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「そうか・・・ではもしその噂が真実なればなんとされる」
ファイザルのどんな小さな変化も見逃すまいと注意深く観察をしながら女王は問うた。
レーニエの出生に
纏わる良くない噂とは―――
母であるソリル二世と、父親であろうと言われている故ブレスラウ公爵が、同じ父を持つ血の繋がった姉と弟ではないかと言う事だった。
その父とはアルフレド先王、その人である。以前ファイザルはレーニエ自身にその事への疑いを聞かされている。
そして彼女はずっとその事に苦悩してきた。
「・・・何も。私には意味のないことでございますれば」
ファイザルはまっすぐに女王を見つめ、静かに答えた。女王もその湖のような瞳を真正面から受け止める。
「・・・成程な」
「・・・」
「成程・・・そうか」
女王は感慨深げに繰り返した。
「よう分かった」
「・・・・・・」
「私は・・・我が娘であると、あれが使節に立つ前に、一部の者にではありますが公けにしたのです」
「聞き及んでおります」
「皆には酷く驚かれた。今更かつての醜聞を蒸し返さなくてもと
諌める者もありました。しかし、あれの心根を聞いて私は決心したのです」
「陛下・・・」
「今こそ過去の亡霊を解き放つ時であると」
ソリル二世、アンゼリカ・ユールはきっぱりと言い放った。
「あなたにも聞いて欲しい。だからこそ、この接見を早々に認めたのです。よろしいか」
女王はずいと身を乗り出した。輝きも強い、若者のように挑戦する瞳。それは小柄な体格ながら、なかなかの凄味を漂わせ。
「は」
「あれは・・・私とレスター・・・ブレスラウ公レストラウドの間に生まれた愛しい子。しかし、かつて一部の者達の間で公と私は姉と弟の関係にあるのではないかと言う噂がまことしやかに流れました。レスターと我が父の面立ちが少しばかり似ていると言うのでね。彼が当時のブレスラウ公、大ライナスの養子だったことはよく知られていましたし、又、父の後宮にいた女性がレスターの生まれた頃と時期を同じくして産辱で亡くなられた事もあって・・・」
女王はファイザルが分かったかどうか見る為少し言葉を切った。彼は黙って頷く。王家のデリケートな事情の前に、その青い瞳は複雑な色を浮かべていた。
「私たちは奇跡のような偶然で知り合い、すぐに恋に落ちた。無論当時の私たちはそんな事は信じなかったし、レスターに至っては頭から考えようともしなかったのです。自分があんなクソ爺ぃの血を引いている訳がないとね。それから戦争やらいろいろな事があって、当時の関係者はほとんど亡くなってしまい、この噂もそれきりになって忘れ去られていたのです。レーニエが生まれた事を知っている人はほとんどいなかったし」
「・・・」
「ですが、当のレーニエだけは何時も自分の出生の秘密に怯えていた。私がいくら否定しても心の中では信じようとはしなかった。私もあの子の疑念をきれいに払拭するほど
密に関わってやれなかったこともあって・・・・・・ですが、今回の事を受けて初めて真剣に調べてみたのです。無論大分時が経っていましたのでかなり苦労はしたのですが」
「・・・左様でございましたか。しかし、私は・・・」
「そんな事どうでもよいと言うのいうのでしょ?わかります。私もずっとそう思っていました。でも、あの娘の気持ちもあるのでね。だから、ちょっとこの話を先にさせてください」
女王の言葉づかいは何時しか君主がその臣に対するもの言いではなく、一人の母親のものになっている事にファイザルは気がついた。
「よろしいのですか?私のような者に」
「ファイザル殿に知って貰いたいのです。その中にはかなり
えげつない話も含まれますが、あなたが易々と口を滑らす人ではないと言う事ぐらいは分かります」
「恐れ入りまする。・・・、こう申しては尊大に聞こえるかもしれませんが、その点はご信頼くださってよろしゅうございます」
ファイザルはあえて表情を消して応えたが、主君の重々しい告白を前に何ら変わりない落ち着いた態度は女王にも感銘を与えたようだった。
「うん」
彼女は頷き、しばらく考え込んでいたがやがて口を開いた。
「私は一歳になるか、ならずやで攫われたあの子を気が狂うほど必死になって探し、数年の時を経てやっと見つけた。最初は確かにあの子の事を思ってその存在を公には隠しました。不名誉な噂の上に、あの風変りな容貌、最初はとても育つまいと覚悟したくらい発育が悪かったということもあって・・・これ以上苦しませたくなかったので」
確かに乳幼児期に母親の元から引き離され、狭く暗い塔の中に閉じ込められたのでは発育も悪くなろうし、精神的な傷も負うであろう。普通であれば、何らかの障害が残っても当然の劣悪な環境にあの娘はいたのだ。
「そして、忠実な侍女であり、友人ともなってくれたオリイの家族にあれを託した。彼らの愛情を受けて、あの子はゆっくりとではありますが次第に成長していったのです」
「・・・」
その強い結びつきはファイザルもよく承知している。彼等はレーニエを慈しみ、守ることを至上と思っているのだった。その娘や息子までも。
「・・・ですが、あの子は自分が罪深い存在だと強く思いこんでいた。オリイ達以外にはほとんど誰とも会おうとせず、私もそれを許してしまった。それがいけなかったのです。本当ならもっと早くに明らかにするべきだったのです。私の失態です」
女王はふっくらとした唇を噛んだ。
「だがまぁ、順序を追って話しましょう。レスター・・・ブレスラウ公の母上は・・・名をリシェル殿と申されるが・・・は、確かに我が父、アルフレドの傍で仕えておられました。父上の後宮に召されたのも事実でした。――しかし後宮に召された時、彼女は既に身ごもっていたそうです。それは自分でも気がつかれなかったほどですから・・・おそらく二ヵ月にも達していなかった頃のことでしょう。この事はリシェル殿の侍女だった人の娘御を探し出して伺いました。その方はお仕えしながらうすうす気がついていたそうです」
「・・・成程。しかし、頭では理解できますが、その辺りのご婦人の微妙な御事情は私のような男にはそのようなものなのだろうと無理に納得するしかありませぬ。――その元侍女殿の話は確かなのでございますか?ご本人に直接お話が聞けた訳ではないのでしょう?」
ファイザルは少し考えて
疑義をはさんだ。
「ええ、しかし確かです。元侍女の方は既に亡くなられておられましたが、その娘御がファラミアからほど近い地方都市に今もご健在で、母御の書かれた後宮の記録を我が
手下の者に示して下さいました。古い長持ちの中から引っ張り出されたそうで、間違いなく本物です。お願いして借り受け、私も綿密に調べましたが」
「・・・」
ファイザルは無言で頷いた。女王の情報収集能力はなかなかだと思ったのだ。やはりこの人は実地の人である。
「で、ここからは本当に王家の、言わば隠された醜聞と言う訳なのですが・・・」
女王は小さな溜息をつくと話を続ける。
「記録によると、後宮に上がる前のリシェル殿の恋人は我が父アルフレドの従兄弟だったらしいのです」
「従兄弟」
従兄弟ならば何も問題はないではないか、ファイザルは女王が醜聞と言った意味がよく分からなかった。この話にはまだ先があるのだ。
「父の従兄弟殿は名をエディンと言われたが、エディン殿の事は別に秘密でも何でもありません。私の幼いころに亡くなられたし、一度もお会いしたこともないのでそう言う方がいたということは聞いたことがあるだけで。―――エディン殿は確かに国王の従兄弟だったそうなのですが、位の低い庶出で王位継承権も与えられていなかったそうです。身分だけで言うなら立派な従兄弟は他にもいましたしね」
「・・・」
「彼は臣下として育てられ、二人の間で跡目争いなどは起り得ませんでした。ただエディン殿は父と同い年で、非常な美男であられたとか。また、文武に優れた才能豊かな方で、周りの人達から愛されるお人柄だったらしいのです・・・レスターのように」
「その方がブレスラウ公の本当のお父上と言う訳ですね」
「そう。だから父とレスターの顔がある程度似ていても不思議ではない。父とエディン殿に血縁関係があったのだから。実際、エディン殿と父上はごく幼い頃は仲が良くてあられたとか。しかし、武芸でも学問でも・・・・そしておそらく恋でも、エディン殿は父を
凌いでおられた」
「その事も記録に?」
「まぁ、エディン殿のことなら王位継承権がないと言うだけで曲がりなりにも王族ではあるし、いろいろな所に足跡は示されてありました。私もいくつか確認しましたが、優れた人物であったことは間違いないでしょう。継承権こそなかったものの、父上は折にふれて彼と比べられたに違いありません。アルフレドが勝っていたものは血筋だけだったのです」
「・・・」
「そして、父は長ずるにつれこの優秀な従兄弟を次第に疎ましく思うようになったようです。その事はあの父を知ってる者なら誰でも容易に想像できます。長年、鬱憤を募らせて、恐らく最後には酷く憎んでいたのでしょうね?彼の恋人を奪って無理やり後宮に召し上げたくらいだから。しかも、それだけではなくて。エディン殿は、お身内の些細な不手際を大きく取り上げられ、家も名も剥奪される懲罰を受けられた」
「冤罪だったと言うのですか」
「ほぼ間違いなく。アルフレドの非道はそれだけに留まりませんでした。終にエディン殿はファラミア追放の憂き目にあわれた。そして、領地とは名ばかりの貧しい土地を与えられ、直後にその地で起きた争いによって亡くなられたといいます」
口にこそ出さなかったが、酷い話だとファイザルは思った。おそらく僅かに表情に出たのだろう。女王は同意するように苦く笑い、彼に頷いた。
女王は自分の実の父の名を呼び捨てにしている。よほど先王の所業を許し難く思っているらしい。唇が引き結ばれ、整った眉が厳しく吊り上がっていた。
「まぁ、すべては昔の話です。もっと早くに調べていればあの子に辛い思いをさせずに済んだものを・・・。しかし、これで我らの疑いは晴れた。ブレスラウ公レストワルドはエディン殿とリシェル殿の子。我が弟などではない。この事は既に元老院に報告してあります。二度と我らを
謗らせませぬ。あの子の為にも」
「―――で、ファイザル殿。話は少し飛ぶのですが」
急に口調を変えて、女王はファイザルを見た。
「はい」
「その地の名をご存じですか?」
「は?エディン様が赴任され、亡くなられた土地・・・でございますか?貧しく、争いが起きた地方・・・。お話の内容からすると・・・大体40年くらい前・・・・・・」
ファイザルはしばらく考えていたが、やがてはっと青い眼を見張った。
「まさか!」
「ふ・・・お察しの通りです」
ソリル二世は複雑な表情で笑った。
「その地の名はノヴァゼムーリャ。・・・言うまでもなく、あの子に与えた領地の名です」
「・・・・・・」
ファイザルは絶句する。
彼の地の警備隊長をしていた間に、40年前に起きた北方海洋民族の侵攻の話は幾度も聞いていた。かつての領主が王家の血を引く人物で、略奪の限りを尽くす海洋民族に怯える女子供を城にかくまい、自らは男たちを指揮し、果敢に戦って戦死したと。
その人物がつまり、レーニエの祖父であったのか―――レーニエは知らずに祖父の亡くなった土地を望んだと言うのか―――
「・・・エディン殿は王家の名を取り上げられた後は、ゴドフリ―と名乗られた。身分の低かった母御の家の名だとか」
「彼の地ではその名は未だ語り継がれる英雄の名でございます」
「・・・そうなのですか・・・私もこの事を知った時には驚きましたが・・娘が、レーニエがノヴァゼムーリャの地を望んだ時には、あの子も私も何も知らなかったのです。なんと言う運命の巡り合わせなのでしょうか」
「・・・御意」
ファイザルも同感である。
「そう言った次第で、都を遠く離れた地で二度と恋人に会う事もなく、エディン殿は亡くなられた。アルフレドはなんと思ったのでしょうね?昏い自己満足か、それとも従兄弟を死に追いやった自責の念か。どちらにしても」
限りなく苦々しげに女王は吐き捨てた。
「既に後宮に召されていたリシェル殿はさぞや嘆かれたであろうな。元侍女殿の記録ではお腹に子がいなければ、悲嘆のあまり自害されていたやもしれぬと記されていました」
「・・・」
「―――このあたりのご心情は私もよく分かる。同じ思いをした者として・・・」
彼女も戦場で恋人を失った女性であった。
「幸いな事にと言うべきか・・・アルフレドはリシェル殿が懐妊していた事には気がつかなかった。当然でしょう、後宮に入られた時には、ご本人もまだ気づいておられなかったのだから。そして気づいてからもリシェル殿は口を閉ざすことによって、愛する人との子を守ろうとされたのです」
「王を・・・王家を
欺いたわけですか」
「女なら誰でもそうするでしょうよ。王を欺く罪よりも愛する人との間に出来た子を選ぶでしょう。―――ともあれ、王が疑いを持ったのは月足らずで生まれたはずの男の子、レストワルドが、大層大きいと気がついた時からです。当然です、本当は月足らずでもなんでもなかったのですからね。この点、父のカンはあたっていたのです。そう言う事には敏い方でした」
「それで、生まれてすぐの公を養子に・・・」
「そうです。そしてリシェル殿は産辱で亡くなられ、レスターだけが残された。リシェル殿が口を閉ざしたまま亡くなられたので何も証拠はありませんでしたが、父はレスターを我が子等とは認めなかった。そして血縁があるとはいえ、嫌った従兄弟の血を引く子を傍にも置きたくなかったのでしょう。直ぐにブレスラウ公爵家にレスターは養子に出される。でもまぁ、養子に出されたおかげで、レスターは父御譲りの優れた性質を損なうことなく、伸び伸びと成長した訳ですが」
妙に晴々と女王は頷き、視線を窓辺に遊ばせている。きっと嘗ての恋人の事を思い起こしているのだろうと、ファイザルは感じた。
「―――そして、私たちは出会い、恋に落ちたのです。私は子を身ごもった。病と偽り、隠棲して身二つになってからやっと父に報告をしたのです」
後継と認めた娘の裏切りはアルフレドにとって手ひどい仕打ちだったの違いない。
「勿論アルフレドはそれは激昂しました。今にして思えば何故あの時、父があんなに激怒したか分かります。アルフレドはレスターをひどく嫌っていた。レスターは自分が
疎んで死なせた男と外見も中身もそっくりだったのです。そして自分の後継者と決めた娘との間に子をなした。そりゃあ、卒中の一つもおこすでしょうねぇ」
歯に衣着せぬとはこうである、と言う見本のようにずけずけと女王は言ってのける。この人が本当にあの自信なさげなレーニエの母親なのだろうか?それにしても―――ファイザルはなんという言葉でこの言を受ければいいのか、大変戸惑うものがある。
「―――陛下には実のお父上を・・・」
結局その時の発作が元で病がちになった先王は、その数年後に
身罷ったのだ。
「ええ。アルフレドには政治家としては尊敬する部分も確かにありました。しかし、こう申してはなんですが、正直に申して父としては最悪の人物でした。私の許婚には自分の言いなりになるつまらぬ男が決められていましたし。私はそいつが大嫌いでした」
「・・・」
さも嫌そうに言い捨てるのへ、思わず頷きそうになる顎をファイザルは慌てて引っ込める。女王は確かに話がうまい。
「私がレスターとの仲を父に隠したのはまぁ、こう言う訳です。私も随分無茶をしたものですが、この恋だけは誰にも邪魔されたくなかった」
「そうでしたか」
「ですが、レーニエが生まれて私は幸福でした。レスターもそれは喜んでくれて・・・でも幸せは長くは続かなかった」
その後の事は彼女にとっても非常に辛い出来事だったのだろう。恋人は出征し戦死、最愛の我が子は何者かに攫われたのである。ファイザルは痛ましそうに顔を曇らせた。
「この後の事はあなたもご存じのとおり、我が王家には不幸が続きました。しかもレーニエを攫ったのは我が父と言う疑いがある」
「それは・・・!」
「父は、最後には妄執だけで嫌いぬいた男の血をひく子どもを許せなかったのでしょう。実の孫娘だと言うのに。しかし、残念ながらこの件に関しての証拠は見つけられなかった。おそらく抜かりなく後始末をしたのでしょう。病で
耄碌し、伏せったままになったとはいえ、狡猾さだけはなくさなかった人ですからね。レーニエを塔に閉じ込めて世話をしていた女も、自分にそれを命じた者に関しては何も知らなかった」
その女こそが物心もつかぬ幼いレーニエに精神的外傷を植え込んだのである。そのことからレーニエは未だに脱し切れてはいないのだ。ファイザルは唇を噛みしめた。
「ええ、誰が聞いても胸糞が悪くなる話です。・・・長くなってしまいましたが、これが先代から続く王家の醜聞と言う訳です。分かりましたか」
女王はファイザルが理解できたか確かめるように、その精悍な顔を見据えた。
「はい。大体のところは」
「大変結構」
驚くべき物語を話し終えて女王はほっと肩を落とし、すっかり冷えた茶を啜った。ファイザルは言葉もなく、その様子を見つめている。暫く彼らの間に奇妙な沈黙が
蟠った。
「――だから、あの子ははかつて悪意から思い込まされていたような、腹違いの姉と弟の間に出来た罪の子どもなのではありません。今話した事柄や、あの子の容姿が人と変わっていた事やに心無い人がそのように噂したのでしょう」
「レーニエ様には既にこの事を?」
ここが肝心だと言うようにファイザルは尋ねた。
「はい。娘が帰ってきてすぐに伝えました。それに、あの子も昔ほど苦悩していた訳ではないようでした・・おそらくあなたのお陰でしょうが」
「いえ・・・私は何も・・・むしろノヴァの地の風土と素朴な人々があの方のお心を和らげていったのだと思います」
「確かにそれもあるかもしれません。・・・で、話はまた飛ぶのですが。ファイザル殿」
「はい」
「聞けば、あの子は彼の地でザカリエ宰相ジキスムント殿にある提案をしたとか」
「・・・そのようです」
「驚きました。あの世間知らずによもやそのような真似が出来るとは思わなかった。まぁ、あの子にしてみれば、ザカリエ宰相の持ちかけた話通りにアラメイン王弟との婚約話が進んでしまっては一大事と行う事で、苦し紛れに出した提案だったのでしょうが・・・」
「しかし立派な事理を述べておられました。ザカリエ宰相も是認せざるを得ないほど」
「ふふふ・・・あの娘があの調子で正論を吐いたら、大抵の者は謹聴してしまうでしょうが・・・まぁ、それはよい。確かにあちらの王子にも恋しい方がおられると言うに、無理やり娘を押し付けるのも気の毒」
――では、事情が異なれば押しつけていたかも知れんと言う事か・・・?
「・・・そんな怖い顔をするでない、ファイザル殿。ただ、私は偽りは宜しくないと申したいのです」
険しく眉をひそめた男を宥めるように女王は笑った。
「如何に屁理屈をこねたとしても詭弁は詭弁ですから。ましてや
誑るのが民とあってはねぇ。露見した時に
甚だ面倒くさい」
不敵に言い放つ顔は再び政治家のそれになっている。
「御意」
「ザカリエにしてみれば戦後の混乱に乗じて、エルファランを除く隣国から侵攻されるのを危惧しておるのだから・・・王家の婚姻でなくとも、エルファランが後ろ盾になるような何らかの補償があればよいのでしょう?ねぇ?」
女王は笑いながら小首を傾げた。このような仕草は娘と似ている。
「そんな事が出来ましょうか?」
「まぁ、長年娘に苦労をさせたせめてもの償いに、私も少しぐらいは謀計を巡らせて見せましょう。―――案外身近に解決策があるもしれませぬ。恩は売っておくものですねぇ・・・」
ザカリエ宰相に劣らぬ老獪な政治家ぶりで女王はうんうんと一人頷いた。何か心積もりがある様だった。
「・・・・・・」
事情は分からないが、この人の政敵には絶対になりたくないものだとファイザルは思った。
「・・・・・・で、次の問題ですが。分かりますか?」
彼女は再びファイザルを真正面に見つめた。
「私の事でございますね」
「ほほ・・・察しがよろしい事。そうです。あなたにも新たに負って頂かなくてなならない責務があります」
―― 一体俺に何をさせようというのか・・・
ファイザルは心がびん、と張り詰めるのを感じたが特に動じることはない。レーニエを望んだ時に心など既に決まっていた。
「覚悟はできております」
「おお、それならばよい。ですが責任は軽くはありませんよ」
「それも・・・わかっております」
ふむ、と頷いて女王は背後の卓から一枚の立派な書紙を取り上げファイザルに差し出した。
「では・・・これを受け取りなさい」
「これは・・・」
ファイザルはさらさらと書紙を読みくだし、愕然と顔を上げた。
「そう・・・将軍の辞令です」
「・・・!」
「おや、何を驚かれます。ファイザル殿の働きからすれば当然の事。既に元老院の認証は取ってある。誰も文句は言いません」
「しかし、私は身分卑しい野人。両親の名すら知らぬ根なし草です。少将と言う、将ある階級に抜擢して頂いただけでも身に余る光栄で・・・」
「何を言われる。あなたも報告書にて献策していたではありませぬか。軍では身分のいかんに囚われず、能力のある者が上に立つべきだと。それに・・・あなた本気であの子を好いてくれているのでしょ?」
女王はくすくすと笑った。
「心よりお慕い申し上げております。他に何も望みはありませぬ・・・」
ファイザルは立ち上がり、女王の据わっている椅子の前に平伏した。
「ならば、このくらいの覚悟はおありになったのでは?」
「・・・・・・それは」
確かに。そのつもりで常勝してきたのである。が、しかし・・・
「それに私は別になにも娘の婿に相応しい立場をと思って、この地位を用意したのではありません。長年続いた戦を勝利の内に終結させた手腕、多くの部下たちに慕われる人望、そして将来を見通せる見識の高さ、そう言うものを全て
鑑みてあなたにこの役割をお願いしている。我が国には貴族でなくては将と名のつく立場になれぬという下らぬ不文律があるそうですが、あなたは今でもその力量で見事に古い慣習を打ち破られているではないか」
「・・・」
「それもあの子の為なのでしょ。実は」
見抜かれている。
「なら、断る理由は何もありませぬな」
ほほ、と女王は笑った。
「あなたが無欲なのは知っていますが、我が娘の婿になると言うのですから、このくらいはしていただかないと。さぁ、これで話はついた。娘とこの国を頼みますよ」
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
「レーニエの出生の秘密!」の段でした。(笑)
ですが、なかなかに回りくどく、読みずらくてすみません。幾つかの齟齬もあろうかと存じまする。でも、すんごい古い伏線を拾えたでございましょ?(ゴドフリ―さんの事は1章に出てきます)。
そしていよいよ兄さんますます忙しくなりそうです。女王陛下もなかなか
強かなおばさんです。
