」

セルバローはひょいと手を伸ばすと出されたお茶を一気に飲み干し、不思議そうに自分を下から覗きこんでいる赤い瞳に片目を眇めて見せた。素早くサリアがお代わりを用意する。

「レナちゃんの優しくて真面目な気持ちはよく分かるし、それが正論ってだってのも分かる。けどね、女王陛下だって、元老院だって・・・それに俺達軍の人間も、実を言うと、そういう薄昏い地域やならず者たちなんか、取り締まろうと思えばいつでも取り締まれるんだ」

「ならば」

若い王女は話に興を感じて身を乗り出している。白いシャツの襟首から可愛い鎖骨が覗けた。

「まぁお聞き。確かに一個小隊でも引きつれて、ならず者たちを一掃し、気の毒な女や老人達を救貧院にでも保護してやる事は出来る。だけど、そんな事をしたってほんの一時凌ぎにしかならないのさ」

「何故?」

「それはね、それが人間社会ってもんだからだよ。ノヴァゼムーリャのような農村なんかじゃどうか知らないが、こんな大都会には、それこそいろんな人間が集まって来る。過去に傷を持つ奴や、追われている奴、反対に追っかける奴、金のない奴、ありすぎる奴・・・都会ってな、そう言う有象無象(うぞうむぞう)達を内包できる懐の深い混沌があるんだ」

「う・・・うん」

「例え一時的に悪い奴らを放逐したからって、そんな奴らがこの世からいなくなる訳じゃない。どんなに国が力を持っていようと、治安が良かろうと、そこからはみ出したい奴は必ずいる。はみ出したくは無くても、心が弱過ぎて付いてこれない奴も。それは背が高い奴と同じだけ、背の低い奴がいるように、この世にはそういう奴らも必ずいるって事。その理屈は分かるかな?」

「・・・よく分からない」

レーニエは素直に認めた。

「う~~ん・・・じゃあ、同じ木から採れるリンゴの実だって、よく実った甘い実もあれば、成った枝が悪かったのか、あまり育たない実もいくつかはあるだろ?」

男は幼い妹にするように説いてゆく。今度の例えは分かりやすかったらしい。レーニエは大きく頷いた。

「うん」

「人間だってそういうもんなんだよ。悪さも弱さも含めて人間なんだ。それは一人の人間にも言えることだし、都市とか国とか言う大きな集団だっておんなじ。いいところが九割あったら、それで良しとしなくちゃな。あーゆー、老いぼれ驢馬小路みたいなどうしようもない所だって、唯一のねぐらだ、居場所だって思う奴らだっているんだよ。勿論全く放置している訳じゃなくって、お約束みたいにガサ入れがあったり、適当に締めたり緩めたり。元老院は大かたうまくやってるよ」

「でもあなたは・・・ご婦人を助けて」

「それも偶々(たまたま)。一つ二つの事なら、通りかかった俺だって口を挟むことぐらいは出来るけど、それだけだ。娼婦だって、酌女だって仕事がなきゃ困るんだよ」

「・・・必要悪ってこと?」

「ま、簡単にいえばね。どんなによく統治された国家であろうと、都市であろうと、いくらかの暗部はあるんだよ。むしろ暗部があるから施政者の腕の見せ所と言える」

セルバローは気楽に言い放つと菓子を口に放り込んだ。その時。

「・・・なかなか面白い話をしているようですね」

背後に涼やかな声が響いた。



とっくに気配は察していたが、敢えて無視を決め込んでいた雷神はレーニエににやりと笑いかけ、それから脱兎のごとく飛び跳ねた。

「これは陛下!ご無礼(つかまつ)りました!」

わざとらしく大仰に驚いて見せ、どんな貴族の伊達男にも負けないほどの優雅な所作で片膝をついた男は女王、ソリル二世、アンゼリカ・ユールに恭順の意を示す。

「私、ジャックジーン・セルバローと申し、軍の末席に属する陛下の卑しき(しもべ)にございます。此度はレーニ王女殿下のお召しに応じ、尊きこの宮に馳せ参じた次第でございまする」

「ああ、よいよい。雷神殿であろ?存じて居る。お会いするのも初めてではない。華々しいご活躍もかねてより聞き及んでおる」

直接言葉を交わした事は無いものの、戦勝記念の様々な行事で遠目に何度かこの赤毛を見た記憶がある。女王は鷹揚に微笑んで、セルバローに椅子に掛けるように促し、自身もレーニエの横に腰を下ろした。

「母上、午後は青銀宮で金物ギルドの役員方とご会談のはずでは・・・?」

思いがけない母の出現に同じように驚き、立ち上がって礼していたレーニエも既に腰を下ろしている。

「・・・それがの、青銀宮から報を受けて・・・資料の一部に不備がある事が分かって慌てて修正しているそうなのです。それで一刻ほど体が空いたので、そなたとお茶でもしようとこちらに帰って来たのですが」

女王はサリアが給した茶を受け取りながらセルバローを見た。褐色の瞳が面白そうに瞬く。

「では、私はこれにて」

「いやいや雷神殿」

セルバローが立ちあがろうとするのを女王は引きとめた。レーニエが露骨に嬉しそうな顔をする。

「あなたさえよかったら、この子と一緒にお話を伺いたいと思います。この子もここではする事がないようで退屈しておりましてね。・・・おまけに婿殿があまり出歩くなと心配ばかりするものだから。ほほ」

愉快そうに彼女は笑った。

「ははぁ。それはおそらく私の知っている奴でございますな」

したり顔の雷神。この男は相手が娼婦であろうと女王であろうと、ほとんど態度が変わらない。女王も特にくだけた態度を咎めようとしない。抜きんでた存在感と、雰囲気で常に場の空気を心地よく支配する、それがジャックジーン・セルバローと言う男なのだった。

「そう。確か婿殿と雷神殿とは旧知の仲であられるとか」

「ええ、母上。ヨシュアとジャックジーンはとても仲が良いのです」

「そう、奴とは何度も生死の境目を乗り越えてきた仲で。親友と言っても過言ではありません」

ファイザルが聞いたら、あからさまに嫌な顔をしそうな事をセルバローは澄まして言ってのけた。

「左様か・・・成程、どちらも大変見栄えがする男ぶりであられるな」

「恐れ入ります、陛下」

ちっとも恐れ入っていない。

「・・・時に、先程はどんなお話を娘とされていたのですか?ちらと小耳にはさんだのですが、何やら難しいお話を」

「母上、ジャックジーンは昨夜、気の毒な目に合われていたご婦人を助けられたそうなのです」

レーニエはジャックジーンとの会話を手短に話して見せた。ジャックジーンは大いに謙遜して見せたが、内心満更でもない様子で仲良く語り合う母子を眺めている。時折その目に、金色の光がちかりと瞬くのは光線の加減だけではないだろう。

「・・・おお流石に噂に違わぬ、快男児ぶりですね。その区域の事は私も聞いた事があります」

焼き菓子を摘まみながら女王は頷いた。

「母上、本当にそういう場所は無くならないのですか?」

「・・・まぁねぇ。なかなか難しいでしょうねぇ。世の中も人間も、あなたのようにキレイなだけではなくてね」

ソリル二世はまだ心配そうにしている娘の長い髪を梳いて言った。

「母上。それは私の事を、遠回しに世間知らずとおっしゃっておられるのですよね?」

「いえ、かなり直球に申していますよ」

「・・・」

面白くなさそうな顔でレーニエは偉大な母親を横目で見る。

「ぶふっ!ゲフンゲフン・・・これは失礼」

セルバローは噴き出しそうになるのを咳払いで誤魔化し、慌ててお茶を啜った。なかなか愉快な親子である、そう思って。

「それは・・・かなり失礼なのでは」

「おや、それくらいは分かるのですか」

「分かりますとも。これでも私だって領主です」

レーニエは無意味に胸を張った。

「では、先ほどセルバロー殿のおっしゃられた事を何と聞きました?」

「えと・・・それは・・・どんな所だろうと、それを居場所とする人たちがいるから・・・施政者は無下に介入しない方がいい場合もあると・・・」

「おお、よく理解できたではありませんか。・・・それにしても雷神殿、軍の者たちは皆あなたのように思っているのですか?」

「さ、それは。俺・・・私はそういう事をあまり朋輩と話題にはしないので。だけど、私はうまく治めておられると思いますな。介入も放置も程々で」

「流石によく見ておられる。婿殿といい、我が軍には優秀な人材が揃っているようですね」

「いやぁ、俺が特別なんです。あははは」

雷神は事も無げにそういい、太陽のように笑った。それは一国の君主を前にして、あまりに屈託のない明るい笑いで、隣室で控えていた女王の侍女達が何事かと顔を覗かせるほど大きな声であった。

緑の繻子を張った椅子に豊かな赤毛が波打つ様は、黙っていてもかなり目立つ。その上に光の強い瞳、均整のとれた長身。確かにこの男は天に許された特別な存在なのだった。



「・・・」

女王は愛娘によく似た鳶色の瞳に、珍しく驚きの色を浮かべて目の前の派手な男を見つめた。

「・・・ておられる」

自信に満ちた明るい瞳。あけすけなのに、相手を不快にさせない喋り方―――

「母上?」

母の漏らした呟きを聞きとめて、娘が振り向いた。

「・・・雷神殿。あなたは私の知っているあるお方によう似ておられます」

「そうですか?ではその方は相当いい男なんですな」

ちっとも悪びれずにセルバローは言った。徹頭徹尾(てっとうてつび)調子がいい。

「ええ勿論。あなたに負けぬいい男でしたよ。・・・不思議です。見目(みめ)形は全然違うのに何故そう思えるのだか」



――他人を引きあいに思い出した事などなかったのに



女王、アンゼリカ・ユールは久しぶりに味わう新鮮な感情を自分に認めて苦笑した。見るとレーニエも大層この男に懐いているようである。彼女の夫とは生まれも育ちも全く違う。なのに内側から同じ色の光が感じられるのだ。豪快で、飄乎で、あるがままに生きている。レーニエが兄のように慕っているのは無意識に彼に父親の姿を投影しているからだろうか?二人は心から楽しそうに先日のファラミア見物の話や、士官学校の話で盛り上がっていた。



――もしかしたら、あの人が生きていれば、このような風景だったのかもしれないわねぇ。そんな風に思うなんてほんとに不思議だけれど



「母上?母上は何を笑っておられます」

ふと見ると、娘としっかり目があっていた。

「おや、笑っていましたか?」

「ええ・・・なんだかとっても懐かしそうに、嬉しそうに。ねぇジャックジーン」

「御意。大変お美しい」

セルバローも微笑んで女王を見つめている。身分も年齢も全然違うと言うのに、彼女に向けられた男の笑みは深く、包み込むように優しかった。金色の瞳は吸い込まれそうなほどに澄みきっている。

「そう?きっとあなた方のご様子がとっても楽しそうだったから、私までつられたのでしょうよ?・・・さて、楽しかったけれど、私はもうそろそろ行かねば。事務官たちも仕事を果たした頃でしょう。・・・セルバロー殿、あなたに会えて楽しゅうございました。よろしければ、又いつなりとこの瑠璃宮に足を運んでください。私もレーニエも歓迎いたします。ね?娘や?」

「はい!」

「ありがたき仰せにございます。私もこれでそろそろお暇申し上げます。レーニエ殿下、本日はお招きくださりありがとうございました。・・・夫君にもよろしくお伝えください」

騎士の礼をしながらセルバローは意味ありげに最後に付け加えた。さて今夜の彼等の話題はどうなるのか?楽しいなぁ。だが、レーニエは素直に頷いた。

「それは・・・うん・・・でもまた来てくださるだろう?ジャックジーン?」

「そりゃもう・・・レナちゃん・・・失礼、レーニエ殿下のお召しとあればね」

「レナちゃんですか?それはなかなか良い愛称を貰いましたね」

娘を抱いて額にキスを落としながらソリル二世は言った。

「や、もともとは俺が付けた名ではありませんが。気にいったので勝手に使わせて貰っています」

「そうですか。この子の名に愛称がつくなんて思いませんでした。さ、もう行きます。娘や?申し訳ありませんが今夜は遅くなるかもしれません」

「・・・そうですか、分かりました。では行ってらっしゃいませ。さようなら。ジャックジーン」

「失礼いたします。・・・陛下、私でよければホールまでお伴を」

セルバローは再び優雅に腰を折り、恭しく片腕を差し出す。

「これは光栄。ではお願いいたします」

女王も笑って貴婦人の礼を返し、品良くその腕を取った。侍女たちが両側から扉を開けてくれる。レーニエは付いてゆかず、その場で見送った。





「お帰りになりましたわ」

暫くしてサリアが戻って来た時、レーニエは何か考え込んでいるように見えた。

「ねぇ、サリア?母上はジャックジーンの事を何方(どなた)かに似ておられるとおっしゃられたんだけど、何方だろう。私の知っている限りの人を考えてみたんだけど、彼に似ているような人など誰もいなくて」

「陛下がそんな事を?・・・左様でございますわねぇ・・・う~~ん、私にも分かりません。陛下のご人脈はそれは広うございましょう。政治家から商人、軍人、各国大使から文化人まで・・・私には想像もつきませんわ」

「そうだなぁ・・・ヨシュアなら知っているかも。今夜聞いてみよう」

「そうなさいませ。・・・でも、そう言えば・・・」

サリアはふと口を噤んだ。

「なぁに?」

「あ、いえ何でも。そろそろお部屋に上がられませな・・・ご出立の用意もございましょ?」

彼らは間もなく北の領地へと帰る旅に出る。

「え・・・ああ、うん」

レーニエは素直に立ち上がり、侍女に従った。廊下は広く、付き当たりからは一階のホールが見渡せる。主と共に階段をのぼりながら、サリアはついさっき珍しい二人組が供に横切っていったホールを振り返った。



――なんだか、すっごくお似合いだったのよね。あのお二人



勿論主には内緒にしておかなくてはならないが。

サリアはなんだか秘密を発見した子どものような気持ちになって、レーニエの後を追った。










◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇





ジャックジーンがメインのお話でした。どうでしたか?
拍手お礼画像あります。JJを見てみたい方はドゾ!

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