城は複雑な迷路のような造りになっていた。しかも月明かりだけの闇の中なので、曲がりくねる塀に囲まれては、中心部がどこなのか非常にわかりづらい。
しかし、ヴァーノンは疾走する足を止めない。彼はかなり夜目がきく。それに数多くの城を見てきた経験が、目指す本丸がどの辺りにあるか概ね検討を付けさせた。
多くの付属の建物の壁を飛び越え、屋根を走り、奥へ奥へ。普通の人間なら到底思いもかけない道なき道を選んで進む彼を見咎めるものは誰もいない。
夜は既にその半ばを過ぎていただろう。
やがて彼は堀を越えたところで他の庭とは明らかに広さが異なる、大きな庭園に静かに降り立った。
庭園と言っても冬場のこととて、花の香りはせず、夏ならば枝や葉が生い茂って身を隠してくれた植木類も寒々と葉を落とし、あるいは剪定され、骨組みだけを残したオブジェのように見えた。
庭園の向こうに群れ成す建物。所々に尖塔が見える――― おそらくあれが―――
一瞬の逡巡もない、その歩を再び進めようとした時。
「すまぬが、これ以上はご遠慮いただこう」
闇のような声が頭上から降りてきた。
「・・・驚いたな」
常人を超える、自分の五感に気づかれずに背後を取られた。しかも複数。
―5人。しかも、並みの手だれではない。旅団か・・・
間違いなく、死の使い。音もなく囲むように地に降り立った影が三つ。まだ上に控えている影が二つ。獲物はヴァーノンと同じく細身の小型の剣。月光を反射し、不吉に冷たく輝いている。
「ここまで来れたことは褒めてやろう・・・・・・しかし、最早最後の祈りをするがよい」
目の前の影が低く嗤った。
「いらざる斟酌!」
言葉を放つと同時にヴァーノンは地を蹴った。地上の三人のうち、二人が恐ろしい勢いで殺到する。
空中で三つの影が交錯し、鋭い金属音が夜空に響いた。
どさり、と鈍い音を立てて二つの塊が落ちてくる。一瞬の後、ヴァーノンが建物の影に舞い降りた。月を背にしている。諸手に細く光る剣。
「見事だ。空中で二人を屠りながら、自分に有利な地点に降りるとはな・・・」
五人のうちのリーダーと思しき影が頭上で低く呟いた。
休む間もあらばこそ、さらに二つの影が地面と頭上から襲い掛かってきた。
キン キン キン
今度は数合打ち合う音が響く。双方の剣は光の筋を描き、傍目には美しい剣舞を舞っているようにも見える。
シュバッ
異様な音と共に、一人が首の付け根からおびただしい血漿を撒き散らして斃れた。返す刃で、もう一人の脇腹を切り裂く。黒い影はよろよろと後退して、膝を突き、やがてうつ伏せになった。闇に染まる真っ黒な血から生臭い匂いが立ち上る。
「瞬殺し損ねたか・・・腕が落ちたな・・・」
そげた頬に返り血を浴びて嗤ったヴァーノンは、自身がおぞましい悪鬼のように見えた。
「貴様・・・その身のこなし・・・我が同胞(はらから)であったか・・・信じられぬがな・・・」
最後に残った影はややたじろぎながら声を漏らした。
「・・・・・・・・・」
「・・・かつて、旅団『一の剣』と恐れられた男がいた・・・そいつはどういう訳だか、組織と国をうらぎり、自ら死を選んだと聞く・・・・・・まさか、お前がその男ではあるまい・・・が、それに匹敵する腕前と見た。・・・どのようにして我が組織を抜けたかは聞かぬ。だが、その剣恐るべし・・・・・・はたして俺とならどうかな」
言い終えるやいなや稲妻のような跳躍。
ガッキッ
双方、一度打ち合って飛び退る。
お互いの間合いが触れ合っている。次の一手でどちらかが斃れるのは明白だった。
その時。
「まぁ、その辺にしておけ。ヨルイ」
いささかふざけたような口調が緊張した空気を壊した。二人の右手、低い建物の中からその声は響いてきた。
どうやらまだ新手がいたようである。この男も気配を隠すのに長けているらしく、ヴァーノンは五感を研ぎ澄まして、その位置を探った。しかし、ヨルイと呼ばれた旅団の男はさっさと剣を引き、モノも言わず後ろに下がる
男は恐れ気もなく、建物の内部からすたすたと身を現し、血の匂い立ち上る庭園を見回した。彼は中背で、派手な長衣をつけ、髪は肩の辺りで切りそろえている平凡な風体の男だった。歳はヴァーノンとそう変わらないだろう。しかし、四つの無残な死体を見ても、平然としているところは確かにただ者ではない。
「あーあ、こりゃあ・・・無駄死にだよ。ヨルイ・・・お前もそうならぬ内に引くがいい。それから朝までに死体と血糊を片しておけよ。後々めんどうだからな」
「・・・・・」
ヨルイは返事もせずに姿を消した。
「さぁて、夜分にひとん城へ忍び込むヤツは大抵泥棒に決まっているが・・・アンタはそうではないのかな?」
ヴァーノンは覚えず困惑した。男もそれなりに使い手であろうが、彼の敵ではない。それなのにどうしてこんなに飄々としていられるのだろうか?そもそも何者なのか?
「・・・何者だ・・・?」
「お、こりゃ失礼。俺は武陽国からこの国に派遣された公使、ロク・ザンだ。云わば、この月関国の見張り役。この死体どもは、まぁ、俺の・・・とりあえずは命令下にあった者達だ。直属ではないがな」
「私を襲わせたのもお前の命か」
「ちがうね。こいつらはただ侵入者は消すように仕込まれているだけで・・・臨機応変のきかない哀れな奴らだよ。」
「・・・・・・」
「訳が分からないと言った顔だな・・・アンタは多分シュレジアのお姫さんとやらを助けに来たんだろう?」
「・・・どこにいる」
低く抑えた声はさすがのロク・ザンでさえ、ちょっとたじろぐ迫力があった。
「・・・ふーん、すごい殺気だな・・・なるほど。しかし、公式には俺は何も知らんことになっている。おおっと、待て待て。まだ話は終ってない。せっかちな奴だな」
じりっと一歩踏み出したヴァーノンに大げさに手を振りながらロク・ザンは下がった。
「・・・つまり・・・アンタの国の王女様は・・・国子サリムの病を治すために攫われたって事だ。・・・勿論、このことは公式には伏せられている。今、姿を見せているのは国子の影武者で・・・よく似た親戚筋の子どもらしいのだが・・・実際の国子はもう長くはないという報告だった・・・」
「・・・・・・」
「国主ナジム・カンはこの事をひた隠しにしている。・・・当然だ。もし武陽にバレれば、国主の血筋断絶という訳で、国その物がなくなるかも知れんのだからな・・・で、アンタの国の王女様の出番だと言うわけだ。噂の巫女姫のな」
「・・・・・・どこだ・・・?」
重ねてヴァーノンが問う。
「だから、俺は何にも知らんと言うことになっているって言ったろ?俺が知っているとなったら俺も危ないし、俺がヤバくなれば武陽も黙っちゃいない・・・戦だ。結果の見えた・・・な?」
「何故、極秘に報告しない・・・?」
「ま、いつかは・・・多分。でも、それは今じゃない。ってか、俺にとっちゃどうでもいい事だからな・・・無難にお役目を終えて、さっさとこんな田舎の国、おん出たいんだ・・・つまらん戦も好かん。・・・つまり、お前のことも見ない振りをしていてやる。感謝しな。そのかわり、姫の居場所も教えん。すまんがな」
「・・・・・・」
「そんな目で見んなよ。お前だってまさか、この国その物まで掃討するのは本意ではないはずだよな?・・・ここまで来たんだ、自分の力で探すんだな。もう、大体の見当はついているんだろう?そこだよ。夜明けは近い、急いだ方がいい。お休み」
そう言い捨てて、廻れ右をしたロク・ザンは片手を上げ、もと来た建物の方へ悠然と歩き出した。これはハッタリではなく、この男なりに真実を告げているのだと理解したヴァーノンはこれ以上の追求は無駄だと悟った。刃にへばり付いた血糊を剣を一薙ぎして落とし、自分が浴びた血飛沫も手の甲で拭うと、再びひらりと屋根に舞い上がる。
宮殿から宮殿へ、塔から塔へ、ヴァーノンはしらみつぶしに探索を再会する。本丸とそれに続く後宮は大方網羅したが、エディールの気配は掴めない。建物自体が入り組んでいる上に、一つ一つの構造が複雑で、おそらく侵入者避けのためだろうが、さすがのヴァーノンにも手間がかかった。しかも、この国の空気に立ち込める何かが気配の糸を手繰ることを邪魔しているのだ。
夜の底が白々と明け染め始める。もう、早い勤めの者は起きだしているだろう。ヴァーノンは次第に焦燥を感じていた。後は一番奥にある白いそっけない佇まいの宮殿、というより棟と、更に奥にある独立した塔だけだった。
―・・・かなり距離があるな・・・
黒い屋根の上に立ち、その日一番の陽光を片頬に浴びながらヴァーノンは目測する。
他から結構離れた場所のあるその建物は質素で、一見倉庫か、召使いの住居にしか見えない。そこにこの国の国子が病を養い、彼の唯一の主が囚われているのだろうか?
ともかく、そこに行くしかない。屋根伝いに行こうにも、ぽつんと離れているため、何も身を隠す場所のない、芝の上を突っ切らなくてはならない。既に屋内には人の動く気配がある。急がなくてはならなかった。
ヴァーノンはひらりと飛び降りた。そのまま一気に駆け抜ける。
「あ!何かいるわ!曲者!!!」
「誰か、誰かぁ〜〜〜!!!」
走る彼の姿を廊下の窓から見かけたのだろう、女の声が上がる。悲鳴が一つ上がれば、後は瞬く間に拡がった。
あと少し、あと少しで―――
ヴァーノンが手前の白い建物に近づいた時、その建物の影から一群の兵士がわらわらと出てきた。おそらく、持ち場に出勤する者達であろう。
彼等は疾走してくるヴァーノンを見て相当驚いたようだが、そこは訓練された兵士で直ぐに臨戦態勢を整え、応戦する構えを見せた。
「あそこだ、追え!」
後ろからも、騒ぎを聞きつけた兵士の声が上がった。
逃げ場はない。しかし、ヴァーノンは怯まなかった。
恐るべき跳躍で、手前に駆けつけた兵士を数人置き去りにし、立ちふさがる若い兵士達のただ中に突っ込んでいった。
後は怒号と悲鳴の連続―――
先ほど戦った旅団と比べて一般の兵士など、何人いようとヴァーノンの敵ではない。向かってさえ来なければやり過ごしたが、しかし、歯向かってくるものには銀光が一閃し、親指の腱を切り下げた。親指を切られた兵士は剣を握る事ができず、そのまま呻きながらうずくまっている。
―どこだ、どこにいる!エディラ!
その時―――
「ヴァル!」
金の鈴の鳴るような声が冬の朝の空気に響いた。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
撃剣のシーンは想像するのは好きなんだけど、実際にやったことないんで(当たり前だ)リアルに描くのはむずかしいなあ。どうかな?イメージ湧きましたか?次回はちょっとらぶぃ・・・?ほんまか?
12へ 13へ 翠TOPへ