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レストラウド・サン・ドゥー・ブレスラウは奔放な性格で、自分の欲望に非常に忠実だった。エルファラン国随一の名家で、筆頭公爵ブレスラウ家の嫡男が15歳で亡くなったために、遠縁の貴族の末息子であった彼が生れて直ぐに同家に養子に迎え入れられる。将来、誉れ高い爵位と広大な領地を継承する事を約束されて。
先代のブレスラウ老公爵は大ライナスと呼ばれ、王家随一の忠臣を自任する貴族であったが、亡くなってしまった自分の息子の代わりに彼を大変可愛がり、明るく才能豊かな少年にありとあらゆる機会と選択肢を与えて教育した。
にも関わらず、レストラウドは15歳でさっさと軍隊に入ってしまう。しかも、いかなる特別扱いも受けずに、一般公募で応じる平民出身の若者達と肩を並べるという型破りな方法で。
彼の生家や、何故急に公爵家の養子に選ばれたかについては殆ど知る人がなかったが、大ライナスが何も語らないのと、養子に対する愛情が本物であったのとで、彼が幼い頃は別段取りざたされる事はなかったのである。
しかし―――
実は彼は当時の国王アルフレドの後宮で生まれたのであった。
だが、アルフレド三世は、自分の後宮に召した女性が産んだ子とは言え、レストラウドを自分の息子だと認知しなかった。その女性には後宮に上がる前に恋人がいたと言う事実と、月足らずで生まれた赤ん坊が異様に大きかった事が主な理由だったらしい。ただ、アルフレドはその事について殆ど何も語ってはいない。
彼はその女性が産褥で亡くなったことを幸い、生まれた子どもは死産と言う事にする。彼には既に二歳になるアンゼリカと言う娘がいたが、嫡男はいなかったにも拘わらずである。
そして秘かに赤子を王家に忠実な筆頭公爵で、姻戚関係にあるブレスラウ公に押しつけることに成功する。忠臣大ライナスは嫡男が若くして亡くなった直後ということもあり、表向きは遠縁の男子としてレストラウドを迎え入れた。この事を知っている関係者は僅かであった。事実は周到に秘された。
レストラウドが長じてからも、アルフレドは変わらず彼を
疎とんだ。たまに公式行事で老いた父公爵の代理で彼が参上しても、ロクに声もかけない王の態度はやがて人々の邪推を産み、人々の噂の種になった。
――王陛下は次期筆頭公爵となる人物を疎外されるおつもりのようだ
――王家と公爵家は長い歴史の中で、幾度も姻戚関係を結んでいる、極めて近しい間柄だ。それを何故今更?国が乱れる元にならなければよいが・・・
――しかし、若い次期御当主は・・・
――そうだ。似ておられる。お若い頃の陛下に。輝く金髪、鋭く青い瞳・・・
――今でこそ、老い込まれ、長年のご苦労で面立ちが変わり果てておられるが、お若い頃の陛下はそれは美青年であられたとか・・・まぁ、我が王家は総じて美形の家系であられるのだが・・・
――それに、公爵家と王家は幾度も血の交流が結ばれている。両家のどなたもが姻戚であられるから、どなたとどなたが似ていても不思議ではないとはいえ・・・あのお姿は・・・
――ああ、陛下のお若い頃の肖像画を見る限り、大層似ておられるな・・・
――そう言えばちょうどレストラウド殿が生まれたのと同じ頃、陛下の後宮でご側室が亡くなられたことがあっただろう?
――ああ、もしやお世継ぎとなる男子と期待されていたが、産辱でお子共々・・・お気の毒な事であった。だが、そう言えば時期が重なるか。いやしかし、まさか・・・
――確かに。でも、万が一そうなら、ご自分のお子を臣下に出されたことになる。一体、どういう訳で?
――御側室に不貞の疑惑があったのだろうか?それしか考えられない。
――さぁ・・・こう申してはなんだが、陛下のお考えには時折さっぱりついていけない事がある故なぁ。しかも若い時期公爵はあの通りの奔放な御性格、いくらお顔の様子が似ておられたとしても、御性分が火と水程に異なる。陛下の最も嫌う人品ではないか?
――左様。それにレストラウド殿が実子であられてもなくても、既に陛下はアンゼリカ殿下をお世継ぎに定められている。殿下は女子であるとはいえ聡明なお方だ。我が王室は盤石であろうよ。
――しかし、あれほど似ておられては・・・人の口に戸は立てられぬ。悪い事にならねばよいが
そしてその通り、彼は王の実子なのではと言う噂が秘かに王宮内に流れはじめる。
だが、レストラウド自身はそんな事は気にも止めなかったし、自分の出自について詮索も一切しなかった。彼が事実王の実子であったかは彼自身も知らなかったのだ。
明るく、自由奔放で
闊達な性格。美麗な容姿と数多くのすぐれた資質。次々に勝ち取る誉れ高い武勲の数々。レストラウドは都に住まう者たち全ての
憧憬の的であった。そんな彼を王はますます疎んじた。
そして、レストラウドが18歳になった時、ブレスラウ公ライナスは彼に家督を譲る。誰も異論を挟まなかった。
王はアンゼリカを後継者と決めていた。
40過ぎてようやく出来た一人娘だとは言え、王は特に彼女を可愛がりはしなかった。しかし、彼女の聡明さと果断を彼なりに認めてはいたらしい。後に生まれたやや病弱な長男ルザランよりも、アンゼリカを後継者に推す。
長い歴史の間にはエルファラン王家には女王が立った例もいくつかある。しかし他に男子がいなかった場合がほとんどであった。当然この事については、元老院をはじめ、異論を唱える者もあったが、王は決して曲げなかった。
そして王は王宮内の奥で国中から集められた学者、知識人を持って娘に帝王教育を施す。しかし、王は公務に彼女を参加させず、常に離れた場所から自分の采配を観察させていた。窮屈な生活ではあったが、自由な時間がまるでないわけでもなく、彼女はその時間を使って王宮内でのびのびと呼吸していた。
そして―――
十八歳の美しく奔放な公爵レストラウドと、二十歳の聡明な王女アンゼリカが、王宮の奥深くで出会い、愛し合ったことは奇跡のような出来事だった。最初は名前以外、お互いが誰なのかも知らず―――知り得た時には既に、後戻りできないほど彼等はお互いのものとなっていた。
彼等の愛は秘かに育まれた。レストラウドの出生の疑惑を知った時、既にアンゼリカは自分の体の変化に気が付いていた。
ゆったりとした衣装で人目を憚っていてもいつまでも隠し遂せるはずもなく、アンゼリカは臨月を前に秘かに王宮を抜けだし故王妃が少女時代を過ごした尼僧院に身を隠した。父王には信頼できる人物を通じて病と偽るが、王からの言葉は何もなかった。
公爵レストワルドはその直後、突然侵攻してきた新興国ザカリエとの戦に駆り出されてしまう。
愛する男の子どもを産んだことに彼女は些かの悔いもない。生まれたのは娘であった。王宮に戻った彼女は流石に父にこの事を告げたが、当然王は激昂し、彼女とその恋人、そして娘をも口汚く罵倒した。王が怒りのあまり発作を起こさなければ、母子は掴みかかられていたかもしれなかった。しかし、そんな時でも王は公爵が自分の子供の可能性があるとは彼女に告げていない。逃げ出したアンゼリカは危機を感じ、故王妃にも仕えていた信頼できる侍女に女児を王宮の奥に隠させる。この事で母子が共に過ごせる時間は余りにも僅かになった。
だが、彼女は幸福だった。
愛し児に迷うことなく公爵が思いついた名前を付ける。
レーニエ
風変りな美しい響きのこの名は、公爵が娘に与えた最初の贈り物だった。娘、レーニエは色が白く、髪の色も薄かったが公爵も輝く金髪であったので、アンゼリカは何も不思議には思わなかった。瞳の色は暗赤色の珍しい色であったが、この事も当時はそれほど目立たず、レーニエは王宮の最奥で大切に慈しまれた。
なのに生まれて13か月で最愛の娘は奪われてしまう。公爵は規模を拡大していく戦に追われ、長く王都を離れていた時期だった。
彼女は苦悩と悲嘆の極みに陥ったが、そこですべてを投げ出すわけにはいかなかった。彼女はそんな事をするにはあまりに強い女性であった。アンゼリカは考えられるすべての手を尽くし捜索に乗り出す。しかし、生まれた女児が直に攫われてしまったことは、戦に身を投じた公爵には話せなかった。
レストラウドはたった一度だけ垣間見た我が子を、その不思議な瞳の色など気にも留めず溺愛している。
一刻も早く見つけ出し、数奇な運命の元に生まれた娘の身の置き場所を整えてやることが自分の至上の責務だと考え、行動に移した。しかし公式にはまだ何の権限も与えられていない王女の身では信頼できる
股肱の数も少なく、愛娘の行方を見失ってしまう。
殺されてしまったとは思わなかった。仮にも神聖な王家の血をひく子どもがそれほど軽々しく命を奪われるはずはない。エルフィオール王家の血は古く、かつては神格化されていたほどなのだ。
そして彼女は疑っていた。この非道な行いは、そのころ既に老境に差し掛かかり病がちになって来た国王、つまり父、アルフレド三世の差し金ではないのかと。
彼は有能な政治家であったが、ある意味冷酷な男でもあった。彼は公爵を我が子だと思ってはいなかったと思うが、あらゆる可能性を
慮ってこのような非道な行いに出たのかもしれない。
しかし、最愛の娘を見つけられないままアンゼリカが苦悩している内にレストラウドが戦死する。娘が攫われて半年後の事であった。
彼の後を追って死ななかったのは娘がいたからだと、アンゼリカは今もそう思っている。しかし、運命は泣く暇すらも与えてくれなかった。
ブレスラウ公爵が戦死してわずか三月後、アルフレド三世は病死した。
その遺言と、王位の空白期間を喜ばぬ人々の手によって女王、ソリル二世が即位する。
女王となってからもアンゼリカは探索の手を緩めず、先王の側近達を厳しく尋問したが、娘の行方は
杳として知れなかった。
あらゆる手を尽くし、探して探して探し回り、ようやく前国王に逆らって秘かに牢獄に繋がれていた、かつての彼の従者から、王宮の片隅に「罪の塔」と呼ばれる忘れられた場所の事を聞いた時には、アルフレド三世が死んで一年以上の歳月が流れていた。
王宮の主でさえも知らなかった塔。
知らせを受けてすぐ駆けつけ、辿りついたその場所で彼女は見た。
老人のような白い髪、そして、見えているのかいないのか分からない空ろな赤い瞳の子どもを。痩せこけた体にボロを被せられ、汚らしい寝台に寝かされっぱなしの哀れな姿を。
それから14年―――
よもや育つまいと覚悟した娘は今、美しく成長して目の前にいる。ただ、その不思議な瞳に何の希望も映してはいなくて―――。母の心はきり、と痛んだ。
「レーニエ・・・そなた、ここ・・・王宮を出てゆくつもりは有りませぬか?」
「・・・?」
レーニエは黙って小首を傾けた。
「陛下!なんという事を・・・!」
オリイが驚愕の叫びをあげる。サリアが息を呑む。
「そなたをここに閉じ込め、ひた隠しにしてきた私が今更こんなことを言うのは、身勝手で非情な事だとはわかっています。だが、このままここにいては未来がない。それはあまりにそなたに対して不憫だと思いました」
「・・・」
「見つけ出した時にはいくらも育たないのではと覚悟をしましたが、そなたはこうして立派に大きくなってくれた。優しく、忍耐強い自慢の娘です。あの方の子どもです」
「どこへ行けと言われますか?」
レーニエは静かに問うた
「レーニエ様!」
「陛下!無体な事を!この方は今までこの家しかご存じないのです。そんな・・・いまさらこの地を出て生きてゆかれるはずがありませぬ!お考えなおしを」
「もとより無理強いは致しませぬ。レーニエ、そなたが望まぬのならどこにもやりませぬ。ただ・・・もしも・・・と思うたのです。王室にはいくつか天領があるのです。そなたさえよければ、余り大きくはなく気候のよい豊かな土地を見つくろって差し上げましょう。勿論、治政等する必要のないようにも取り計らいましょう」
「・・・・・・」
「これがこの母の誕生祝いと思ってもらってもよい。財も、臣も、必要なら新しい名も贈りましょう・・・返事は今すぐでなくて良いのですよ・・・突然のことでさぞや驚かれたでしょう、皆で相談し、よく考え・・・」
「ゆきまする」
「え!?」
「お気持ち、ありがたく頂戴したく存じまする」
「レーニエ様!」
「おお!なんという事を!」
オリイとサリアが悲鳴に近い声を上げた。
「行かれますか?」
女王も驚いている。しかしその声は落ち着いており、迷わず自己決定をした己が娘を見つめていた。
「はい。恐れ多き事なれど、望む地もあるのです」
「よい。何処なりとも差し上げる。ですが・・・そなたの望む地とは・・・」
「ありがたきお言葉、深く感謝いたします。私は・・・・・・北へ行きとうございまする。財も臣も要りませぬ。そして、私に籍と言うものがあるならば、それも返上致したく思います」
「レーニエ!・・・そなたは・・・・・・」
「母上、私にとっては現在、家も血も誇るべきものではありませぬ。でも、いつかは誇らしく思える日が来るかもしれない。・・・お申し出、何よりの誕生祝いでございます。どうかこの私に新しい翼を賜りくださいませ」
レーニエは母に向かってゆっくり膝を折った。
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
レーニエちゃんの出生の経緯を過去から語りましたが、・・・なかなか読み辛かったろうと思います、すみません。しかも細かい矛盾もあろうと思います。自分の構成のヘタレ加減に、ちとがっくり。
パパママの馴れ初めや蜜月な日々は、いつか番外編で語る時もあろうかと思われます。きっと情熱的な日々だったと思われます〜〜。