いつもの女官の仕着せを捨て去り、騎士の装束を身につけていたが、やはりヴァーノンと同じようにネイナはやつれ果てて見えた。目元は赤く腫れている。

「私が見たことは全て報告いたしたつもりでした。マール様にも。ですが、やはり同じ時間と場所に戻って来て二日前のことを思い浮かべると、やはり違います。エディールさまのご様子、周りの風景など、細かい事が浮かんできました」

「・・・・・・・・・申せ」

ひどく興味をそそられたようにヴァーノンはうなだれているネイナを凝視した。



「昨日、なぜかエディール様は、いつも瞑想するときに座られるエダム樹の陰ではなく、地面に直に横になられたのでございます。」

震える声でネイナは言い、そのあたりを指差した。

「・・・・・・」

ヴァーノンは我知らず、その場所に歩を進める。

「・・・・・・私はマール様と異なり、ご修養にお供させて頂いたのは数回しかございませんが、それでも昨日のエディール様は気のせいか、ほんの少し急いでおられたように見えました」

「・・・急いで・・・なぜ?」

「理由はわかりません。今思い出しましたが、沐浴の手順を一つとばされました。そして、東の空が気になるご様子で、沐浴の最中に幾度か窓を見上げられました。」

「東・・・」

それではエディールは何かの予兆をを感じていたのであろうか。知っていながらあえて危険にわが身を晒したとでも・・・?

しかし、ヴァーノンはそうは思えなかった。一見磊落そうに見えて、エディールはしっかりと考えて行動できる娘だ。もし、危険な兆候を感じ取れたとすれば、必ず自分に何か打ち明けたはずだった。・・・だが、それが危険かどうか判断できないほど曖昧なものだったとすれば・・・・・・

「他には・・・?」依然として空を見上げたままヴァーノンは問うた。

「後は・・・ご報告申し上げたとおりでございます。目を開けられて白い大鷲を見ても、さほど驚かれたご様子はなく、殆んど無抵抗でございました。・・・あまりに驚かれて、お体が動かなかったのかも知れませんが・・・・・・」

「姫は無傷だと言うことだったな」

「はい。私は必死でしたので気が付きませんでしたが、司祭の一人は鷲は非常に慎重に、・・・・まるで自分の爪が姫様を傷つけるのを恐れるかのように、お身を掬い取ったと言うことでした。」

「・・・・・・」

「そして鷲の爪の間から姫様は私に向かって何かおっしゃりかけ・・・・・・その後片目を瞑られ、微かに笑われた・・・ように私には見えました。そして・・・頷かれたかのようにも見えました。・・・このことは取り乱した私の見間違いかも知れず、公式にはご報告は致しておりませぬ。」

「笑った・・・・・・だと?」ヴァーノンの目が見開かれる。

ネイナはその時のことをまざまざと思い出したのであろう、エディールが攫われた空を見上げながら目を閉じ、体を震わせた。

「・・・ですが、この場に立つと・・・それが幻ではなかったように思われてなりませぬ・・・・・・」



大鷲に掴まれながら・・・エディラが笑ったなどと―――



それではあの方はこのことを予測されていたのであろうか?



何がエディラを微笑ませたと言うのか、理由はわからなかったが、ヴァーノンにはそれがネイナに託した自分への伝言に違いないように思えた。



大丈夫だ・・・・・・と?



何故そのような事が言えるのです?・・・あなたには何が見えたのか・・・





「・・・・・・もし、マール様がお付きであれば、このようなことにはならなかったのでは・・・と思うと、いっそ・・・樹海の途切れから下へ身を投げたいような心持でございます」

ネイナがすすり上げる声が、ヴァーノンを我に返らせる。

「・・・気持ちはわかるが、お前が死んでも、姫は戻られぬ・・・・・・自分のなすべきことをするがよい」

「マール様もそうおっしゃられました。そして、王陛下も・・・厳しく処断されても仕方がないことをしでかしてしまったのに・・・・・・」

「お前だけの責任ではない。・・・空からの侵入者を予測できなかったと言う点では、私の過失の方がさらに深刻だ」

言いながら彼は密かに驚いていた、エディール以外の人間を慰めたことなど初めてだったからだ。この点においても如何に自分が彼の姫の影響下にある事が自覚できた。しかし今は感慨にふけっている暇はない。ネイナから新たに得た情報をもっとよく考えてみなくては。



キーワードは東。またしても東。



「よい。共に城にとって帰し、今私に言ったことをもう一度伝えて欲しい。・・・マール殿の様子はどうであった?」

「・・・はい、・・・報告を聞いて、驚愕のあまりお風邪どころではなくなったご様子で、妃殿下の下に行くとおっしゃられていたのが、最後にお会いした今朝のお言葉でした。」

「そうか、ではマール殿にも聞いていただこう・・・何か他の事に気づいておられるかもしれない。戻るぞ」

「・・・は!」







「では、エディール殿下、拉致の現場に居合わせたネイナ殿の他に、リューンの七人の司祭の話を申し合わせればこうなります」

再び宰相執務室。中枢部の主だった面々がそろっており、今回はナリマセル王、その人も同席していた。ゾーイがよどみのない声でまとめたものを読み上げる。

「昨日、午前半ば、リューン神殿の頂で瞑想に入られたエディール殿下を東北の方角より突然現れた白鷲が襲った。翼を広げた大きさはおよそ10モール(10メートル)、その首には手綱のようなものが付けられ、子どものように見える小柄な人物が籠に入ってそれを操っていた。その人物は見慣れぬ青い上着を付けていて目深に冑のような物を被っていたため、男か女かはわからない。鷲はその人物に慣れているようで、殿下を慎重に扱い無傷のまま東の方向に運んでいった・・・。ここまでは今まで確認されていることでございます」

ゾーイは少し言葉を切って、一同が飲み込めたかどうか確認した。

「・・・それ以前にネイナの記憶に残るエディール殿下は、少しそわそわされていたご様子で、特に東の空を何度か見上げておられた。沐浴の手順を一部間違われ、気づいた司祭が注意してもやり直されなかったということでした。そして・・・」

ゾーイはマールを見た。彼女はエディールが攫われたと聞いて直ぐ、病床から起き上がり、ネイナの報告を聞き、わずかな手がかりから何か掴もうと必死だった。王妃の助けになろうと国王夫妻の私宮殿である。藍花宮に出向いたりもした

「はい。殿下は二三日前から気がかりな事がおありになるご様子でした。」

「気になること、とは?」

「わかりません、それとなく尋ねてもお話になられませんでした。・・・しかし、不安になられたり、恐れられたりと言うことではまったくないと思います。ただ単に気になる事があって、それがなんなのかわからないから、話しようがない・・・、とでも言うような・・・」

「・・・・・・とはまた、取りとめもないな。マール」

サザランが難しい顔で顎を撫でた。

「はい。しかし、それが悪い予兆を殿下に告げるようなものであれば、殿下はきっと私におっしゃってくださったと思うのです。」

マールはヴァーノンが思ったことと同じ事を言った。

「ですから、私は姫様が話して下さるまで待つことに致しました」

「・・・ふむ。女官としてエディールに一番近しいそなたが言うのであるからそれは間違いのないことなのであろう。エディールは恐れていなかったのだ。」

ここで初めてナリマセル王が口を開く。一同はその言葉をかみしめた。







それから二刻の後、ある一通の報告が宰相執務室にもたらされた。

シュレジア政府がかの大鷲について触れを出し、情報を躍起になって集め回っていたことは周知の事実として既に国中に広まっていたが、ここに来てやっと役に立ちそうな情報が入ってきたのだった。

それによると、一人の自称、旅の博物学者が名乗り出、数年前、大陸東の険しい山中で大きな鷲の巣を見つけたことがあると言うことだった。

その男の言うには、見たのは巣だけで、卵も鷲も見かけなかったのだが、その周辺に落ちている信じられないほど長い鷲の羽を見つけたと言うことだった。その周辺に人家や村落はなかったが、一番近い村まで下りてきてその鷲のことを尋ねると、皆、一様に口を閉ざし何も答えなかったが、散々尋ねまわってようやくその村の古老が古い絵を見せてくれた。

それは今では崩れてしまった、古い寺院の壁に描かれていたもので、その老人が若いときに写し取ったものなのだが、そこには大きな鳥とひれ伏す人々が描かれていた。老人によると200年ほど昔に大鷲が神として崇められていた時のものだろうと言うことだったが、今ではその地方に鷲を神として崇める習慣は無く、かつて存在したらしい大鷲のことは今では既に伝説でしかなく、聞き出せたのはそれだけだったらしい。

その場所は大陸東側の大国、武陽の西の国境付近の山脈のどこかで月関国の近くだということだった。博物学者は間違いないといい、自分は情報を提供しただけで、逃げも隠れもしないと言い放った。







一同は極めて雄弁な沈黙の中にあった。

「やはり東であったか・・・それにしても・・・武陽とは・・・」

「そうとは限りませぬ。しばらく前に月関国より、エディール殿下御招聘を求める親書が何通か届いていたと言うことは、皆さまにも記憶に新しいところでございましょう。」

「しかし・・・一関国が独断でそのような・・・?」

「さ、詳しいことまで断定するにはあまりに材料が少なすぎます。」

「しかし・・・有力な手がかりを掴んだことは確かだ」

「いかにも」

「直ちに救出部隊を派遣しなくては」

「だが、待て、軍を出すのはあまりにまずい状況だ。周辺各国に不信を呼びはせぬか」

「まだ、月関国が拉致の首謀であると決まったわけでもないのに」

「・・・もうこうなったら王女殿下拉致を公表すべきではないか」

「そうだ。殿下のお命がかかってるのだ」

「しかし、そうなれば今度は我が民に恐慌を巻き起こす恐れはないか?仮にも、もっとも神聖視されており、警備も厳重なリューン神殿から白昼堂々と攫われたなどと・・・・・・」

「わが国に安全な場所は無いと言う事になる」

「むむ」

「では・・・どうすれば」





「・・・・・・身分を伏せた少人数の精鋭を派遣するしかあるまいの」







最後の言葉はサザラン宰相から発せられた。その視線はいつもの如く目立たないように部屋の隅に佇む黒衣の青年に向かっている。







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終に手がかりが!?エディールはどこに?







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