「がんばれ! ゾーイ君」
冬の終わりの乾いた草原を行く、二騎の姿があった。
前を行くのは一見してよく訓練された軍馬とわかる、黒い大きな馬で、向かい風を物ともせず、軽快に丈の高い草木が両側からはみだす道を駆けてゆく。馬上には額にかかるまですっぽりマントに覆われた二つの影。
少し遅れて、栗毛の軍馬が同じように楽しげに後を追う。こちらもマントに身を包み、巧みに馬を操る人影があったが、マントのフードは後ろに跳ね除けてあり、若い男の浅黒い顔と濃い髪が見えた。
「お寒くはありませんか?エディラ?」
先頭の馬上の大きな人物が、庇うように背を丸めて腕の中の小さな人物に語りかけた。
「ぜーんぜん。むしろ風が気持ちいいよ。もうどれぐらい来たかな?」
フードから覗く白い顔が元気な声を出した。少女のようでもあり、変声前の少年の声にも聞こえる澄んだ高い声音。
「先ほどの辻より、ざっと一刻と少し。・・・お腹が空きましたか?そろそろお昼ですので・・・」
「ん?ああ・・・そう言えば日があんなに高い・・・少し止めていい?」
「どうかしましたか?」
「ん・・・月関の城はもう見えないかどうか確かめたい」
前を行く騎手は片手を斜めに下げ、後ろの騎馬に止まるよう合図を出した。程なく二頭の軍馬は薄い砂煙を巻き上げながら、道の端に静止する。
「ヴァーノン様?」
追いついた若い男―――ゾーイは言葉少なく尋ねた。
「・・・よい。殿下が停止をお望みだ」
「う〜ん、もう見えないなあ。結構下ってきたから、あのゆるい双子の丘の向こうのあたりだね?」
フードを少しずらし、鞍壺から伸び上がるようにして、彼方を見た人物は翠の目を持つ少女だった。言うまでもなく、シュレジア国王女、エディール・ユーレリアである。
どこまでも続くような薄い茶色の草原はしかし、数日前よりほんの少し緑がかっているようにも見える。風も以前のようにナイフのように刺々しいものではなくなっていた。
かの恐ろしい拉致の日から既に2ヶ月近くが経ち、季節は移り変わろうとしていた。
当の被害者、エディールは既に今回の事をそれほど気に掛けていない。彼女の関心は専らこれから始まる外の世界での冒険にあった。ただし、冒険だと思っているのは本人だけで、二人の随身は一番安全な故国への旅路を模索しているのであったが。
ここはまだまだ自由国境地帯に至らない、大国武陽の勢力圏である。武陽国とシュレジアは敵対関係にあるわけではないが、特別友好国でもない。他国の姫がその存在を知られずに通過していい訳はない。エディールの青天の霹靂とも言える拉致騒動は、武陽国の属国、月関国の国主ナユヤ・カンの一存で起きたものではあるが、この事がわかれば、如何に属国とてただでは済まないのが、武陽の今までの支配のやり方だった。
なればこそ、随身ヴァーノンのいつもの慎重すぎる判断も、ここではさも当然のようにゾーイには思えた。
「・・・そうですね、もう見えません。」一生懸命に伸びをしている可愛らしい主の腰を片手で支え、その翠の目を見下ろしながらヴァーノンは応じた。
「ヴァーノン様・・・今日はどちらまで行程を進められるつもりですか?」このあたりの地理に明るくはないゾーイが尋ねる。
「・・・後二刻位で、ソンムという小さな村に出るはずだ・・・薄暮までには村に入りたい」
「その村に泊まるの?」
「・・・そうなります。」
「ソンム・・・あ、ここですね?道はほとんど平坦ですが・・・万一の時に身を隠せません」
クリル・タイに貰った地図を広げながらゾーイは、慎重な物言いをした。
「そうだ。周囲には常に注意しなくては」
「・・・お腹すいたな〜」
周りの空気を読まないエディールがヴァーノンの胸にもたれてのんびりと呟く。随身の二人はもう慣れて突っ込むこともしない。
「あ〜、ではあの丘の上でお昼にしましょうか?」ゾーイが遠慮がちに呟いた。昼食用にとクリルから弁当を貰っている。
「ほんと!?丘の上で?私、外でご飯食べるのはじめてかも!」
他愛もなくエディールは喜び、期待に顔を輝かせた。
「・・・やれやれ。物見遊山ではないんですよ?」
「物見遊山だなんて誰が言った?さぁ、行こう。黒竜もお腹空いたね」
黒馬の首を叩いてエディールは励ました。
「う〜ん、おいしい。これはパン?」
エディールは薄く焼いたパンのようなものに薄切り肉の燻製や、チーズ、漬物を挟んで食べる野外の食事に舌鼓を打っている。丘の頂に近い風を遮る岩の陰に敷物を広げ、野外の食事が広げられていた。ゾーイは少し下がったところにある岩の上で歩哨に立っていた。
「マナといいます。ほら、こぼれていますよ」
「あ・・・うん」
「こちらにクリルがおしぼりを入れてくれています。さ、指も拭いて」
まめまめしくふきんを差し出しながらヴァーノンがみるとエディールは籐の籠から小さな壜を取り出していた。
「・・・これは何?」
「カプラといって辛味のあるソースです。召し上がりますか?」
「うん、赤くてキレイ・・・」
とろりとしたソースを匙でマナの上に垂らすと、こぼれそうになったので直ぐに頬張る。
「あ!付け過ぎないでください。辛いですから」
「え?・・・わ!わわ、からーい!」
「水です・・・ほら慌てて飲まないで・・・むせますよ」
「わ〜ん、口が燃えるよう・・・唇がぴりぴりする〜。」
「ああもう・・・ほら・・・」
エディールの口の端から垂れる赤いソースを人差し指でぬぐい、自分の口に含む。その様子はいかにも自然で、さも当然のことをしているようだ。
「今、果物をむきますからね・・・冷たくて少しマシになるから・・・」
「うう・・・ヴァルは辛くないの?」
「このぐらいはね・・・さぁどうぞ」
ヴァーノンは短剣で器用に赤い薄い皮をむくと、中からあらわれたピンク色に熟した卵ほどの果肉をエディールに差し出した。
「ふえ〜〜〜、あ、あ甘い・・・おいしい・・・コレなんていうの?」
「フラム果です・・・ここらでは最も甘い果物だそうですよ。あ、気をつけて・・・雫が落ちると赤く染みになって中々取れませんから」
そういうとおしぼりを使って早速汁をこぼしているエディールのマントと、ついでに口の周りも甲斐甲斐しくぬぐってやった。
歩哨に立っているのがこれ幸いと、まるで新婚夫婦のようにエディールを甘やかすヴァーノンの方をなるべく見ないようにして、内心ゾーイはあきれ返っていた。
―いくら主君の娘とはいえ、いささかやりすぎではないでしょうか?私たちに施す訓練の折の無慈悲な様子を殿下はご存じないに違いない
しかし、この点で既にゾーイは間違っている。ヴァーノンの主君はエディールなのだから。まぁ、それが甘やかしていい理由にはならないが。
「ゾーイ!お先!ごめんね?お腹空いただろう?今度は私が見張るから、ご飯食べて」
しばらくしてからエディールの声がかかる。今やっとそれに気づいた振りをしてゾーイは振り返った。
「はぁ・・・恐れ入ります」
ヴァーノンはと見ればとっくに食べ終えて、エディールの背後からまわりに鋭く気を配っていた。
ゾーイもかなり空腹であったが、クリルは十分な量の弁当を用意してくれていたし、エディールの食べる量は高々しれているので、ゾーイはまだまだたくさん残っている弁当を、若い旺盛な食欲で平らげることにした。
「・・・これからどのくらいの旅になる?」
ヴァーノンが立つ岩の下に円く座りながらエディールは随身を見上げた。
「黒森を迂回して一旦南に出、そこから北上してシュレジアを目指します。・・・あなたを連れて夜の旅は致しませんので・・・そうですね・・・ざっと二カ月と見ていますが・・・」
黒瞳に明るい空を映しながらヴァーノンは答える。
「二ヶ月も・・・!」
「・・・申し訳ございませぬ」
「何を言っている!嬉しいって言ってるの!」
「・・・・・・」
「城に戻ったら、今度は何時出られるかわからないもの。・・・や?別にイヤだって言ってるわけではないぞ・・・だた・・・今回のことはいい経験になると思って・・・」
「・・・左様でございますね・・・でも・・・」
「わかってる!言うことは聞く。約束しただろう?・・・でも、いろんなことを私に教えて?きっと知らない事がいっぱいある」
「・・・あなたがそう望むのなら・・・」
ヴァーノンは最後の言葉の時だけ下を向いてエディールの目を覗き込んだ。
「・・・うん」
自分よりだいぶ高いところにあるヴァーノンの顔を見上げながら、エディールは頷いた。
―あ〜!もうやってられませんって!この二人ってこんなに仲良しだったのですか〜!?さっきからいちゃらいちゃらと・・・こんなことならこちらに付いてくるんじゃなかった。・・・あああ・・・・・・独り者には目と耳の毒です。いったい、後どのくらいこんなの見てなくちゃいけないんでしょう!
ゾーイはヤケクソのようにむやみにマナを頬張った。
「う・・・ぐぐ・・・」
「あ、ゾーイ詰め込み過ぎだって〜。そんなにお腹減ってたの?ほら」
さっき自分がしてもらったように、エディールは水筒から水を注いでむせ返っているゾーイに渡した。ついでに背中をどしどし叩いてやる。
「しっかりしろ!世話が焼けるなあ・・・あ、涙目になってる」
ゾーイの心中を推し量れる親切な人間はここにはいないのであった。
◇◇◇
こちらのお話は以前はアンケートのお礼だったのですが、フォームの数が多くなりましたので、公開することに。あ・まーーーーい!いちゃこらな二人と、それにアテられる気の毒な独り者ゾーイ君のお話はどうでしたか?もしよければ、HOMEもフォームより一言くださいませ。
読んで頂いてありがとうございました。
翠TOPへ HOME