ギン!
「それまで!勝負あった!」
ワアアアアア!
老若男女の歓声が上がった。子ども達、特に男の子達は拳を振りまわして何やら叫んでいる。
昨日の体術に続いて、剣術部門での優勝者が決まったのだ。高々と上がった審判の腕に指された青年の頬が紅潮している。セルバローの決めた武術大会の種目は、兵士達については剣術、体術、馬術で、これはこの規模の大会としては、まぁ定番の種目である。やはり若い兵士が多いセヴェレ砦で剣術試合への希望希望者が一番多く、午前中の予選を勝ち抜いた30人が午後の決勝戦へ進んでいた。少し離れた馬場では馬術競技が同時進行で行われている。そして、大会中は砦内は村人達にも解放され、決められた場所ならば自由に行き来して良いと言う事になっていて、普段余り見る事の出来ない軍事施設に弁当持参の家族連れが闊歩すると言う、ノヴァゼムーリャ・セヴェレ砦始まって以来の光景が展開する事となった。
「優勝者にご領主様から栄冠を授ける。謹んで受けよ!」
ファイザルは高らかに宣言した。闘技場の貴賓席でアンゼリカと共に試合を観戦していたレーニエは教えられた通り、すっと立ち上がるとノヴァの針葉樹の若枝と、香り高い香草の花で編まれた冠を感極まって跪いている若い兵士の頭上に乗せてやった。
「よく戦った。栄光を称える」
再び大歓声が上がる。
「あ、レーニエ様だよ。お久しぶりだねぇ。相変わらず将軍様とお似合いだ」
「おめでとうございます!」
「子どもを産んでも相変わらずおきれいだこと。ほら、お髪がきらきらと・・・」
「後ろにいるのがお母さんとお子だね。双子なんだってねぇ、可愛いんだろうねぇ」
優勝者の若者を称える声と供に、久しぶりに公の場に姿を現したうら若い領主とその愛し児達を祝福する声も多く聞こえてくる。それを聞いて女王、ソリル二世はにんまりと頷いていた。
武術試合と言う事で、レーニエもきりりとした正装に細身の剣を佩いている。アンゼリカは少し後ろで皆の様子を眺め、その横に特別に設けられた小さな寝台の上ではレストラウドとエルフィールが見慣れぬ光景に興奮してきゃあきゃあ言っていた。彼等は昼前にレーニエと供に生まれて初めて屋敷を出て、砦にやってきたのだ
「皆もよく戦った。良い試合であった。―――そして、ノヴァの民達、お祝いの言葉をどうもありがとう。見舞いの品々も沢山頂いた、我が母上も大層喜んでおられる。私はよき地に住まわせて貰えた事をあなた方に感謝します!」
国王である母の前で一生懸命立派に振舞おうとするレーニエが可愛らしく、ファイザルはつい口元が緩みそうになってしまうのを必死で堪えていた。これで昨日の体術に続き、レーニエの二回目の栄冠授与式である。初めはぎこちなかった彼女もだんだん慣れてきたようで今日は余裕すら感じられる。
「御苦労様、レナ」
ファイザルは頬を真っ赤にして席に戻ったレーニエを労った。
「ずっとさぼっていたから、タマには領主らしい事をしないとって思って・・・」
「立派だった」
「そんな・・・あなたや母上に比べたら・・・うん・・・ところでフェルは?さっきから探しているのだけど、朝私をここに連れて来てくれてからちっとも傍にいてくれないんだ、何かジャックジーンの御用をしているのだろうか?お昼ご飯にも顔を見せなかったし・・・」
「俺も朝から一度も顔を見ていない。おそらく、裏方の仕事を頼まれているんだろう、あいつは気が利くし、ジャックジーンは人遣いが荒いから・・・なんなら探させようか?」
「ううん・・・いい。フェルは自分から進んでやっているのだろうから」
少し寂しそうにレーニエは微笑みを浮かべた。その儚げな様子を見ると、いつもファイザルは胸が痛む。彼はそっと妻の前髪を後ろに流してやり、顔に影が映らないようにした。
「疲れてはいないか?」
「ぜんぜん。とっても楽しんでいるよ?あなたはお忙しい?」
「いいや?この件に関しては、段取りは全部セルバローの奴がやってくれているから俺は楽なものだ」
「だから、今から忙しくなるのだ!」
「え?」「なんだ!?」
二人同時に振り返ると、そこには当然という格好で赤毛の大男が仁王立ちしていた。
「やぁ済まんな、言って置くのを忘れていた。今から体術と剣術の優勝者、準優勝者とお前で二番試合をやってもらう」
「は?」
「心配するな、将校達や見物人にはちゃんと連絡済みだ。ほら続々と見物人が集まって来ている。さ、お前もさっさと用意しろ!アーベル!ジャヌー!閣下のお支度を手伝ってやれ」
「ははっ」!
二人の青年はファイザルの顔を見ぬように、敬礼をした。
「貴様・・・謀ったな・・・」
刃物の様な青い瞳が冷え冷えとセルバロー、そしてジャヌー達を睨めつけた
「ま、そゆことだ。細かい事は気にするな、どうせ勝つのはお前なんだから。なんたって『掃討のセス』様だからな。命が幾つあっても足りない戦場を潜り抜けてきたんだろ。若い奴との体術剣術二番勝負ぐらい、な~んてことはないじゃないか?」
「どっちも一対ニじゃないか!」
「まぁイケるだろ?さ!半刻後に試合開始だぞ!そらそのめんどくさそうな将軍の略装を脱いで一介の戦士に戻ってこい!俺が審判を務めてやる、どうだ?嬉しいだろう?」
セルバローはひょいと人さし指を立てると、苦り切ったファイザルの前でぴょいぴょいと振って見せた。厳しい事で有名な戦場の英雄を指先でいなす、こんな真似ができるのはこの男くらいなので、周りの士官たちはその様子を見て唖然としている。
「それにお前だってレナちゃんや陛下の前でいいとこ見せたいだろ?
「ぬかせ!・・・覚えてろよ」
耳元でこっそり呟いたセルバローの横っ腹をどやしつけ、ファイザルはうっそりと傍らの愛剣を取り上げた。
かくして、まんまとファイザルを騙しおおせたセルバローは、ある意味競技者よりも堂々と演武場に登場し、諸手を上げて観客達の拍手喝さいを受けた。そして、東西の武門から若い二人の兵士達と憮然とした面持ちのファイザルが入場し、歓声はさらに高くなった。最初は体術と言う事で、男達は下衣の上は袖なしのシャツ一枚である。若い二人は堂々たる体格で、背丈はファイザルに匹敵し、横幅は彼を上回るだろう。
セルバローが挙げた両手をひらりと返し、掌を地に向けると途端に場内は静まり返る。二人と一人は作法通りに礼をし、間合いを取って構えた。若い二人の兵士達は気負った構えの割にどことなくあやふやな表情をしている。おそらく、普段口も聞いた事のない砦の最高責任者で、名高い英雄であるファイザルを前に緊張しているのだろう。セルバローが機転を利かせて小声で言葉をかけてやる。
「二人とも、相手が相手だからと言って手加減は無用だぞ・・・ってか、ヘタに遠慮すると後が怖いぜ、心して同時に掛かれば(もしかすると)勝機はあるかも知れん」
「その通りだ。遠慮なくかかって来い!」
――勝機だと?あるか!そんなものは
ファイザル気前良く応じてやるが、内心は無情なものだった。
「は・・・ははっ」
ごくりと喉を鳴らし、若者達は額の汗を拭って構え直す。
「始め!」
よく通る声がびんと響いたが、勝負はあっけなかった。
遠慮はいらぬとの指導の元、飛びかかった若者達は何が起きたか理解できぬままに地面にはいつくばる事になった。
一人目の腕を捉えて体を捻ったファイザルが、相手の勢いそのままにその巨体を二番手の兵士に向かって投げ打った。そして、あっと体勢を崩しながらも、何とか立て直して尚も掴みかかろうとする若者の指が届く寸前で身を沈め、片手を地に付けると地面すれすれに体を倒しながら豪快に足払いをかけたのだ。
「うわっ!」
「勝負あった!」
地面に倒された若い兵士達は驚いた顔のまま固まっている。ファイザルはそれへ軽く頷くと、貴賓席に向かって優雅に膝を折った。
「きゃああ!勝った勝った!ヨシュア!つよい!素敵!」
「お見事!婿殿」
ぴょんぴょん跳び上がりたいのをどうにか堪えて、頬を真っ赤にしているレーニエと、その隣でにこやかに微笑むその母に深く頭を下げ、ファイザルは一旦競技場を後にする。この半刻(30分)後に剣の試合がある為、衣服を改めるのだ。
「ねぇ、ジャックジーン?」
「はい?」
「私はよく分からないけれど、体術と剣術とニ試合続けて行うなんて、大変ではないの?ヨシュアは大丈夫なのかな?」
何やら難しい顔で考え込みながらレーニエはジャックジーンに尋ねた。
「それが狙いで・・・あ、いやいや、その位俺達には何でもありません。戦場ではニ試合どころか、一日中殺し合いをやる場合もあるんだから・・・って、これは冗談にもなりませんな。失礼致しました」
「いいえ?・・・セルバロー殿は本当にいつも思慮深くていらっしゃる。それにしても念のいった仕込みでしたねぇ」
「え?」
のんびりとしたアンゼリカの声にレーニエは振り返る。
「・・・それはまぁ。なまなかな事では奴が遅れを取る事はありませんからな。ま、細工は流々仕上げを御覧じろってところですか!」
「まぁお人の悪い・・・でも楽しみですわねぇ」
「・・・お二人とも一体何のお話をされているのですか?」
「ふふふ直ぐに分かりますよ。ほら!ファイザル殿が出てこられましたよ、まぁ、ご立派なご様子。ああやって黒を着ると一段と男っぷりが引き立ちますわねぇ」
「本当に」
「次も勝たれるんでしょうかねぇ」
「ヨシュアが負ける訳ありませぬ」
――あ~~あ、腹黒さは似ても似つかぬのに、天然な所だけ似てるんだから
セルバローはこっそり笑って再び審判をする為に演舞場の中央に進み出た。黒い服と同じ色の胴丸を身につけたファイザルと、一般兵士用の茶色い皮の胴丸をつけた二人の兵士達の中でうやっぱり一番目立っている。
――さぁて、わかっちゃいるけど、少しは粘ってくれないと困るんだけどな。ま、次の手も打ってあるけどさ
セルバローはくすりと笑うと、華麗に采配を振った。
カシャン
鞘から引き抜かれた蒼い刃に、中点に近くなった太陽が宿る。ファイザルがゆっくりと構えの姿勢を取ると、それは残像を引きながら人々の眼を射ぬいた。
「いやぁ、お疲れさん!随分派手にやったもんだなぁ」
「・・・貴様絶対楽しんでいるだろ・・・というか、最初からこれを狙ってたな」
セルバローは控室でぜいぜいと肩で息をしているファイザルの背を派手にどやしつけた。結局、あの後剣の試合にもあっさり勝ってしまったファイザルだが、それを見て感極まった若い兵士たちが「是非お手合わせを!」「ご教授くださいませ!」となだれ込み(セルバローは手伝いもせず、にやにやしていた)、実戦さながらの稽古の相手を何十人もさせられてしまったのである。
「いやいやいや、ま、少しは休むんだな。レナちゃん達の前では無理して涼しい顔してたようだが、結構息が上がっているじゃないか。お前も三十路半ばでトシだからなあ・・・おっさん無理すんなや?」
「誰が無理させたんだ!・・・というか、お前も俺と同じ年齢だろうが!トシと言われる筋合いはないわ!」
「はいはい。だけど、ま、なんだかんだ言って全部打ち倒して格好良く終われたんだし、将軍様の株はウナギ昇りだよ?レナちゃんだって惚れなおしたようだし、感謝して貰ったっていいくらいかもな」
「何が起きたってお前に感謝する事はない」
汗にまみれた体を拭きながらファイザルはぶっすりと答える。衣服は埃と汗でドロドロで妻や義母の前に戻る前にすっかり着替えなくてはならないだろう。
「そか?でも取りあえず少しだけでも休んでおけ」
「何だって?おい、お前まだ・・・」
何やら含みのある言い方に、鋭い眉が吊り上がる。
「いいから休め!レナちゃんは上だよ。じゃ、俺はこれからの段取りあるから!」
ファイザルの鼻先でぴしゃりと扉が閉ざされた。
砦の最上階には涼しい風が吹き込む。この上はセヴェレの絶壁を見下ろす城壁となっていて、以前、その上に立って崖下を見下ろしたレーニエが余りの高さに気を失ってしまったほどなのである。
少し遅くなってしまった午後のお茶は、将軍の執務室と並ぶ応接室で飲む事になった。レーニエは以前行った事のある兵士達の食堂で飲むと言ったのだが、今日はそこも村人の出入りが許されているのでおそらくごった返すし、双子達に乳をやったり、一眠りもさせなくてはいけないと言う理由でファイザルが一般の立ち入りを禁止しているこの階で、静かに休息を取るように言い渡した。彼もこれ以上のごたごたはご免だったのである。
「もう、今日の大きな予定は終わったようだから、レナは館に帰りなさい」
「嫌、最後まで楽しみたい。子ども達はお昼寝もしたし、お乳も飲んだし、あんまり日差しに当たらないようにしてたし、平気だよ。あなたの子だもの、丈夫なの。折角久しぶりに外へ出たのだから、村の人とも会いたいし、あちこち見て回りたい。今日は村の中でも力自慢大会が行われているのでしょう?」
もぐもぐと今朝サリアの焼いたケーキを食べながらレーニエは頼んだ。
「いいや、駄目です。昨日から頑張ってただろう?そろそろ疲れの出る頃だ。子ども達を連れてもう館にお帰り」
「え~~~まだ見たい。帰りたくない」
「そうですよ、レーニエや?あなたは夏に弱いのだから、ここは我儘言わないで婿殿の言う事を聞いておおき?レスターとエルも一緒ですよ。キンケイドも付き添わす故な」
それまで黙ってたっぷりと菓子を平らげていたアンゼリカがファイザルの肩を持った。
「婿殿、けれどあなたも軽食を摂られませんでしたな。婿殿もお疲れか」
「え!?ヨシュア?」
アンゼリカの指摘にレーニエは目を見張り、ファイザルは慌てて被りを振った。
「違う違う、レナ。俺は疲れた訳ではない・・・ただ、何があっても対応できるように・・・」
「流石はこの国一の戦士。如何なる時にも臨戦態勢ですわね」
「・・・」
「何の事ですか?」
「直きに分かりますよ、でもあなたはお戻りなさい」
不安そうなレーニエにアンゼリカは断固とした調子で、且つ鷹揚な微笑みと供に言い渡す。それはレーニエにこれ以上我儘を言うなと言う事だった。しかしレーニエは納得できない。
「あなたはって・・・母上は?母上も一緒に戻られますのでしょう?」
「私はもう少し、いろいろ見て回ります」
「そんな!ズルいです。・・・母上はここに来てからずっと、私以上に村に通っておられたではないですか」
「私は別に遊んでいた訳ではないですからね」
大変不満そうな娘にアンゼリカは威厳を見せて頷いた。
「あなたはお戻りなさい」
「私にだって領主としての義務が・・・」
レーニエが瞳で訴えようとファイザルの方を見ても、夫はその魔力にやられまいと、白々しく明後日の方をみている。
「まぁまぁまぁレーニエちゃん、ここは言われた通り素直にお家へお帰り?」
そこへまたまた意気揚々とやって来たのは例の男である。審判の服装から今度は派手な乗馬用の衣服に改まっていた。
「おや」
「ジャックジーン!」
「はい俺ですよ。やっと準備できたからさ、知らせにね」
「貴様・・・」
さっきからの嫌な予感が確信に変わる。
「そんな怖い顔で睨むなって、な!全て順調、順調。ね、お姫様、いいからここは聞き分けよくなさい。そのかわり、今夜は村の広場で後夜祭がある。一旦お家に帰ってからそれを見にくればいい」
「本当?」
「俺は女の子に嘘は言わないよ。それにね、お屋敷に帰った方が面白い事あるよ」
「・・・それは何?」
「ふふふ、セルバロー殿はこの為に前々から準備を進めておいでだったのでしょ?」
「御意。お流石です、陛下、お見通しであられたか」
「そりゃあねぇ」
「母上?さっきから何の事?・・・ヨシュア?」
レーニエが夫を見ると、彼は端正な顔をものすごく嫌そうに顰めてセルバローを睨みつけていた。
「・・・さて。この男はこれからまだ俺に一仕事させようと言うのですよ」
「そ。男達が競う競技はまだあるんだ」
「どうせそんな事だろうとは思っていたさ・・・」
「ふん、流石に戦術に長けた将軍様はお察しがよい。さて皆さま、この後、最後の競技が始まります!砦からお屋敷まで、遠駆けの競技であります!・・・そうだよ、レナちゃん。それにあんたの旦那と、弟分が参戦するんだ!・・・これが俺の書いた筋書きさ。楽しみだろう?」
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
マラソン大会です。砦から、領主館までは15デリベル(15キロ)ぐらいだと思いねぇ。
