「わぁ!早い!気持ちいい!」
「エディラ?あまり前傾姿勢にならないで、馬に身をゆだねてください。」
そう注意し、腰を抱いた片手に少し力を入れた。
「だって、すごく楽しいんだもの。黒竜号はすごいね!」
素直にヴァーノンに従い、馬というよりはヴァーノンの広い胸に体を持たせかけながら小さな顎を上げた。
見上げる厳しい頬と顎の線はいつもと変わらないが、マントの中で彼女の腰を抱く腕がほんの少し緩んだようだった。視線は相変わらず鋭く前を見つめている。
しかし、油断こそかけらもしていないが、ヴァーノンもこの早駆けを楽しんでいる事がエディールにもわかった。騎士たちの前では姫様としか自分を呼ばない彼が、エディラと、彼だけの愛称で呼んでくれている。
二人分の重さなどまるで感じさせず、黒竜号は左に城壁を置き去りにして駆けた。そのまま北の丘陵地帯で一番目立つ小高い丘を一気に登る。
空は明るく淡く澄み渡り、薄い雲がかかっている。秋の始まりの少し色の褪せた夏草がほつれ、蹄の後ろに舞い散った。
「着きましたよ。高いところがよいのでしょう・・・?お気をつけて。」
丘の頂で先に下りたヴァーノンが腕を差し出す。
エディールはその手に殆ど触れもせず、身軽に馬から飛び降りた。
「いかがでしたか?」
「サイコー!ご苦労様だったね、黒竜号。ありがとう!」
エディールは黒い軍馬をねぎらった。大きな馬は息も上げず、首を振ってあいさつを返す。
「ほんの少しだけ歩きたい」
「私の脇から離れないとおっしゃるのでしたらば」
「おっしゃる、おっしゃる。ヴァル、私嬉しい!」
「・・・申し訳ありませぬ」
エディールの輝かんばかりの笑顔を眩しそうに見下ろして、ヴァーノンは謝った。
「ん?・・・何故?」
「本当はもう少しご自由にさせて差し上げたいのですが・・・」
「なぁんだ。・・・いいんだ・・・別に私すごくは不満に思っているわけじゃないもの」
「・・・・・・」
「そりゃ、少しは窮屈だけれども・・・でも、私だってもう。子どもじゃないよ。何がどうなって世の中ができているって事も少しはわかるし・・・私のようなものがふらふらできないって事もちゃんと納得してる」
「エディラ・・・」
「兄貴のように国政を強いられないだけ、まだマシかも。今はできるだけ頑張って修行をする、いつかちゃんと人々の役に立てるように・・・」
結構すごいことを明るく言い放つ、主にヴァーノンは少し苦しそうに見やった。
「・・・ん?あれ・・・なんか・・・」
ふいにエディールが立ち止まり耳を済ませた。
「エディラ?」
「うん。ちょっと待って・・・・・・」
エディールは目を閉じ、耳に手をかざさした。まるで何かが聞こえると言うように。
「・・・・・・うん、わかった。ヴァル、あそこ」
「はい?」
エディールが指差したのは、丘の反対側の斜面に生えている、一本の木だった。
「何か泣いてる。行ってみる」鳴いているではなく、泣いているのだと。
「・・・」
草を食む黒竜号をそこに残し、木の根元に二人が行ってみると、一見特に変わった様子はないようだったが、エディールが草むらに屈みこみ、顔を上げた時には片手にまだ羽の生えそろっていない雲雀の雛を掬い上げていた。
「これ」
「雲雀ですね。巣から落ちたのでしょう。あるいは落とされたか」
「まだ死んでない・・・ずいぶん弱ってはいるけれど」
言いながら、エディールはもう一方の掌を雛の上にかざした。
「エディラ、今は・・・!」
「大丈夫・・・・・・お前?」
エディールは巣が架かっていた木の幹に背をあずけ、梢を見上げてまるで人間に対するように樹木に話しかけた。
「この子が孵ったときから見ていたね?ちょっと見ていてくれないかな?」
そうして、目を閉じ両手でそっと雛を包み込む。
さやさやさや
丘陵を風が行き、草が波のようにさざめいた。
「・・・よし」
ややもしてエディールが目を開け、心配そうな随身を見上げて笑った。
「ちょっと弱っていただけだった。もう大丈夫。お前どっから落ちたの?」
二人して枝を見渡すと、目の鋭いヴァーノンがすぐにかなり上の枝の又に不恰好な巣を見つけた。
「あそこですね」
「あー、見えた。・・・どっちが行く?」
「・・・」
ヴァーノンはほんのしばらく躊躇いを見せた。
当然自分が行くべきだが、その間、わずかでもエディールは無防備になる。しかし、ここで反対しても絶対エディールは引かないし、勿論無理やり抱えて連れ帰ることはたやすいが、当分口をきいてくれなくなることは目に見えている。ヴァーノンはすぐに決断した。
「幹を背にして絶対に動かないでください」
「あーい」
安請け合いに苦笑を一つ落とし、ヴァーノンは雛を受け取り、片手で手近な枝を握ると反動をつけ、一気に体を振り子のようにして枝の上に立った。後は言わずもがな。
しばらくして、ザッと言う音とともに黒い鳥のようにヴァーノンが降り立つ。遅れて木の葉が何枚か舞い落ちてきた。
「お見事。お母さんはいた?」
「いましたよ。少し離れて私のすることを見ていました。兄弟は後二羽。ですが、一旦人間の匂いのついた雛を、親鳥が育てるかどうかはわかりませんよ」
「そう。」
にっと笑ってエディールは巣を見上げた。
「おおい!雲雀!私が治したんだからね。大丈夫だから!もう落っこちるんじゃないよ」
その言葉がわかったのかどうか、梢から1羽の雲雀が飛び立った。
「きっとエサを探しに行くんだよ。今まで心配で巣から離れられなかったんだね」
黒竜号のところに戻りながら、機嫌よくエディールは笑った。
「・・・いけませんね。あのようなものにまであなたの力を使っていては」
「充分わかっている。でも・・・久しぶりだったし・・・」
「力に引き寄せられ、集まってくる負の者たちもいると言いますよ」
「・・・・・・怒ったの?」
一歩前を歩くターバンを巻いた頭が少しうなだれる。
「まさか。ただ・・・ゆめゆめ御用心を忘れてはいけません。あなたが巫女の修行を始めたことは、もう近隣の国々も知っておりましょう。今のところ国境を接するどの国も、表面上は安定しておりますが。」
「う・・・ん・・・」
頭はまだ上がらない。
「・・・でもね、小さなものたちを大切にする、それがエディラのいいところ、と言うのも又、真実ですし・・・」
「・・・」
ちら、と様子を伺うように横目が覗いた。
「実を言えば・・・私はそんなエディラが好きですよ」
「ホント?」
「ほんとうですとも」
「わぁい」いきなり駆け出す。
「あ!姫!」
三歩で追いつき、丘の上に二人して並んだ。
「さっきも言ったけど、今朝の瞑想でね、北へ行く隼と話をしたの」
「左様でございますか」
黒馬がおとなしく草を食む横で、二人はほんのしばらくの休息を取った。実は最前ヴァーノンは、騎士ゾーイに、姫にはわからぬよう手を配れと命じてある。そうでなければ、自身が歩く国家機密のようなエディールがこのように外でのほほんとしていられるわけはないのだが、知ってか知らずか、エディールは久しぶりのひと時の自由を心から楽しんでいるように見えた。
「それで・・・ヤツはいろいろな国を回ってきたらしいんだけど、生まれは北の国らしくってそろそろ帰るんだって。そして、どっかの誰かとつがいになって子どもを作るそうなんだ。」
「その隼は雄でしたか」
「うん、まだ若いヤツで、初めての巣篭りになるって言ってたっけ」
遠くに見える白い家畜の群れと牧童を目で追いながら、エディールは草を蹴った。
「・・・どの動物も時期が来たら、そのようにするのが自然なのです」
「あ・・・またお説教をしようとしているな?・・・じゃあヴァルはどうなの?とっくに年頃過ぎてるのに、いまだにつがいになってないじゃないの?」
「私は、いいのですよ。・・・エディラをお守りすること以外に、どんな望みもありませんから」
「え〜、子どもは欲しくないの?」
「欲しくありませんね。これ以上」
にやり、と唇の端で笑いながら頭一つ以上低い位置にある主を見下ろす。
「これ以上・・・?って、これって私のこと?」
「・・・」穏やかな横顔は答えない。
「ム、私は去年成人したぞ!・・・それにこんな頑固親父など持った覚えはない!」
「私・・・頑固ですか?」いかにも心外そうに青年が聞いた。
「頑固も頑固、じぃと張るよ」
「うわぁ・・・サザラン様と・・・?それは相当イヤですね」
「だったら、少しは改めろ。それに私を子ども扱いしてはイヤだ。これでも結構苦労しているんだし・・・」
「ええ」
「今日は別として・・・このごろお前に厄介ごとを持ち掛けないだろう?」
「・・・そう・・・ですね」
「うん。だから・・・もっとがんばるから・・・お前が手を配って、いいと判断したらタマにはこうして自由に過ごしたい。」
「・・・・・・」
答えず、ヴァーノンはターバンからはみ出して、くるくる渦を巻いている一筋の金髪をすくい上げ、丁寧に中へ押し込んだ。
この髪の一筋でも損なうくらいなら、彼は自分の腕を差し出したほうがましだと思う気持ちに嘘偽りはなかった。しかし、それほど大切な主の望みを全ては叶えてやれないのもまた、真実であった。
「さぁ・・・そろそろ戻りましょうか?マールが食事の支度を整えて首を長くして待っていますよ?」
「うん!」
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丘の上の二人。月並みですけど、好きなシチュエーション。
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