夏至祭
コンコンコン
遠慮がちなノックの音がした。
「エディ?用意はできましたか?」
扉の向こうから低い、しかしよく通る声が漏れてくる。
「あ!ちょっと待って!今おばあちゃんから借りたペンダントを・・・」
答えたのは彼、ヴァーノンの大切な姫君ではなく、彼らが現在逗留している宿の娘、ルエヌの元気な声だった。
「うわぁ!きれい。これ、金でできてるの?」
「まさか!金ならもうちょっと重いんじゃないのかな?でも、お守りのような意味があるんだって。うん、似合う〜〜、かわいい〜〜」
扉の外でじりじりと待つ者達の心中などまったく意に介さないような少女たちのさざめきが、ヴァーノンの唇をほんの少し綻ばせるた。
「おいこら、いい加減にしろ!もうすぐ宵宮が始まってしまうぞ。お友達も大勢待っておられる。!ったく、少しくらいいじったところで、滅多に変わり映えせんものを・・・あ、いやいや、お客さんのお連れの方は違いますよ。何もしなくてもそりゃぁおきれいで・・・」
「いえいえご主人、ご婦人の支度を待つのも私の務めですので」
柔和な微笑を浮かべ、ソツなくヴァーノンが言いかけた時扉が開き、華やかに着飾った少女たちが出てきた。もちろんその中に彼の主、エディールも混じっている。
「どぉ?この服。ルエヌが貸してくれたの。」
ヴァーノンよりかなり背の低いエディールは腰に手を当ててちょっとポーズをとった。
彼女の瞳の色に合う、淡い緑の裾の長いスカートは、このところ少年時じみた旅装束にばかり身をやつしていたエディールを久々に娘らしく見せている。
大きなとも布の襟が細い首を引き立て、ゆったりした袖が若鹿のような華奢な肢体を包んでいる。全体的に露出が少なくて、ヴァーノンのお眼鏡にかなうデザインであったが、いかんせん・・・・・・
「・・・・・・ちょっと大きいようですが・・・」
彼女より大きなルエヌのお下がりの服は、襟ぐりが少し大きく、彼女が体を傾けるとちょっとずれて可愛らしい肩が見えた。
「あ、やっぱり?」
「まぁ、ショールを巻けばいいでしょう。いつにもましてお美しいですよ」
「うっわ〜〜〜〜!何?それ。そんなこと面と向かって言う?普通。エディ?あんた、どこのお嬢様なんだよ!」
エディールより二つ年上のルエヌは遠慮のない意見を二人に浴びせる。
シュレジア国の巫女姫、金髪のエディールと彼女の従者で騎士、ヴァーノンは本国への帰路の旅に出て早3か月余りが経った。そして彼女がその神殿から攫われてから5か月。冬はとっくに過ぎ去り、春も終わって緑萌えいずる季節となっていた。
黒森を迂回して南下、危険な自由国境の山岳地帯を超え、現在は比較的情勢の落ち着いた大陸東側、南の豊かな農業国、サントリノの統治の及ぶ田舎の村にたどりついた。
二人は商都ナッシュヴァールの商人の娘と、そのお目付け役という触れこみで旅を続けている。若い騎士のゾーイは現在つかいに出していて、彼が戻るまでの間、この平和な田舎の村に二人は滞在しているのだった。
「大切なお嬢様ですので」
ルエヌのからかいにもびくとも動ぜず、ヴァーノンはしれっといなす。
「さぁ、お嬢様がた。あまり遅くならないうちに出かけましょうか?」
「は〜い!私、お祭り初めて。ヴァー・・・ヴァルはよく知ってるの?」
人前で祭りが初めてなどというセリフを軽々しく口にしたエディールに軽く目を眇めて、ヴァーノンは誤解のないようにさりげなく訂正する。
「確かに、この地方の祭りは初めてですね?」
「う・・・うん」
「夏至祭とは火祭りの意味もあるのでしょう?」
問われたのはくどくどと娘に注意を与えていた宿の主人。父親の説諭にうんざりしていたルエヌはヴァーノンに感謝のまなざしを向けた。
そして、もっとあからさまにヴァーノンを見つめているのは、彼女の背後で同じく華やかに祭り支度を整えた同世代の少女達であった。いずれも長身で端正な顔立ちの、この異国の青年を頬を染めて眺めている。
「そうです、よくご存じで。夏至祭とは夏の恵みに感謝する祭り。祭神は太陽の化身の装束をします。太陽の象徴は火ですからね。今年の祭神はつい最近首都から戻った酒屋の二男が選ばれて・・・・・・」
「そうそう、ユリアン。カッコ良くなってたよねぇ〜〜」
「ほんとよねぇ〜〜!ああ、私相手役に選ばれたいわ!」
「あら、あんた相手いるって言ってたじゃないの」
「お祭りは別よ!」
口々に少女たちがさんざめく。エディールはその様子を珍しそうに見つめていた。
「ああ!ほら、噂をすれば山車よ!見に行こう!」
ルエヌはホールの大扉を開け放った。
宿は大通りに面している。
広い通りはすでにたくさんの人が出ていて、みな一つの方を注視していた。向こうの方から何かがやってくるらしい。
ヴァーノンは背の低いエディールが見やすいように自分を背にして立たせてやる。
花と色鮮やかな果物で飾られた大きな山車が見えた。真中に一抱えもあるような大松明が据え付けられている。その脇にはきらびやかな装束を身につけた若者が立ち、手を振っている。そばには同じようだが、少し簡素ないでたちの者達が乗っている。こちらはそう若くもないものが多く、おそらく祭神の脇を守る者と思われた。
「あれが祭神よ」
ルエヌはエディールに耳打ちをした。
祭神は顔半分を隠すマスクを付けていて素顔はわからない。だが、長い黒髪と浅黒い肌をもつ長身の若者で、その姿はエディールのただ一人の騎士によく似ていた。
「あの車はどこへいくの?」
瞳を凝らして山車を見つめながらエディールがルエヌに聞いた。
「ああ、この先の神殿に聖なる火を貰いに行くの。そしてあの大松明から皆が火を分けてもらう。それがこの一年間の台所の火となるわけ。ほら、家々の軒下に小さな炉が据えられているでしょ?あそこに貰うんだよ。もちろん後で家の中に持って入るんだけど」
「へぇ〜〜すごい」
山車はゆっくりと近づいてくる。
「山車が帰る頃は薄暮になってる。通りの脇の松明にもに次々と灯が入って夜になれば、そりゃあきれいだよ」
「見てみたいなぁ・・・あ?」
「どうしましたか?」
エディールの僅かな変化も見逃さないヴァーノンは身を屈めた。
「目が合った・・・様な気がする」
エディールが言うのはちょうど目の前を通った車の上の祭神のことだった。
「みんなそう思うのよ」
「すてきねぇ・・・ああ、やっぱり彼に選ばれたいわ」
華やかな山車はゆっくりと彼女達の前を通り過ぎて行った。そして確かに祭神は少女たちを見下ろしているかのように見えた。
「さぁ!行ってしまったわ。戻ってくるまでお祭りを楽しみましょう!」
ルエヌの声が合図になったかのように人々は通りに繰り出す。さっきは山車に目を奪われてよくわからなかったが、通りにはいつの間にか様々な店や出し物の屋台が連なっていた。軽業を披露している道化のような者もいる。
「広場に行けば見世物のテントや、外国の武術の演武なんかもあるのよ」
「演武?面白そう」
「でも、山車が戻ってきたら真ん中の舞台のそばにいなくちゃだめよ。その時が見ものなんだから」
「わかった」
「あんたたちの分も席を取ってあるからね。迷わないようにして」
「ありがとう、ルエヌ。じゃあ、私いろいろ見て回ることにする」
「じゃあ、後でね」
ルエヌ達は手を振って人ごみの中に紛れていった。
「彼女達は娘たちだけで祭りを過ごすのですか?」
ルエヌの去った方向を見ながらヴァーノンは意外そうにつぶやく。心配性のルエヌの父親が彼女らを一緒に連れまわすのだと思っていたらしい。
「何言ってんの、ヴァルったら鈍いなぁ・・・」
「鈍い」
およそ愚鈍さとはかけ離れた様子の青年を見つめてエディールは苦もなく言い放つ。
「そうだよ。みんな恋人がいるにきまってるじゃないの。友達同士で楽しむふりをして、離れたところでこっそり落ち合うんだよ。そんなことも分からないの?」
彼の働きは一個中隊にも匹敵すると老宰相に言わしめた青年に、ちっちっちと人差し指を振って見せ、姫君はしたり顔で頷く。
「ははぁ」
そんな態度をどこで覚えられましたか?という突っ込みが喉元まで出かかったがここは素直にヴァーノンは驚いて見せた。
「知らぬは父親ばかりなりということですね。気の毒に」
祭りを祝う挨拶を近所の人々と交わしている人の良さそうな宿の亭主を、ヴァーノンは同情をこめて見つめた。
「しかし」
「ん?」
「貴女は私の目を掠めてはいけませんよ?いいですね」
半ばは優しく、半ばは本気でヴァーノンは釘を刺した。
「掠められるくらいなら苦労はしない」
だいたい祭りを見物することさえ渋る彼を、エディールは彼女の持てる限りの手管を総動員して説得し、やっと許してもらえたのだから。
「それならいいです。私のそばを一瞬でも離れてはいけませんよ」
そう言ってヴァーノンはその大切な少女の肩に白いショールを巻きつけた。
夏至祭の宵は始まったばかり―――――
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
「うわぁ!すごい」
広場にいくつか設けられた舞台の一つでは白い胴衣を着た異国の武術の演武が行われていた。たくさんの人々で、田舎の町にしては大きな広場が埋め尽くされている。
舞台の上にはレンガがひと山運び込まれ、互い違いになるように積み上げられた。
「今度は何が始まるんだろう?」
エディールは連れを振り返った。
「ご覧になればわかりますよ。さぁ、静かにという合図がありました」
観客は固唾を飲んで次の演目に注目している。
ガシャン!
演武者の垂直の突きが決まり、腰の高さまで積み上げられたレンガはものの見事に下の段まで粉々になった。一瞬静まり返った客席からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。エディールもすっかり興奮して小さな手のひらをパチパチと打っている。
「すごいすごいすごい〜〜。拳だけであんなことができるんだ!この人たちは武器を使わないの?」
「ええ、少なくとも鉄製の武器は使わないと聞いています。樫の棒などはあるそうですが・・・もともと武器の所持を禁じられた農民の護身術から発展した武術ですので」
「ふぅ〜〜ん」
体格はさほど大きくない演武者は一礼するとさっと舞台を下りてゆく。
「次は何を見ようかな」
ここに来るまでにも沢山の芸人の舞台を見たり、珍しい動物の芸などを見てエディールは夏至祭を堪能している。頬にはさっき屋台で買って食べた菓子にかかっていた赤いソースがくっついていた。
「お心のままに」
ハンカチで頬をぬぐってやりながらヴァーノンは複雑な面持ちで、彼の姫君を見つめる。
望んで出た旅ではなかった。
五か月前の出来事を思い出すたびに彼は自身を八つ裂きにしたい感情に駆られる。しかし、起きてしまったことを悔やんで過ごしていてもエディールは守れない。現にいま彼女は彼の庇護下にいて、健やかに成長している。
だから――ー
ヴァーノンはこの旅を最大限に利用しようと考えた。
一つには時間稼ぎ。
シュレジアに伝説の巫女の血を受け継いだ姫が成人したことは、既に各国に知られている。その能力については明らかになっていないが、今回の事件からしても噂だけでも決して侮ることはできない。
拉致事件のことについても勿論厳しく情報を管理されており、公式にはエディールは病ということになっていて、引きも切らずに持ってこられる縁談もすべて断りの返事が認められて返されていた。
そして、この旅から帰りついたらヴァーノンはある公式発表を王に進言しようと思っている。
すなわち、エディールの中の巫女の血は病によって完全に失われたと。
人々の役に立とうと思っているエディールが聞いたらさぞや激怒するだろうが、この際、彼女の望みなどは二の次どころか、遥か後方に押しやってしまいたいヴァーノンである。
人の痛みを癒す能力なんぞを持っていたって、それ以上の厄災に巻き込まれてしまっては何にもならない、というのが現実的なヴァーノンの意見だった。彼女をめぐって戦の起きる可能性だって否定はできないのだ。
現に東の大国、武陽にはかなりの可能性で彼女のことが既に知られてしまっているかもしれないのだ。いにしえ、彼の国の皇帝は不老長寿の情報を求めて、恐ろしい密使を世界中に放ったといわれている。禍の芽は少しでも少なくした方が良い。
そしてもう一つはエディールに世間を見せ、少しは大人になってもらって聞き分け良くしてもらうため。情勢の落ち着いた地方ばかりを選んで、遠回りを重ねたこの旅は、城中に常に閉じ込められていたエディールへ最後の自由時間と、彼女の父王も納得していた。
おそらく帰還したならばすぐにでも、婚姻の準備が始まるだろう。もしかすると水面下では既に行われているかもしれない。無難なところで、姻戚国のセイシリアの第二王子あたりと。
巫女姫は常に未通の娘であるから、いったん結婚してしまえば、病という噂に信ぴょう性がなくとも、彼女の巫女としての利用価値は完全になくなるはずだった。
エディールは何も知らない。
「参りましょうか?」
「うん」
「ショールで髪を隠してくださいね」
素直にエディールは布を被った。この旅では何事もヴァーノンの指示に従う、そういう約束をしたから。
長い髪を隠してショールを巻きつけるのを手伝って、ヴァーノンは少し哀しげに微笑んだ。
そして、沢山の屋台や見世物の小屋を冷やかしているうちに薄暮の時刻が訪れようとしていた。
―――――ー?
ふと、妙な気配がすることにヴァーノンは気がついた
―なんだ?この気配。いや、視線か?殺気はない。しかし、しつこく付きまとってくる。一人・・・いや二人。密偵か?
「ヴァル?」
「エディ?私のマントに入ってくださいますか?おそらく大丈夫でしょうけど、念のため。」
「・・・・・・」
無言でエディールは従う。ヴァーノンが無意味にこんなことを言うはずがないのをよく知っているからだ。
エディールが身を収めたのを確認してヴァーノンはゆっくりと歩き出す。怯えは伝わってこない。落ち着いた足取りだった。
―まったく、肝の据わった姫君ですね
人ごみの中で追跡者を巻くのは容易い。しかし、それでは問題の解決にはならない。おそらく宿にもすぐに手が回る。ここは人気のないところで一気にカタをつけるのがいいと思われた。ゾ−イがいないため、エディールの安全を十分確保できないのが弱みだが、ここでないものねだりをしても仕方がない。今現在の状況の中で最善の策をとるのが鉄則だ。
―それに
ヴァーノンは思った。この密偵は訓練された者たちではない。捕えて口を割らせるのはたいして難しくないはずだ。
ヴァーノンはゆったりした足取りで大通りを逸れ、脇道から脇道に入ってゆく。ちょうどちょっと疲れたから休憩しようとでも言うように。
ほどなく裏通りのさらに裏、灌木が茂った空き地に出る。星明りのみで暗いことは暗いが、ヴァーノンには十分だ。広さもある。追手の足音はまだ聞こえない。
「エディ、こちらへ。しばらく隠れていてもらえますか?」
ヴァーノンは葉の良く茂った灌木の間へとエディールを押し込めた。
「絶対に顔を出さないように」
大きく開かれた瞳に一つ頷いて、ヴァーノンは身を翻した。
「うわぁ!な、なんだ?」
「ひええっ」
見失ったと思っていた人影がいきなり目の前に現われて、胆をつぶした男たちは見事に尻餅をついて地べた転がった。
「な、なんだなんだ、なんなんですか、あんたは!」
ずんぐりとした男が腰を起こしつつどもりながら喚いた。
「・・・・・・こちらが伺いたい。後をつけたのは何故だ」
思っていたのとはどうも違うようだと拍子抜けしたが、つけていたことは事実だ。ヴァーノンは口調は穏やかに、しかし、有無を言わさぬ雰囲気を見せて詰問した。
「べ、別にあんたをつけていた訳じゃあありませんよ」
あまりの迫力に再び腰を抜かしそうになりながら、男たちは必死で答えた。見ればそう若くもなく、ここまで追いかけてくるだけでも必死だったように見えた。
「そうですよ、あんたと一緒にいた金髪の女の子を探してるんです」
「何故?」
「何故って・・・大地の女神になってもらうためですよ」
「・・・大地の・・・なんですって?」
どんな答えを予想していたにせよ、この答えだけは流石に周到なヴァーノンの頭の中にもなかったことだけは確かだ。
「女神様ですよ。知らないんですか?あんた、旅の人かね?」
「・・・ええまぁ」
「祭りの最後に祭神の妻を決める儀式があって、祭神になった者が気に入った女性を選べることになっているんでんすよ」
やっとこさ立ち上がり、落ち着きを取り戻すと男たちはいささか得意そうに説明をしはじめた。
「・・・・・・・」
「もちろん人妻はいけませんよ?あ!アンタ、もしかしてあの子のダンナかね?」
あっけにとられているヴァーノンに、男たちは詰め寄る。
「・・・・・・いいえ、私はただの護衛です」
「な〜んだ、だったら都合がいい」
「あんたから話してもらえないかね?これはすごい名誉なことなんだよ?」
「そうですとも。若い娘なら誰でも選ばれたがる」
「なにも本当の夫婦になるってわけじゃないんだし。あ、でもこの儀式から結ばれた人たち多いんですよ〜」
まるでそれが自慢であるかのように、男たちは胸を張る。確かに先ほどの少女たちのあこがれの眼差しからみても、若者たちからは喜ばれそうな儀式である事には違いなさそうだった。
そんなことがあってたまるものかと、憮然とした面持ちで青年は尋ねた。
「・・・一体いつ彼女を見つけたんです。山車の上からですか?」
「ご名答。あのパレードにはそういう意味もあるんですよ」
「祭神によっては、自分の恋人や身内を指名する人も多いんで、今年はラッキーなんですよ。ねぇ、助けてくださいよ。悪い話ではありませんので。まぁ、希望者は引きもきらずに多いんですが」
「・・・という訳なんですが」
「ふ〜〜ん・・・」
「・・・なんでしょう?」
意味ありげな横目で見られてヴァーノンはやや困った様子でニヤニヤ笑っているエディールから目を逸らした。
「心配性なんだから・・・」
「それくらいの方がいいんですよ」
「ゾーイが聞いたらさぞかし面白がるだろうなぁ」
「・・・・・・」
「まぁ、黙っておいてやる」
「ありがとうございます。では、お断りしてきますね」
「なによぅ、断るつもりなら初めから私のところに話なんか持ってこなけりゃいいじゃないか〜〜」
「いえ・・即、断ろうとも思ったのですが、それではあまりにあの方たちに申し訳ないと思いましたので・・・・・・一応お話だけ持ってきたのです」
ヴァーノンは離れたところで心配そうにこちらを窺っている、二人組を振り返った。
「確かに。尻餅をつかされた上に、お前の脅しをかけられたんじゃな」
「・・・・・・ですから貴女が断って下されれば、私も面目が立つというもので・・・」
「引き受ける」
ああ、やっぱりねというような顔でヴァーノンはがっくり肩を落とした。
「目立ちたくはないのですが・・・」
「まさか、一国の王女が祭りの女王になってるとはだれも思わないと思うなぁ」
「それはそうなんですが・・・」
「お〜〜〜い、そこの人」
難しい顔をしてヴェーノンが考え込んでいる間に、エディールはさっさと二人組に手を振ってしまった。
「え?ちょっと、姫・・・エディ?」
明らかに喜び勇んで男たちがこちらに駆け寄ってくる。
期待満面の彼らに向かってエディールはにっこり笑った。
「とっても名誉なお話だということで、私でよければ務めさせていただくことにしました」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
「では、これで祭祀の段取りはお分かりいただけましたね?」
祭りの裏方の役員は丁寧な態度で女神の役を引き受けてくれたエディールに説明した。何のことはない、呼ばれたら舞台に出て行って、結婚式のまねごとをして最後に皆に手を振ればいいだけのことだった。
「はい。」
「まぁ、あまり緊張なさらないで。祭神のユリアンさんが、すべてを心得ていらっしゃいますので心配いりませんよ」
「はぁ」
「本当なら、事前にお二人で打ち合わせなどできるんですが、今回はあなたがなかなか捕まりませんでしたから・・・・・・」
親父の恨めしそうな視線を無表情でヴァーノンはやり過ごした。
「婚礼の儀式のときに、祭神から捧げられるサークレットはいただけるんですよ。ちゃんとした細工ものですし、きっとお嬢さんに似合います。実はですね、私も30年前には祭神に選ばれましてね、今の家内を指名した訳で・・・」
「へええ〜〜〜」
目の前の頭の禿げかかった人の良さそうなおやじの丸い笑顔を見て、エディールは感心したように語尾を伸ばした。一方、後ろで控えているヴァーノンは先ほどから黙りこくったままだ。
「いや〜今ではすっかり太ってしまいましたが、あの時の興奮は今でも祭りのたびに思い出しますよ」
「そ、そうですか・・・」
「ではこちらのお部屋でお召替えを。私の家内が手伝いますからね」
「はい。じゃぁ、ヴァル・・・行ってくる。おまえは皆と席について待っていて。大丈夫だから」
ディールは連れを振り返りにっこりと笑った。
「かしこまりました。くれぐれもお気をつけて」
ヴァーノンはゆっくりと頭を下げた。
いやに素直に引き下がったな、と首をかしげながらエディールが隣室に入ると、そこにはかつての女神だったという話の中年の主婦が待ち構えていた。
「まぁまぁ、なんて可愛らしいお嬢様!旅の方ですってね!こんなことになってさぞや驚かれたでしょうね?」
それはやっぱり年をとって体つきが丸くなった女性で、しかし、大きな茶色の瞳と未だ豊かな髪は昔のかわいらしい彼女を想起させるに十分だった。
「お世話になります」
「ええ、ええ。この衣装を着るんですよ、きれいでしょう?あなたの金髪によく映えるわ」
それは偶然にも今着ている、ルエヌに借りた服と同じような緑色の衣装で、流石に凝った飾りが施してある。
ややこしそうな服だなぁと思ってエディールが見ていると、主婦は早速後ろに立ってエディールの服を脱がし始めた。
慣れた手のおかげで、そんなに面倒もなく着替えることができる。胸の下のあたりでゆったりした身幅を帯で縛り、スカートが整えられる。やっぱりいささか大きい。
「う〜〜ん、ちょっと大きいわね。裾はまぁいいにしても、肩を少しつまみましょう。それから髪ね」
「はぁ・・・」
身を飾ることにさほど興味のないエディールがぼんやりしている間に、衣装が合わされ、髪が整えられ、おまけに滅多にしない化粧まで施された。
「まぁ、きれい!さっきは可愛らしいお嬢さんっていいましたけど、今ではすっかり綺麗な娘さんですよ。これならユリアンさんも大喜びね。残念ながら儀式の間は祭神と同じような仮面をかぶってもらうけれど」
確かに大きな姿見の向こうに、裾の長い服を着たエディールに似た見知らぬ少女が立っていた。思ったより軽くてこれなら動けるな、と、つい習慣で確かめてしまう。
ユリアンさんは知らないけれど、ヴァーノンが見たらどう思うかなぁと、のんきに姫君は考えた。
仕上げのヴェールと仮面を付けられて、後は本番を待つばかりとなった。
舞台の上には赤々と大松明が燃えている。
広場には大勢の人たちが集まっていた。しかし、舞台の近くの席はあらかじめ決められてあるらしく、さほど押し合いへしあいということもない。離れた立ち見の席にいる人たちも比較的お行儀よく祭りのフィナーレを見物していた。
祭神は太陽から人へと化身し、輝く矛をかざして悪霊や厄神を退け、人々を守るというやや平凡なシナリオを演じていた。最後の悪霊が叫び声をあげながら後退した時に大きな拍手が巻き起こる。
そしていったん舞台は暗くなり、次に明るくなった時がエディールの出番だった。
太陽神は優雅な身振りで振り返った。
輝く光で地上の人々に恵みを与える彼だったが、ひとつ足りないものがあった。それに気がついた彼は大地の化身である、清らかな乙女の手を取って誘う。
彼は乙女に愛をささやき、彼女は膝を折ってそれに答える。そして、顔を覆っていた薄衣のヴェールを取り去り、彼の象徴である金色のサークレットを被せ、額に口づけた。それが婚姻の証し。
エディールの金髪が松明にキラキラと輝き、人々の間からため息が漏れた。二人の姿が鮮やかに映え、田舎町のの祭りながら大変印象的な演出に仕上がっていた。
晴れて夫婦となった二人は手を取って舞台の張り出しに現れて、皆に手を振った。盛大な拍手とともに儀式は終わりとなる。
二人が引っ込むと、着飾った別の娘たちが現われて、籠から次々に花を観客へと投げ入れた。
「ふぅ〜〜〜やれやれ。終わった、終わった」
舞台から降りるととりあえず今日の相手役の青年に挨拶だけして、エディールはすぐに控えの間に引っ込んだ。皆に今日の女神は誰だかすぐには分らないように早めに着替えるようにと言われていたのだ。エディールに異論はないが。
主婦に手伝ってもらいながら凝った衣装を脱ぐ。きちんと畳んでおいてくれたルエヌの服に袖を通しながら、やっぱりシンプルな服の方が好きだなぁと思うエディールだったが、ヴァーノンに近くで見てほしかったなとほんの少し残念な気がしていた。
―席でま待てと言ったんだっけ。でもあいつのことだから、その辺まで迎えに来ているような気がするなぁ…とにかく心配性なんだから。
主婦に石鹸を借りて念入りに化粧を落とし、身支度を整えるとお土産のサークレットは大事にヴェールに包んでもらう。
「きっとユリアンさんがお待ちですよ」
丸い顔の主婦はなぜだか嬉しそうに囁いた。
「え?なんで?」
「だって、やっと仮面を外して普通におしゃべりできるんですよ。お嬢さんも儀式とはいえ、結婚式を挙げた相手の顔を見たいでしょう?」
「あ〜〜〜・・・・・・」
儀式の間はさすがにいささか緊張していたので、仮面越しにしか見えない仮面をつけた人物のことなどあまり気にしている余裕もなく、さりとて興味があるかと言えば、そうでもないエディールは返答に窮する。
「このあとお祭りの役員やお若い方々と会食がありますから、ぜひご出席していってくださいな。近年まれに見る美男美女の祭神で、みんな大喜びですよ」
「う・・・はい。とりあえず連れの者に聞いてきます。」
適当に相槌を打ってエディールは扉を開けた。
「・・・・・・早いな」
目と鼻の先に、見慣れた広い胸。
「あたりまえです。これでもほおっておき過ぎたくらいですよ。さぁ、長居は無用です。とっとと行きましょう。」
相変わらず仏頂面のヴァーノンが面白くもなさそうに、エディールにショールを巻きつける。
「会食の誘いを受けたんだが・・・・・・」
「そういう話でしたが、役員の方には私の方から丁重にご辞退申し上げてまいりました」
「手回しのいいこって」
「どういたしまして。さぁ参りましょうか。まだまだ人通りが多いですから十分気をつけないと。裏口から出ますので」
帰り道は意外なほど早かった。人通りの多すぎる道も、少なすぎる道も避けて宿へと向かう。出がけにルエヌの言ったとおり、道のわきには小さな松明が点々と灯され、大変美しかった。
「お疲れではありませんか?」
やっといつもの声の調子を取り戻して、ヴァーノンは優しく尋ねた。
「いろいろ初めてのことをしたから。でもとっても楽しかったけど・・・やっぱり少し疲れたかな。でも、みんなまだまだ楽しんでいるようだね」
「ええ、宿に戻ってもまだ誰も帰ってはいないでしょうね」
「そうかも・・・ね、ヴァル?」
「はい」
「今夜はね、行かせてくれてありがとう」
エディールはたくましい腕にぶら下がるようにして礼を呟く。
「ふ・・・・・・ご指名の大地の女神役は、どうでしたか?」
「見てたんじゃなかったの?」
「見ていましたよ」
「どうだった?私、ちゃんとしてた?」
「ええ、とてもおきれいでしたよ。ですが・・・」
「うん?」
「いささかぼんやりしていたのではないですか?」
「う・・・どうだろう?おじさんからざっと説明を聞いただけだったし、仮面のおかげで視界が狭くて、暗くて・・・それからやっぱりちょっと緊張してたかも。客席からでもわかってしまった?」
「・・・・・・・・」
「?」
「こちらが宿の裏口です。鍵が掛かっていますが・・・お待ちください。」
そう言うと、彼はあっという間に塀を飛び越え、中から鍵を開けてエディールを庭園に引き入れた。人が見ていたら間違いなく盗賊だと思うよなぁ、とエディールは苦笑する。
この町一番の宿の庭はかなり広く、季節もいいのであちこちから花の香りが漂ってくる。やはり小さな松明が何箇所か設けられ、こんなところにまで祭日の雰囲気が漂ってきていた。
「ここは静かだね」
「ええ、もう一刻もすれば皆帰ってくるのでしょうけど」
「ルエヌ達は楽しんでいるかしら?」
「間違いなくね。さぁ藤の東屋ですよ。部屋に戻る前に少し休憩しましょうか?」
「うん」
ヴァーノンは弦の巻きつく八本の柱がある東屋のベンチにエディールを座らせた。
「ふぅ〜〜〜、よいしょっと。ああ、気持ちがいい。いい匂いがするし」
「・・・おや、それは?」
どさりと腰をおろしたエディールが、小さな包みを脇に置いたのを見咎めて、ヴァーノンが問う。
「ああ、これ、もらったの。記念のお土産だって」
ヴェールの包みを開けると、繊細な透かし細工の金色のサークレットが出てきた。儀式でエディールが祭神から賜ったものだ。
「美しい細工ですね・・・今つけて差し上げてもいいですか?」
「え?ああ、うん。別にいいけど?」
ヴァーノンはサークレットを手に取ると、ショールを取り去り、座ったままのエディールの頭ににそれを被せた。
「あの時はどこを見ているのかと思いましたが・・・・・・次は・・・こうでしたか?」
不思議そうに見上げるエディールに優しく頬笑み、額にゆっくりと口づけを落とす。
「ん?んん? あれ?え・・・!?まさか・・・」
緑色の目が愕然と見開かれた。
「・・・・・・・・・」
エディールを見つめるヴァーノンの黒瞳。びろうどのような微笑みが深くなる。
「ヴァーーーーーーールーーーーーーーー!!!!」
「おいおいおい!ユリアンさん、何でこんなところで寝ているんですか?探しましたよ」
舞台の袖、暗幕を収納する小部屋で、祭神に選ばれた青年は長々と伸びていた。
「・・・え?はわっ!?ここは・・・俺はいったい」
慌てて起き上がり、着崩れた衣装に目をみはった。
「いやだなぁ。熟睡しちゃって・・・先ほどまではあんなに堂々としてらしたのに、緊張の糸が切れました?」
「は!?そうだ!儀式は!?最後の儀式はどうなった!??俺の役目は・・・・・・」
「何言ってんです。あんなに立派にお勤めだったじゃないですか。残念ながら、女神さまはお疲れになったとかで帰られましたけど」
役員の男はのんびりと答える。
「ええっ!舞台は・・・終わったのか?俺はいったい・・・なんで・・・舞台袖で出番を待っていたら急に訳がわからなくなったような・・・」
「ああ、わかりますよ。一種のトランス状態ですね!神がかりな役をするときは本当に神がおりるっていいますものね。さすがはユリアンさんだ」
「・・・・・・・・・・そうなのか?俺?」
「そうですよ〜〜。真に迫った演技でしたよ。殺陣も見事だったし」
やたらと感心する男に、舞台の上での記憶が全くないとは言えず、ユリアンはまだ首を傾げている。とりあえず、何も失敗はしていないらしいことにひとまずほっとする。
「あの子は・・・?」
「はえ?」
「山車の上から見つけた。金髪の可愛らしい娘・・・・・・」
「だから、急なことでびっくりしてましたけど、なんとか女神役を承諾してもらって頑張ってたじゃないですか。お付きの男はなんだかおっかなかったですけど。でも、言ったとおりお疲れになったとかで早々に帰られましたよ、何でも旅の途中だったとか」
「・・・・・・・・・・・・そう」
今年の太陽神、ユリアンは訳が分からないまま、無理やり自分を納得させ、大きなため息をついた。
猛烈に怒っているエディールを前に、ヴァーノンは神妙に頭を垂れていた。
「ヴァーノン!聞いているのか!私に断りもなく・・・!」
懸命に眉を吊り上げて姫君は可愛らしく、腕を腰に構える。
「聞いております」
「なら、言うことがあるだろう!」
エディールは小さな顎を振り上げて背の高い従者を見上げる。
「ええ、ありますとも」
ヴァーノンはやにわに腰を屈めたかと思うと、そのままふわりとエディールを抱き上げた。
「きゃ!」
「私の目の前で、どこの馬の骨とも知れぬ男などに、貴女に触れさせる気はありません。ましてや・・・・・・」
―たとえ祭祀と言えども、こんなに早く貴女に嫁いで欲しくはなかったのですよ。我が姫。・・・・・・どうせ、その日は間近に迫っているのだから―――――
最後の言葉は口には出さずにヴァーノンは彼の姫君を抱きしめた。
「なっ・・・・・・!そういう問題とわっ・・・」
空中でじたばたともがきながら、エディールは抗議する。
「はいはい、お咎めはご存分に」
エディールの頭のてっぺんに口づけを落とし、彼は東屋を後にした。
パチパチパチ
松明の火がはぜ、夏の夜空に花の香りが立ち昇ってゆく。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
伏線があるようでないような短編でしたが、いかがでしたか?
こんなささやかな、内容のない短編ですが、意外にも書き出しに苦労しました。
読んでいただきありがとうございました。
よかったら、一言いただけると幸いです。
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