帰還

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「・・・とまぁ、こう言う訳です。オリビエ」

「・・・はぁ」

公表したとは言え、レーニエの存在を知っている者はまだ限られていた。元老院議長でソリル二世の友人たるオリビエ・ドゥー・カーン侯爵は、驚きながらも女王の話を冷静に受け止めた。

彼の提案で、戦勝の喜びが冷めないうちに、広く国民にこの事を発表した方が良いと決められ、公式発表は二週間後となった。その上、どういう訳かレーニエとザカリエ王弟アラメインとの婚約話の噂が勝手に独り歩きしていた。

「ウルフィオーレでの約条の話はドルトンからも聞いています。レーニエの話では、アラメイン殿にも想い人がおられると」

「しかし、ザカリエ王宮も国民も平和を保障する『何か』を目に見える形で欲しているのだと申しております。聞けば王女殿下はジキスムント宰相に固く約束したとか。彼の国が敗戦の痛手から立ち直るにはまだ数年の猶予が必要ですし、国民は国力が弱ったこの時期に何処かの国から攻め込まれてはと、大いに不安があるようで・・・」

「ふむ。要するにザカリエが安心できるような材料があればいいという事でしょう?」

「御意」

「・・・で、策は?」

「う〜〜、考えてはいるのですが。戦後賠償の酌量とか、金属の精錬技術の伝達とかですね・・・ですが、一つ一つの事柄はあまり規模が大きくなくて、どうもこうもう一つ揺るがぬものではなさそうで・・・」

「ふ〜〜ん」

意味深げに女王はカーンを見つめたが、彼はその視線に嫌な予感がして身構える。この人物の人となりは嫌と言うほど知っている。

「な、なにか?」

「それならそなた、一年ばかりザカリエに出張して来るがよい。そなたの侯爵家も一応我が姻戚筋ではあるし、大義名分は十分でしょう。何なら家族共々行っていいですから」

しゃあしゃあと女王は言ってのけた。

「っはあ?へ、陛下何をおっしゃる!私には・・・」

「オリビエや、そなた常日頃働き過ぎだ、そろそろ休暇を頂きたいといつもこぼしておるではなですか。よい機会です。なに、一年間の休暇をとったと思えばよいのです。幸い、元老院議長の後釜候補は幾人もおるようだし、現在この国に政敵と言う程の者もいないのでしょう?」

「そっ、それはそうですが・・・そんな・・・女王陛下、突然言われましても私にだって都合と言うものが・・・それに」

「おまけにそなたは寒がりだ。神経痛の持病もある。南国でゆっくり静養するがいい。ジキスムント宰相と言ういい話相手もおる事だし」

元老院議長の必死の抗議など全く聞いていない。

「なっ!あんな爺ぃと話したくありませぬ。だいたい私の方が若いんですからね!それに今は夏だし!」

「まぁまぁそう怒られるなオリビエ殿。若い者の恋路の為に、我ら年寄りは少しは物分かり良くなってやろうではないか。帰国の暁には何か名誉な閑職を考えておきまする故な」

彼の君主は上機嫌である。こんなことは滅多にないことであった。国王は物分かりが悪い方ではなく、普段は元老院の決定事項に疑義を挟むことはあっても異論を唱える事はない。それに、戦争が終わった今、国力では隣国を圧倒している敗戦国に少しくらい融通をきかせた配慮をしても、さほど今後に影響することはない。

エルファランの高位の貴族であり、政治家であるオリビエ・カーンが長期出向する意義は大きい。取りようによれば人質のようにも見えるが、もし彼等の身に何かあれば、今度こそ国もろとも殲滅させられる事は敗戦国なれば身に染みているはずだ。彼等の身の安全にはザカリエ側の方が細心の配慮をするだろう。オリビエは監視役と同時に助言者なのである。要はジキスムントと共に国を立て直せと言う事なのだろう。おまけに上手くやればザカリエの内情だけでなく更に南の国々の様子を窺う事も出来る。自分にとっては少々唐突過ぎると言うだけで。

オリビエ・カーンはそこまでとりあえず考えた。どうせ彼の思考は女王に読まれていることと知りつつ。

「〜〜〜〜」

彼はすっかり観念してため息をついた。これ以上何を言っても聞き届けてもらえそうにない。

「陛下〜〜〜〜・・・・・・では一族郎党連れて行って構わないので?ちょうど末の孫が外国旅行をしたいと言っておりまして・・・」

「勿論構わぬ・・・そなたの一族は20人からいるので、ザカリエ王宮は迷惑するかもしれませんがねぇ。あ、それから明後日の戦勝祝賀の舞踏会にも一族揃って出席されるがよいぞ。歓待するほどに」

「・・・・・・はぁ〜〜〜」



――レーニエ姫にはこの(したた)かなおばさんの血が流れておられないとよいのだが・・・



流石に陰険爺ぃと陰口をたたかれた人の娘であると、元老院議長オリビエ・ドゥー・カーンは諦めてがっくりと肩を落とした。







と言う訳で悲喜劇を孕んだ戦勝祝賀の宴の当日。





「今夜の宴に母上はご出席されるのでしょう・・・?」

レーニエはおずおずと偉大な母を見た。

「ええ。開宴の辞と、祝辞をするようにと言われています。ですが、私がいては皆が気兼ねしますからね。適当なところで引き上げますよ。最早、舞踏と言う年でもありませんし。・・・昔から踊りは苦手だったし」

「そうなのですか?」

「ええ、舞踏は好きではありません。父上・・・レスターと違って、私はね。・・・ですが、レーニエ」

「はい」

「あなたは祝賀の宴に出席されたらいい。できるだけ美しく装って」

「いいえ母上。私は・・・そのような場にふさわしいものでは」

「何をおっしゃいますか。もう私の娘であると堂々と胸を張られてよいのですよ」

「御配慮はありがたく思います・・・ですが、まだ私はそのような華やかな場に慣れておりませぬし・・・どのように振る舞ってよいかもわかりませぬ」

それはそうかもしれないと女王は思った。この宮庭においてレーニエは初めて社交界にデビューする少女たち以上に新参者なのだ。女王の一人娘だと言うのに。

「ですがあの方は・・・ファイザル殿は出席されると思います。・・・と言うか、主賓の一人ですよ・・・この戦に勝利したのはあの方の功績に因ることが大きいのですから。この宴はファイザル殿の将軍就任の祝いでもあるのです。彼は言うなれば主役です。出席しなくてはなりません」

「・・・」

「・・・どうです?行ってみませんか?少しだけでも」

「・・・いいえ・・・矢張り止しておきます」

レーニエは自分の髪や目の色がどのように人目を集めるか知っていた。それもたいていは良い思い出を伴わない。ノヴァの地の素朴な人たちでさえ、見慣れるまでに暫くかかったのだ。ましてやこの王宮に住まう人たちは何と思うか・・・幼い頃の辛い思い出はまだレーニエの脳裏に影を落としたままだ。

それに、今更女王の娘としてどのように振る舞えばよいのかも分からない。自分が罪の子ではなかったと知っただけで、もう十分だった。レーニエは良くも悪くも自分が注目される事は気が重かったのだ。

「そうですか・・・まぁ、いいでしょう。あなたの気持もわかります」

「申し訳ありませぬ」

「・・・でも、もし気が向いたら・・・見るくらいは構わないのではありませんか?金剛宮の大広間は当日は二階以上の立ち入りは禁止されていますから、吹き抜けの上からならこっそり見ることができますよ。ファイザル殿にとっても(本人はどう思っているかは知れませんが)晴れの舞台かもしれません。新将軍がどのように振る舞われるのか、もし見たかったらこっそり見れるように手配しておきましょう」

「ありがとうございます」

無理強いされなかった事を有りがたく思い、レーニエは丁寧に礼を述べた。










かくして宴の宵―――

初夏の夜の空気はどこか艶めいている。



レーニエは瑠璃宮の彼女に与えられた奥まった一室で大人しく夜を過ごしていた。

サリアには一日暇を与えていた。ここにはオリイのかつての同僚である年配の侍女たちがいたし、女王の配慮もあって不自由は全くない。

いつもレーニエを気づかって一緒に過ごしてくれるサリアに、王宮の祝賀を眺めるなり、市中の祝賀の様子を見物するなり、自由に過ごすように勧めると、サリアはしばらく渋っていたが、オリイまでが許可を出したのでやっと出かける気になって夕方からジャヌーと外出している。

「・・・・・・」

レーニエは露台に出てみる。気分だけでもオリイが言うので、レーニエは女王から賜った衣装を身に付けていた。それは仄かに金色に光る最高級の絹が細い肢体に纏わりつくように流れている美しいものだった。

レーニエは男物の服を着る時と違い、ドレスを着る時には帯を高い位置で結ぶのを好む。今着ている物も同色の帯が胸のあたりでふんわりと花結びにされていた。スカートの部分は薄い布が斜めに重なり合いながら床まですんなりと垂れている簡素なデザインで、袖は肩のあたりで危なっかしくふわふわしている。例によって金属の装飾品はなにも身に付けていない。



――今頃、皆楽しんでいるのだろうな・・・ヨシュアは・・・・・・ヨシュアも、きっと・・・



我知らずレーニエはため息をついた。



「レーニエ様?」

背後に優しいオリイの声。

「ん?」

「お出かけなさいませよ」

「いや・・・私は・・・」

「人目に付きたくないといわれるなら・・・陛下のおっしゃられたように、上から見物すればよろしいではありませんか」

「・・・でも・・・」

「ファイザル様にお会いになりたいのでしょう?」

「え?・・・それは・・・うん。だけど・・・」

「オリイがご案内いたしますわ。誰にも気づかれずに宴の様子をご覧になられるところに」

「・・・」

「それに、きっと楽しいですわよ。私が知る限りでもこんな大きな宴はずいぶん久しぶりですもの。舞踏だけでも見られるとよいですわ。それに新将軍の装いをなさったファイザル様をご覧になりたくはありませんか?きっとご立派ですわ」

「・・・そうかな・・・」

熱心な勧めにレーニエはようやく露台の手すりから身を離した。

「ええ。私に付いておいでなされませ」

訳知り顔にオリイは片目を瞑ってみせた。





オリイはレーニエが全く知らない王宮内の小道や回廊を熟知しているようで、瑠璃宮を抜け、するすると先導する。雲っていて月こそ出ていないが、主な庭園や、通路は赤々と灯がともされ、夜の散歩を楽しむ貴族や、警備の衛兵たちがあちらこちらにいるというのに、一度も見咎められることもなく、迎賓館として白亜宮一の豪華な威容を誇る金剛宮の裏側に出た。華やかな楽曲の調べが外にまで漏れている。

「こんな所、初めて来た」

レーニエは頭から被ったショールの下から物珍しそうに周りを見渡して言った。

「左様でございましょ?レーニエ様は王宮の事を殆どご存じありませんもの・・・ご自分のお家だというのに・・・。でも、ここはとても広いのです。まるで一つの街ですわ」

オリイは使用人たちが出入りする裏口から入ると、すぐそばの階段をすたすたと昇ってゆく。どういう訳か、目があっても忙しそうな召使たちも、警備兵も何も言わずに二人を通した。



「さぁ・・・ここから下をご覧なさいませ」

いくつかの通路を抜けて最後の大きな扉を開けるとオリイはレーニエを振り返った。二階は今夜は使われていないが、一階の吹き抜けで、主に大きな回廊と両側の桟敷席だけでできている。行事の種類によってはここにも客が入り、一階で催される演劇や演奏会なども見られるようになっていた。三階以上は遠方からの客たちの宿泊設備となっている。もちろん今日はどの部屋も使われていない。

長い間、王城白亜宮ではこのような大きな祝宴や舞踏会は開かれていなかった。さもありなん、一部だけとはいえこの二十年以上、エルファラン国は常に戦時下で、戦争や軍隊というのは大変経費の懸る物だったから大国とは言え、国庫は常に採算ぎりぎりで、特にここ数年は戦費が嵩んで苦しい財政状態だったからだ。

ソリル二世も、元老院もその事はよく承知していた。彼等が慎ましく暮らすことは他の貴族達にも影響を及ぼし、王宮の豪壮さとは裏腹に彼等は質素に暮らすことに慣れつつあった。ソリル二世は怠惰を非常に嫌ったので、貴族たちは自ずから、王宮での役職を真摯にこなすか、領地の生産性や保安を高める事に精出すことを旨とした。

最後に大きな宴が開かれたのは、女王の実弟ルザラン宰相に王子が生まれた時で、以来小宴会ですらも年に数度も取り行われる事はなかったのである。

しかし今、長年の悲願だった戦争終結を叶え、しかも重要な鉱山地帯を失うことなく勝利したという事で、人々は大変浮かれていた。街でも、ここ王宮でも。



少なくともレーニエにはそう見えた。



「桟敷席の方に行くと目立ちますから、こちらの広い場所で・・・ほらよく見えますでしょう?」

「・・・・・・」

レーニエは目を見張った。

眼下の宴の素晴らしい盛況ぶりは彼女が初めて見る豪華な物だった。これでも、二階が解放されていない分、かつて行われた大舞踏会よりもよほど規模が小さいという事だったが彼女には信じられない。

広間はノヴァの地の彼女の館の前庭くらいはありそうだったし、あちこちに置かれた大きな花台には零れんばかりの夏の花が飾られ、その傍らの大テーブルにはこってりとした料理を盛りつけた大皿が幾つも並べられている。壁際に優雅なドレープを描いて掛けられた布の陰では、久しぶりに会った恋人達が愛を囁いているのかも知れなかった。



階下に繰り広げられる光景は彼女が初めて見る、華やかな物だった。



ありとあらゆる美しい色の集積。

花 花 花 

絹 絹 絹

弦楽器の音色に合わせて御婦人たちの纏う柔らかな布地は軽やかに舞い。



そして―――



ホールの中央にファイザルがいた。



レーニエの知らない美しい夫人と踊っている。












◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇










あやや?兄さん早速浮気っすか?いやいや、次章、かなり甘い予感です。











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