−領主の恋−

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ファイザルは領主を見ていた。



これだけ多くの人が集まる中で、以前のように黒絹の仮面をつけていない。

帽子こそ被っているが、これはしかし、サリアが日焼けしないようにとやかましく言うせいかもしれなかった。陽光の下、重い上着を脱ぎ棄て、レースのタイの付いた絹のシャツの上にゆるやかに銀髪を流し、サリアやフェルディナンド、キダム夫妻と談笑しているレーニエは、半年前の伏せ目がちの若者ではなかった。

ほっそりとした体つきは変わらないものの、遅咲きの花は今とびきり美しく開こうとしていた。痛々しいばかりの細さにかわり、柔らかな線に縁取られはじめた肢体は、以前にはない娘らしさを控え目ながら(かも)している。相変わらず黒を好み、男装のままだったが、この少女が着飾ったらそれこそ目立ち過ぎるので、それはそれでよいと思う。

先日、彼はレーニエと今後の彼女の身の処し方について話をした。やはり、彼女の身の安全に責任があるものとして、目下の者への接し方をきちんとしておいた方がいいと思ったからだ。少なくとも女であるなら、男扱いをしてはならないと思っていた。だから先日、思い切って禁忌(きんき)のようだったこの話題を持ち出したのだ。







「あなたの言うことはよく分かった。至極(しごく)もっともなことだと思う」

かなりデリケートな問題なので、口下手な自分がうまく伝えられたかどうか、ファイザルは自信がなかったが、レーニエはおとなしく耳を傾け、彼が口をつぐむと静かに頷いた。

もともとレーニエが女であること自体は秘密ではなかったらしいのだが、以前聞いた話によると、幼い頃、自分が女であることが間違いのように思いこまされた彼女は、努めて男の子のように振る舞い、いつしかそれが身についてしまったということだった。

「男だったら、父上と共に生きられたかも知れないのに・・・」

ファイザルの言葉に納得しつつも、レーニエは自分自身のこととなると途端に否定的になった。

「確か、お父上は戦場で亡くなられたのでしたね」

「そう聞いている。実は私は絵姿だけで、お顔は知らないのだ。お亡くなりになったのは私が2歳の時で。だが、私は自分の出生の事を知ることが恐ろしくて、詳しくは聞けなかった・・・これも逃げでいる事になるのだろうが」

睫毛が伏せられ、白い眉間に苦悩が刻まれる。この話題は本当なら避けた方がいい、しかしこの人のためには今は向き合うしかなかった。

「お生まれの責任は子どもにはありません。そこはお間違え無きよう」

わざと冷淡に言い放ち、ファイザルは考えこんだ。

ファイザルがそれまで想像していたレーニエの父は、前国王アルフレド三世だった。彼が亡くなったのはレーニエが二歳の時。そして今の話では、レーニエの父が亡くなったのも同じ頃という事になる。これは何かの偶然だろうか?確かアルフレド三世は不治の病を得、1年ほどの闘病の挙句なくなったと聞いている。まさか、病死と戦死を思い違うことはないだろうから、レーニエの父はやはり前国王ではないと言う事になる。

将軍か王族か、おそらく一軍を率いるような立場の人間だろうが、余りに世界が遠すぎ、誰なのか急に思いつけない。おまけにその年はその前年に始まった戦争が激しさを増し、名の通った将軍や、有力な貴族が幾人か亡くなった時期と重なっている。ファイザルには一人の名前を特定できなかった。



――一体この方は、誰と誰の間に生まれた子どもなのか・・・王族に関係していることは間違いはないように思うが、これではお守りするにも最後の詰めが曖昧になる。



正面切って尋ねる訳にもいかず、王宮と言う場所の複雑なご事情と言う奴にファイザルはため息をついた。どうも自分などが憶測できるような単純な事情ではないようだった。

「レーニエ様」

「ん?」

「・・・・・・・お父上のお名前は伺えないのでしょうね」

「・・・済まない。まだ、彼の名を覚えている人が多いようだから」

「いいえ、そうだろうとは思っていました。いえ、構わないのです。・・・では女性であることを隠されていたのは、お命を狙われているとかそういう事情ではないのですね」

「ない。私そのものが存在していないことになっているので、性別はなおさら隠す理由がない」

レーニエは念を押すファイザルに苦々しく受け合った。

自分のことに無頓着なレーニエの言葉を、そのまま鵜呑みにするのはどうかとも思ったが、もし危険があるのならセバスト達が黙っていないだろうと思い、ファイザルはそれ以上の追及をやめた。要はレーニエが無意味に罪悪感を感じず、ありのままの自分を受け入れることが大切だと思ったからだった。

「ではご身分のことはこれ以上聞きますまい。今まで通り、都の貴族で通すのがいいと思われます。ですが、性別のことは・・・・・・」

「ああ・・・承知した。市の夜の集会ではあなたの言うようにしよう。セバストやオリイに伝えておこう・・・着任の辞を述べる際に私のことを少し話せばいいのだろう?」

思いの他、レーニエはあっさり同意する。

「本当によろしいのですね?」

「いつまでも隠しておけないと言ったのはあなただろう?人前で話すことには慣れていないが・・・」

「よくぞご決心なされました。必ずこの事でご領主様に不愉快な思いをさせませぬ」

「そして、仮面も・・・・だな。そうだろう?」

小さなため息をついて銀色の頭がうな垂れる。

「・・・」

「あなたの言うように私が美しいとはとても思えぬが、いつまでも自分を偽ってはならないと言うのならこれも外すべきだろう」

レーニエは傍らに置かれた仮面を指差した。今では知らない人がいる場所以外ではつけなくなってしまったものだが。

「それはその通りですが、レーニエ様。こちらの方は、あまり負担になられるようなら・・・」

彼はゆったりとした部屋着で大きな椅子に沈み込んでいる若い貴族を見た。室内でも彼女の周りだけ不思議に輝いて見えるのは白銀の髪のせいだけではないと思う。

「負担と言うのではないが、子どもの頃、知らない人に会うとじろじろ見られるので、それがとても怖かったから・・・」

いくら美しいと言ってみても、子どもの頃から植え付けられた固定観念はなかなか消えそうにないらしい。

「あなたはおきれいです。俺はこんな不調法者ですが、戦略以外で嘘はつきませんよ、レーニエ様にもし危険があるとしたら、女性であることよりもむしろ、あなたの美しさのほうにあるのではないかと思われます」

「そうかなぁ?先日、市のことでキダム殿に会いに行った折、ある家の前を通りかかるとふいに呼び止められたんだ。そして、その家の主婦から生まれた子どもに祝福を、と頼まれて赤ん坊を見たが・・・・・・」

レーニエはその時のことを思い出したのか、ふわりと微笑んだ。

「あれは・・・・・・美しいものだと思った。生まれたての赤ん坊を見たのも初めてだったが、あのように尊く、美しいものを見たのは初めてだった。ちいちゃくて、柔らかくて、いい匂いがして。私なんかの腕の中ですやすや眠っているんだ。それは本当にきれいで、尊いものだった・・・こんな私が触れてはいけないと思ったほどに」

その時のことを思い出してか、無意識に両腕が赤ん坊を抱いているかのように丸められている。先ほどまでの憂いを帯びた瞳が嘘のように和んでいた。まるで自分が母親になったかのように。

「ああ・・・その話はジャヌーから聞いています。よい経験をなさいましたね」

「うん。美しいとはあのような物のことを言うのだ。私など・・・自分の顔を鏡で見るのも好きでない」

「・・・」

ファイザルは苦笑をしただけでもうその話題に触れようとはしなかった。

「ああそうだ。ジャヌーと言えば・・・最近みかけないが・・・」

いつもファイザルの後ろにつき従い、レーニエの良き相談相手となっている青年はここしばらく姿を見せてなかった。

「ああ、彼は・・・最近忙しくて。新兵の訓練計画や、指導に当たっておりまして・・・」

ファイザルは彼にしては歯切れ悪く言葉を濁し、視線を泳がせた。

「ふ〜〜ん・・・そう言えば、あの時、派手に落ちたようだったが、まさか怪我などは・・・」

「まぁ、それは頑丈な奴のことですから大丈夫なのですが・・・いろいろと・・・」

先日の朝、小鳥に餌をやっているレーニエの姿を見かけて仰天し、登っていた木から転落したジャヌーはある意味、再起不能に近い状態となっていた。あの後、楡の木は切り倒されなかったものの、枝は払われ、二度と不埒者(ふらちもの)が領主の寝室に忍びこめないようになった。

「そんなに忙しくしているのか?今夜は来てもらえるのかな・・・」

「一応そのように申しつけてありますが」



ファイザルはこっそりため息をついた。実はジャヌーはレーニエが女だと知って、かなりの衝撃を受けていた。しかも、自分以外で、領主館の警護についていたものは皆知っていたという事を知り、二重にショックだったらしい。





『何で言ってくださらなかったのですか?』

領主屋敷を辞したのち、砦に帰ったジャヌーは彼は半分涙目になってファイザルに詰め寄った。

『レーニエ様が言われないものを、俺が吹聴(ふいちょう)できるわけもなかろう。それに、大概の者はわかっていたぞ。お前、あんなにそばでお仕えしていて、ちっとも疑わなかったのか?』

『それは・・・その・・・おきれいだなぁとはいつも思っていましたけど。あちらは都の貴公子だし、俺はただの田舎者で・・・そんなものかと思ってたんで・・・』

『はぁ・・・純粋ないい奴だよ、お前は』

『それはある意味、俺がバカだっておっしゃっているんですよね?』

恨みがましい視線をよこしてジャヌーは拗ねている。

『そんなことは言ってないだろ』

『だって・・・だけど、明日から俺、どんな顔してレーニエ様に会えばいいんですか?俺もう駄目かもしれない。あああ〜〜、あのまっ白い肩とか、胸元とかがちらついて・・・』

言ってるうちにまたしても思い出したらしく、ジャヌーは湯気が出るほど真っ赤になって両手で顔を覆ってしまう。その為、ファイザルの周りの空気が一気に凍り付いたのに気がつかなかった。

『貴様・・・なにを見た?』

底冷えのする声にジャヌーが目を開けると、氷のような目とぶつかった。刹那、金縛りにあったように体が硬直する。それは、戦場で味方をも震え上がらせるという伝説の戦士、『掃討(そうとう)のセス』の眼光はかくや?と思わせるような目つきだった。

『ひえっ!見てません!俺なんにも見てませんよぅ〜。あ〜〜・・・・大体、ここここのあたりぐらいまでで・・・』

ダラダラと汗を掻きながらジャヌーは、両手を水平にして自分の鎖骨の辺りを示した。

『ふ・・・ん、お前・・・それ、言いふらすんじゃないぞ』

じろりとジャヌーを睨みつけてファイザルが釘を刺した。

『言いません〜〜〜、俺だって忘れたいくらいなんですから・・・でも、今まで男の方だって思っていたから、そう言う接し方しかしてこなかったし・・』

『いつもどおりでいいさ。あの方もそうお望みだ』

『できませんよ〜〜、出来るわけがありません。・・・俺、あんなにきれいな姫君・・・でいいんですよね?にどうやって接すればいいのか・・・うわぁ、どうしよう〜〜〜』

『ともかく、そんな態度ではお仕えできない。二三日基地に詰めて頭を冷やせ』

大きな体を丸めて本気で混乱している若い従卒を扱いかね、ファイザルはようやく苦笑を洩らした。



――だが、まぁ気持はわからなくもない。俺だって最初は戸惑った。若いあいつが途方にくれるのも無理はないさ。



領主館に警備に当たる兵士の中ではジャヌーが一番若い。他の兵士はベテランか、ある程度若くとも家庭を持っている者ばかりで、これは万が一にでも、屋敷の侍女や、村の娘たちと間違いが起こらないようにとの配慮からで、彼等は当然人生経験も豊富なものだから、レーニエのことを知っても多少は驚いたものの、ジャヌーのように動転するようなことはなかったのだ。

という訳で、哀れなジャヌーは基地の中で悶々と悩んでいるというわけだった。





「そうか・・・なんだか寂しいな。体があいたら食事にでも来るように言っておいてくれ」

「かしこまりました」



――ジャヌー()、泣いて喜べよ



ファイザルは(うやうや)しく頭を下げた。







その夜、レーニエがノヴァゼムーリャの地に来てから初めての、村長(むらおさ)達による集会が行われた。



「ご領主様がお見えになります」

正装したセバストが恭しく告げる。それまでざわざわとしていた人々がとたんに話をやめて正面扉の方を向いた。

伐採期には託児所となっていた大広間にはノヴァゼムーリャにあるすべての村の村長達とその夫人、市に合わせてやってきた主だった商人と役人たち、そして国軍の指揮官とその側近、総勢30名余りが席に着いていた。蜀台にはふんだんにローソクが灯され、磨き上げられた二台の大テーブルには、これまた磨き上げられた銀器や食器が並べられている。春の花々もそこかしこに飾られており、暗く重々しいいつもの大広間と同じ部屋だとはとても思えないくらいだった。

殆どの者は40年ぶりにその任に就いた領主を初めて見る。噂では相当風変りで、若いということで、皆はさすがに好奇心を抑えきれない様子で観音開きの扉に注目していた。

正面の大扉がゆっくりと開き、背後にサリアとフェルディナンドを伴ってノヴァゼムーリャの領主が姿を見せた。



人々は静かにざわめく。ファイザルは青い目を見張った。横に座っているジャヌーが、喉の奥であっと声を漏らすのが聞こえる。



若い領主はすらりとした肢体を黒衣に包んでいた。

黒はいつもの色であったが、今宵のそれは大分様子がいつもと違う。

レーニエは婦人用の正装を(まと)っていた。この事について、ファイザルは事前に何も聞かされていなかったので、彼にとっても男物の衣装を身につけていないレーニエは初めて見る。

それは襟が詰まっているものの、全体的にはゆったりと流れる黒絹の礼服で、胸を持ち上げるように帯が結ばれた簡素なデザインの物だった。ところどころにレースがあしらってある他には一切飾りは付いていず、すらりとした肢体を際立たせている。補正具で腰をぎゅうぎゅうと締め付けて努力している都の貴婦人達が見たら、さぞ羨ましがるだろうと思われた。

宝石の類も身につけていないが、そんなものは必要もなかっただろう。不思議な赤い瞳は紅玉のよう。極めて珍しい白銀の髪は、両脇を少し後ろに持ち上げて結ってあるだけだが、ろうそくの明かりだけの中でも密やかな光沢を放ち、滝のように流れていた。その髪にさしてある飾り櫛だけが唯一の装飾で、それはいうまでもなく、昼間フェルディナンドに捧げられたものである。

確かに美しい。が、しかし、ファイザルには大人っぽいドレスを纏ったレーニエが少し無理をしているように見えた。



そして――ー



「皆、今日はよく集まってくれた。私がこの度この地、ノヴァゼムーリャの領主となったレーニエ・アミ・ドゥー・ワルシュタールだ。以後見知りおき願いたい。」



透きとおった声が広間に流れた。





                   ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇




ジャヌーちゃん、大変ショックだったようです。そんでもって、別の意味でファイザル兄さんもショックだったようです。
レーニエちゃんの初めての女装(女装って・・・)。ドレスの表現って難しいけど、うまく想像できますかね?


アルファポリス



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