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「僭越ですが、マントと外套だけでなく、帽子も取った方がいいですよ」
「・・・・・・・・」
村長の家の前に馬をとめ、ファイザルはレーニエを助けおろした。やはりほとんど重さを感じさせない頼りない軽さを確認する。
「昨夜話してあると言っても実際には驚くと思うので、先に私が行って話をしてきます。しばらくこちらでお待ちください」
そう言って彼は家の中に入っていった。
俯いたレーニエは視線を感じてその方向を見る。ジャヌーと目が合ったが、彼は急いで明後日の方向に顔をかしげた。
―私がみすぼらしいものだから見ているのだ・・・
知らない人間と顔を合わせ、目を逸らされる事には慣れている。今更気に病むことではあるまい、とレーニエは心の中で自嘲した。いくらも年が変わらないように見えるジャヌーは
雄渾な体格の青年で、縦はかなわないが、幅はファイザルを
凌いでいる。きっちりと襟の詰まった軍服を着こなし、軍用マントの片側を肩にかけた立ち姿は大変立派に見えた。彼もやはり明るい青い目をしていて、正直そうな引きしまった顔つきをしている。レーニエはジャヌーが目を逸らしているのを幸い、羨ましい思いで見つめていた。
―まぁ、もともとが違うのだから、仕方がないのかもしれないけれど
そこへ、ファイザルと、彼の後ろからいささか取り乱した村長と思われる60がらみの男がやってくる。後ろにはやはり動揺しているらしい、彼の家族が大勢不安そうにこちらを見つめていた。
「ここここれは、ご領主様!わざわざこんなところにお出ましいただきまして・・・・・・明日にでも私の方からご挨拶にと・・・昨日はとんでもないことを村の者が・・・申し、申し訳・・・」
「ああ、いいから、まずは中に入っていただこう。ここは寒い」
何から言っていいのか分からない村長を促して、ファイザルはレーニエを家の中に入れ、指示された部屋に通した。後にはジャヌーと、何事か訳がよく分かっていない村長の家族が残された。
「・・・・・・・・・!」
言われたとおり帽子とマントをファイザルに渡し、仮面のみで顔を隠したレーニエの姿に村長は息をのむ。
しかし何も言うこともできず、深礼をしようとしたところをレーニエに手で制された。
「突然まかりこして相すまぬ。また、事情があって、このような無礼な姿のままで痛み入る」
「・・・・・・・!?」
村長は何を言われたのか理解できないように、人のよさそうな顔を硬直させたまま、口をパクパクさせている。見かねたファイザルが助け船を出した。
「キダム殿。少し落ち着かれたらよろしかろう。俺が言うのも僭越ながら、新しいご領主様は慈悲深いお人柄とお見受け致した。恐れずにお話しするがいい」
「は?ははぁ・・・・・・」
「村長殿。私は、この度ソリル二世陛下のお許しを頂き、縁あってこの地にまかり越したレーニエ・アミ・ドゥー・ワルシュタールと申す。都を出たのは初めてなので私はこの地の事を何も知らぬ。あなたからもいろいろと教えていただきたい」
いつもの押さえた声音で、よどみなく紡ぎだされる言葉が古びた客間に流れた。その気になればずいぶん流暢に話ができるのだな、とファイザルが感心する。
「こ、これは、もったいなきお言葉。・・・・・・申し遅れました。わたくしはノヴァゼムーリャの領主村、村長をあい務めますキダムと申します。領主村と申しましても、この地にご領主さまがいらしたのは、もう40年も前のことになりますが・・・」
レーニエは神妙に耳を傾けている。その時、キダムの女房と思われる初老の女性が湯気の立ったポットと、菓子を入れた籠を手におずおずと入ってくる。
話しているうちに次第に落ち着きを取り戻した村長、キダムは割合と要領よく自分と、この村のことをレーニエに伝え始めた。
「前の領主・・・確かゴドフリ―殿と・・・」
出された茶をとりあえず受取ってレーニエは興味深げに尋ねる。
「ご存じで在られましたか・・・左様でございます。この地に起きた最後の大きな戦で・・・・・・戦死なされました。御立派なかたで、王家の血をひく方と伺っておりましたが。それ以来この地は天領となり、軍を別にすれば、直接の統治者はおられなかったのです」
「・・・・・・・・・」
「村長殿、昨日の事をご説明申し上げるように・・・・・・」
黙り込んでしまったレーニエを見て、ファイザルが促した。
「は・・・はい。まことに監督不行き届きで、身内の恥をさらすようなものなのですが。昨日、村の者たちが私に無断でご領主さまに詰め寄った由。まことに申し訳ありませぬ。私も若い者たちのすることをまったく知らされておらずに、昨夜ファイザル様がご訪問下され、話を伺った時には飛び上りました。若い者のご無礼に驚きたまげ、血相を変えて領主館に出向こうとしたところを・・・」
「俺・・・私が止めたのです。昨夜のレーニエ様のご様子を拝見して・・・しばらく成行きにまかせるようにと、出過ぎた事なれど、そう進言いたしました」
ファイザルがレーニエの様子を伺いながら言った。
「そうか・・・」
「しかし、まさかご領主さまの方からお越しくださるとは・・・・・・あの者たち10人にはとりあえず、自宅から出るなと厳しく指示を出しておりますが・・・処分はどのように・・・?聞くところによりますと、一番若いナヴァルがあろうことか、短剣を投げたと聞き及んでおりまする。彼は現在、アダンの家で謹慎しているはずです。厳しい沙汰が下りても文句は言えますまいが・・・」
「・・・・・・処分はない」
「え?」
「驚いたことは驚いたが、私も連れも無事だった。彼らの言い分も聞いた。皆の禁足を解いてやってほしい」
「・・・・・・これは・・・」
「言っただろう、キダム殿。ご領主様には大変に寛大であられる」
「そう言えば、昨日アダンも同じようなことを・・・・・・」
「そうだ」ファイザルも頷く。
村長は改めて窓を背に座っている、若い不思議な人物を見つめた。
仮面の奥の瞳は今は陰っていて、表情を読むのはいつにもまして難しいとファイザルは思う。
「ありがたき幸せに存じます。早速使いをやることにいたしましょう。アダンなどは私に責が行くよりはと、逸る若者たちを抑えるために出向いたのだと思いますし、この村にはなくてはならない人物なのです。そして決して皆、ならず者ではないのでございます。ただただ貧しいだけで・・・」
「・・・」
「しかし、けじめと言うものがあります。二両日ほどは、私の名の元にて謹慎を申しつけたいと思いますが・・・」
「・・・よかろう・・・あまり厳格にならないようなら」
レーニエは尋ねるようにファイザルを見たが、彼がただレーニエを見つめているだけなので思い切って自分で判断を下した。村長は深々と頭を下げる。この件はこれでけりがついたことになった形だ。皆しばらく黙って茶を飲んだ。
「・・・・あの・・・先ほどご領主様は、この地のことを詳しくお知りになりたいということをおっしゃっていたようでしたが・・・」しばらくしてキダムが切り出す。
「・・・」
前髪が少し下がった。頷いたらしい。話せという事と理解した村長はおずおずと切り出す。
「お話しすることは構わないのですが、それはややもすると、都から来られた方にとっては、王室や院への不満に当たると思われても仕方のないようなこともございます。いえ、何もこの地の住人が・・・その・・・お上に不平不満を募らせているという事ではなく・・・話の成り行きによってはということで・・・」
「そうか・・・構わぬ」
「ありがとうございます」
村長はほっとしたように肩を落とした。
「何からお話いたしましょうかな・・・ああ、えーと・・・昔からこの地は北碧海の島々より、猛々しい海洋民族の侵略を受けました。お話した通り最後の侵攻は40年前で・・・ご存じかどうかは存じませんが、冬の間は山脈の向こう、最北端にある湾は凍結いたしますので、春の訪れを待って侵攻は開始されたです。」
「彼等は険しいセヴェレの山々を抜け、峠を超えて攻めてきました。私はその折には10代の若造でしたが、それはそれは恐ろしい光景で・・・毒々しい化粧を施した彼らの雄たけびや、角の生えた兜、奇妙に曲がりくねった不思議な槍などは今でもよく覚えています。」
「彼らが攻め上がってくるまで、誰も気がつかなかったのか?」
「その頃にも、見張りを担う北の砦はあったのです。しかし、船団が上陸する数日前に、兵たちは皆殺しにされていたと記録には」
「北の砦・・・」
「そのころの国境警備の軍・・・北軍も今のように精鋭ではありましたが、いかんせん数が少なかった。この国の人口が少なかったのですから当然ですが。彼らの侵攻を知ったのは、すでに先頭の部隊が峠を越えてからでした。
おそらく直ぐに反撃の態勢は取ったのだと思われますが、戦禍は兵士のみならず、住人にも及びました。男という男は武器を取って戦い、数多くの犠牲がでました。私の父親も兄も命を失い、三つ上の従兄は今でも足を引きずって歩いています。
領主のゴドフリー殿は跳ね橋を上げた館に女子供をかくまい、自らも自分の私兵を率いて最前線で戦い、討ち死にされたと。
この先のアルエの町の南に偶然国軍が居合わせなかったら、村と北軍は全滅していたに違いありません。彼らが略奪を求めてあちこちの村に分散したのを幸い、国軍は一つ一つの村を取り囲んで攻撃を仕掛けました。侵略者には戦略はありませんでしたが、一人一人はそりゃあ大きく、気性も荒くて苦戦したようです。
激戦がノヴァのあちこちで繰り広げられ、侵入者たちの大群はほぼ壊滅状態になり、残った者もほとんど殺されました。そりゃあ恐ろしい光景でした。村を流れているリーム川は真っ赤に染まって・・・・・・。
以来、北からの侵略はありません。軍の規模も拡大されました。しかし、村の受けた傷は今でも癒えたとは言えません。この村に初老以上の男が少ないのは戦いで戦死したためです」
キダムの語る話は初めて聞くもので、レーニエは身動きもせず、かつての戦の生々しい話に聞き入っていた。
「このようなことを申し上げるのも・・・その・・・恥の上塗りですが、ご領主様がお聞きになったとおり、昨日無礼を働いた、村人の懸念と恐れも無理からぬことでした。40年前の戦の前も後も、この地は貧しく、王室に直接収める税・・・と申しますか、天領故の苦しみがございまして・・・・・・・」
言いにくそうに口をつぐんだ村長に、レーニエは問うような視線をファイザルに流した。
「年に二度程、森林の伐採に多くの人手が駆り出されるのです」
即座に明晰な答えが返る。
「森林は軍が管理しているのではなかったか?」
「軍は管理するだけです。我々には国境警備の任があり、実際の重労働は都からくる伐採の専門家の指示を受けた村人が行うのです」
「・・・」
「その通りでございます。夏は比較的若い木を。そして冬の終わりには、ふた抱え以上の大木を切り倒すのでございます。つらい労働です。この村だけでなく、この地の民は昔からこのようにして、都で使われる材木を供給してきました」
キダムは淡々と話し続ける。
「ですが、まぁ・・・軍の指揮官がこちらのファイザル指揮官様になってからはずいぶんと楽になりました」
「・・・・・・・?」
再びファイザルに視線が向けられたが、答えたのはキダム村長だった。
「一番危険な伐採の作業に軍隊を貸してくださるからですよ。昔はひと冬に三人も死人が出たこともあります。ありがたいことです」
「訓練の一環で行っているだけです」
「・・・・・・・」
「そう言う訳で我々は貧しく、疲弊しています。しかし、南の地で行われているように、戦に駆り出されるよりかはいいかもしれませんが・・・それで、改めまして・・・」
村長は姿勢を正した。
「昨夜ファイザル様から伺った話では・・・・・・・ご領主さまは・・・・これ以上の租税をなさらないとか。それは・・・」
語尾を曖昧にした村長にレーニエは頷いて見せる。
「そうだ。私のことは領主というより、たまたまこの地に隠棲することになった貧乏貴族と思ってもらってよい。そなたたちに干渉はせぬ。皆にもそう伝えてほしい」
村長の家を出た時にはすでに昼近くになっていた。太陽は中天に昇っていたが、相変わらず村の中は人通りが少なく、寒々しい。
ついさっき、玄関ホールでレーニエの肩にマントを掛けてやったとき、ファイザルはわざとマントで髪を隠さずに背中に流した。レーニエは気がついたようだが、何も言わずに馬に乗った。
「無礼を働いた者たちに構いなしとの仰せ、改めましてありがたく賜りましてございます。」
「その内にもっと教えてもらいたいことが出来るやもしれぬ。よろしく頼みたい」
見送りに出た村長とその家族が深々と頭を下げるのに、馬上から頷いてレーニエは村を後にした。
「館にお戻りになられますか?」
来た時と同じように自分の前にレーニエを座らせ、手綱を打たせてファイザルが尋ねた。領主は先ほどより少し体の力が抜けたのか、安心して馬の動きに身を任せている。ジャヌーは少し後ろからついてくるが、その眼はやはり物珍しそうにレーニエに注がれていた。
「そうしよう・・・あなたもお忙しいのだろう」
「俺・・・私は構いませんが」
「そうか、なら、来たのと違う道を通って戻ってもらえるか?」
「かしこまりました」
荒野と隣り合わせの村は、静まり返っている。
「いつもこんなに人がいないのか?」
「いえ・・・これは昨日の件を反映しているのだと思います。明日には元通りに人々が行きかうかと」
「そうか・・・よかった・・・私のせいで皆迷惑をしているのだな」
「・・・」
いったいこの少年は何者だろうと、ファイザルは考え込む。そう言えば昨夜からずっとこの人物のことを考えている事に彼は気がついた。
「・・・私もあなた様に言うべきことが・・・」
ややあって、ファイザルは切り出した。
「・・・?」
「実は私は存じておりました。昨日、彼らが武器を持ってあなたのもとに赴くことを」
「そうか」
「ご存じであられましたか?」
「たぶんそうだろうと私は思っていた。あなたは有能な方だ」
「私にも情報網があって、この地のことならほとんど知らないことはありません。しかし、私はあえて止めなかった」
「・・・・・・」
「理由を聞かれないのですか?」
「おそらく、彼らと同じ理由からだろう?あわよくば私がしっぽを巻いて都に帰ればいいと思っていた?」
「まさか、そこまでは。ですが、あなたの出方を見ようとは思っていました。勿論アダンが皆を自重させることはわかっていましたが。私もすぐに出られるところで待機し、適当なところで止めに入ろうと言う思惑でした。あの若いナヴァルは予想外に勇み足でしたが・・・・・・」
「もういい」
「私の任にはご領主さまの警護も含みます。私にも存分なご処分を」
「いいと言っている。私はやっかい者の、零落した貴族だ。この地で静かに暮らす。それだけだ」
「ならば、何故私を顧問になどとおっしゃいます?」
「それは・・・・・・」
レーニエは振り返って大きな軍人を見上げた。思いもかけず至近距離で目が合う。
鉄色の髪、聡明そうな額。湖のような色の瞳はいささかも揺るがぬようにレーニエを見つめていた。
「知りたかったからだ・・・いろいろなことを」
「・・・・・・」
「私は今まで何も知らなさ過ぎた。こんな自分でもやっと都を離れてここまで来れた。だから・・・・・・」
「はい」
「ファイザル指揮官。これからも、私にいろいろなことを教えてくれないか。あなたの仕事場も見たい。軍についても知りたい。この村のことも」
「・・・・・・・・・」
「嫌でなければの話だが」
ファイザルの沈黙を否定と受け止めたか、レーニエは小さな声で付け加えた。
―不思議な人だ。俺の胸までもないような子供のくせに、わざわざそうしているような重々しい非日常的な振る舞い。元老院議長のような勿体ぶった話し方をするかと思うと、自分の事には途端に引っ込み思案になる。仮面の下はいざ知らず、これほど美しい外見を持ちながら、自分を醜いと思い込み、もじもじしている。しかし、無礼を働いた村人への処分は無しと即決。いったい、どんな身分でどういう育ち方をしてきたんだか・・・
「すまない。忘れてくれ」
低く呟く。鍔広の帽子が可哀そうなほど俯いてしまった。
「ふ・・・そう・・・では、まずは馬の乗り方ですね」
まるで年の離れた弟にするように、片腕で細い体を柔らかく抱いてファイザルは囁いた。
「・・・・・・・・・え?」
「教えてほしいとおっしゃいましたが、俺は厳しいですよ。それでも構わなければ」
「ファイザル指揮官、本当に?」
「ヨシュアとお呼びください。俺の名です」
「ヨシュア・・・」
「はい。それでは明日からでも、あなたに合う大きさの馬を持ってこさせましょう。まず乗り方。そしてギャロップです。大丈夫ですか?」
「ああ・・・ありがとう!ファ・・・ヨシュア」
喜びのためだったろうか、声は細く高く聞こえた。それはひどく澄んで冬空に響いた。
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
まだまだ幼いレーニエ。これには事情があるのですが、次章で少しずつ明らかになる予定です。
アルファポリス