「ヴァル!」
再び金色の声が響いた。反射的にヴァーノンは声をした方角に向きを変える。
それは白い建物ではなく、さらに少し奥まったところにそびえる塔の上から聞こえてくる。
「エディラ!」
もはや彼は立ちむかってくる兵士に目もくれず、声のした方角に駆けた。
「ヴァーーーール!」
斜め上を見上げると、前方の独立した塔の中ほどの窓から彼の愛する主が両手を振っていた。高さにすれば宮殿の二階より少し高いといったところか。しかし、ヴァーノンの位置からは内部への入り口らしいものは見えなかった。
裏手か、と塔の後ろに回り込もうと走路を変える。
「エディラ!大丈夫!今そちらに行きま・・・え?」
元気にエディールが頷(うなず)いたと思ったら、突然、彼女は窓枠に片足を掛け、あろうことか―――
「そーれっ!」
そのまま景気よく大の字に飛び降りてしまった。金髪と簡素な白い衣の裾が地面と垂直にふわぁと舞い上がる。
「うわあーーーーっ!!!」
まだかなり手前にいたヴァーノンは肝をつぶして突っ走り、地面を蹴って見事スライディングキャッチで空中でエディールを抱きとめた。そのまま体を丸め、自分の体でエディールを庇うも勢い余って塔の壁に激突し、動かなくなった。
勢い余ってちぎれた植物の葉がゆっくりと黒髪に舞い降りる。
あたりは静まり返った。
「う〜、いてて。よいしょっと。・・・ヴァル、大丈夫?」
エディールはヴァーノンの腕の中で身じろぎ、腕を引っ張り出す。
ヴァーノンは答えない。エディールを庇って頭と肩をしたたかに壁に打ちつけたようだった。
「あれ?ヴァル?どうかしたかな?」
ヴァーノンが上に乗っかっているので起きられないエディールは、自分の首筋に顔を伏せているヴァーノンの髪をピンピンと引っ張ってみた。
反応は劇的であった。
いきなり、ガバと身を起こしたヴァーノンは、怒り心頭に来た様子でエディールを抱いたままガミガミと説教を始める。
「どうかした?じゃあありません!!!ななななんだってアナタはあんな無茶なことをするんです!!!」
「・・・ん?」
「アナタは・・・アナタという人は・・・もし私が受け損ねたらどうするつもりだったんです!!!」
「だって・・・この塔には入り口がないんだよ?しょうがないもの。・・・それに、ちゃんと受け止めてくれたじゃない」
「それはタマタマ運がよかったからのことで・・・見なさい!私は痣だらけですよ!」
「あ〜・・・ごめん。でも、そんな服を着てたんじゃ見えないよ・・・後で薬を塗ってあげるから・・・まぁまぁ・・・そう怒らんで。・・・でも、結構早かったね、もう少し時間がかかると思ってた・・・だけど・・・だけれどもね・・・ずっと待ってた。・・・来てくれてありがとう!」
エディールはそう言ってにっこり笑い、まだ膝の上に抱かれたまま、両腕を廻してヴァーノンの頭を抱きしめた。
「・・・・・・!」
抱きしめられて、もうそれ以上何も言えなくなったヴァーノンはしばらく呆然としていたが、やがて自分も腕を廻し、小さな体をきつく抱きしめた。
周りの兵士達はすっかり戦意を喪失し、訳が分からないまま二人を取り囲んでいる。
「少し痩せたね・・・?ヴァル・・・」
「そうですか・・・?」
「それと・・・・・・」
「・・・はい」
血のにおいがする・・・そう言いかけて、エディールはやめた。キレイ事ではここまで来られなかった彼の苦難を思ったからである。
「離れないで」
「はい」
ようやくヴァーノンはエディールを抱いたまま立ち上がった。
「ふふふ・・・お熱いことで・・・」
向こう側の壁にもたれて成り行きを見守っていたロク・ザンはにやりと笑って、屋内へと姿を消した。
「・・・で、ナユヤ殿。我等が殿下拉致の事の顛末は伺い申したが、これからどのようにされるおつもりか」
月府城、後宮の外れ。国子サラムの隠れた居室兼病室。
そこにはエディール、ヴァーノン、ゾーイ以下のシュレジアの面々。そして、国主ナユヤ・カンと数人の随身と高官、大きなベッドには国子サラム・カン、少し離れて医師たちと女官。まさに役者は打ち揃ったという場面だった。
「お恥ずかしい次第でございますが・・・申したとおりにどうしてもエディール殿下のお力と救いが必要だったのです・・・むろん、全てが済めば無事お送り奉るつもりでございました」
国主ナユヤの変わりにかなり老齢の随身が苦しげに弁明する。
ナユヤとその周りの者達は両手を胸の前に組み、深々と頭を下げた。その仕草がこの国のもっとも真摯な感謝と謝罪の意を表す。
「仮にも、一国の王女をその首都から大鷲に攫わせるなどと、西大陸の国際法に照らし合わせれば莫大な賠償金を請求できるのですよ・・・悪ければ戦に」
情け容赦なく、ヴァーノンは決め付けた。
「まぁ、もういいじゃないの。ヴァル・・・私はこうして無事だったのだし、サリムも大方治ったし・・・それより、お前がどついた兵士達の被害はどのくらいだったの?」
ヴァーノンが来るまでは精一杯威厳を保とうとしていたエディールも、今では元の屈託のない話し方に戻っている。・・・少々度が過ぎるかもしれない。
「・・・・・・」
ヴァーノンはジロリとエディールを見たきり答えないので、変わりに先ほどの老人が応じた。
「・・・恐れながら・・・若い兵士9人が二度と剣を握れないくらいの重症でございます」
もちろん、この中には闇の中で葬られた死の旅団の四人は入っていない。ロク・ザンはうまく証拠を隠滅したらしい。
「あ、そう。・・・やりすぎじゃないの・・・それで相殺しようよ、ね?」
「殿下・・・そんな乱暴な・・・」
「・・・その九人も私が診るよ。・・・少し時間がかかるけど・・・」
「・・・なんと・・・!ありがたき仰せにございます」
再び、高官たちの頭が垂れられる。
「エディール殿・・・」
それまで黙っていたナユヤがゆっくりと進み出、エディールの前で膝を突く。これは服従の姿勢である。美しい黒髪が床の上に垂れた。
「以前にも申しましたが・・・わが国は国土が痩せており・・・さしたる産業もない貧しい国。民は常に餓えの危険と背中合わせで暮らしておりまする。・・・その為、少しの不作で風土病が蔓延いたし・・・我が妃・・・サラムの母親もその病で身罷り申した・・・。しかも、常に武陽国の監視下に置かれ、長く信仰されてきた、神々も取り上げられ、無辜の民は常に苦しみに晒されてきたのでございます。・・・貴女の存在は少しの間ではございましたが・・・我が希望となり・・・サラムとやつがれを照らし申した・・・・・・神聖なる御身を卑劣なる手段で、その父母君の御許からお攫いもうしあげたこと・・・・・・このナユヤ・・・改めて、幾重にもお詫び申し上げる・・・そして・・・我が子サラムに再び命を下されたこと・・・国主として・・・父として・・・無限の感謝を・・・・・・」
「よい・・・頭を上げられよ・・・ナユヤ殿。あなたの苦しい胸のうちと謝辞、シュレジア国王女エディール、確かに承った。許す。我が父、ナリマセル王にもそのように伝える。」
「父上・・・」
それまで固唾を呑んで成り行きを見ていた国子サリムが初めて声を上げた。彼は肩がけも掛けず、寝台の端まで出てきて上半身を起こしている。
「サリム・・・そのように端近に出て・・・大丈夫なのか」
「父上、もう私は病人ではありませぬ。エディール王女が癒してくださったのです」
それはまだ変声前の高い少年の声だったが、意外なほどしっかりしており、以前あれほど苦しめられた喘鳴の片鱗も見せず、室内にいた人々を驚かせた。サリムはゆっくり上掛けから足を出し、寝台からすべりおりた。
「国子さまっ!まだそのような・・・!」
「サリム!」
慌てた医師やナユヤが思わず駆け寄ろうとするのを制し、サリムはゆっくりと足を床につけた。寝巻きの裾がすとんと足首に落ちる。
「おお・・・」
まだ少し弱々しくはあったが、サリムはすっくりと立ち上がった。それは病が重篤になってから何ヶ月ぶりに見る我が子の立ち姿だった。ナユヤは驚きのあまり目を見張った。
ゆっくりとすり足でサリムはエディールに向かって歩いてくる。わずか、数歩の距離であったがほんの少しずつの歩みは恐ろしく時間がかかり、緊張する数分だった。
「サリム・・・」
「エディール・・・いや、エディール王女殿下・・・」
サリムがぎこちなく頭を下げようとする、しかし、その動作はまだ負担がきつかったのか彼はよろけ、エディールの胸に飛び込む形で崩れ落ちた。
「サリム!」
「エディール・・・エディール・・・こんな情けない私をどうか嫌わないで・・・」
サリムはか細い腕で必死にエディールの腕を掴んで訴えた。
「すみません・・・ひざまづこうと思ったのだけど・・・」
「いい。無理をするな。ここまで歩けたのはりっぱだ。サリム」
「ふ・・・貴女に立派だなどと言ってもらえる日がこようとはね・・・毎日あんなに叱られていたのに・・・」
「・・・・・・」
「この間は・・・すみませんでした・・・あなたに子どもだと笑われても仕方のない行いをしてしまって・・・死ぬのを待つばかりだった私を助けてくださったのは貴女なのに・・・お許しください」
「それももういい。寝台へもどれ」
「いいえ・・・」
エディールに縋りつきながらもサリムは必死にまた立ち上がろうとした。いままで気がつかなかったが、サリムはエディールと同じくらいの背丈があった。ただ今はどこに肉があるのかというくらい痩せているが、長身の父親の血を引くだけのことはあるのだ。
「こんな形で申し上げるのはイヤなのだけれど・・・」
周りの者達はサリムが何を言い出すのかと、いささか好奇心を覗かせて静観している。
「前にもいいました・・・。私が元気になったら改めてシュレジアに赴き、国王陛下にエディール殿下との婚約を申し込みに行くことをお許しください」
「!」
驚いたのはヴァーノンである。ゾーイたちも度肝を抜かれて顔を見合わせている。
「姫様・・・」
「アッハハハハハ」
ヴァーノンが二人の間に割ってはいる前にけたたましくエディールが笑い出した。
「ハハハ・・・わかった。父上を説得できたならな。しかし、言っておくが、ライヴァルは多いぞ。私は結構モテるのだ。それでもいいのなら待っている」
「本当?私・・・たくさん食べて直ぐに元気になる・・・待っていてください。」
若い王女と国子は微笑みながら見つめ合った。
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エディ、大ジャンプ!絶対にヴァルが受け止めてくれると信じています。まるで例の少女漫画の有名な一シーンですが、このシーンのイメージは私が少女のころから持っておりました。こんな形で作品になるとは思いもしませんでしたが。次回はますます・・・うふふ。
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