居丈高な城壁に造られた唯一の門。この城門をくぐり抜けない限り、城内へは入れない。
そして城門の前には大きな検問所が設けられており、御用商人の許可を得たい商人や、新たに交易を始めたい外国の公使たちが検問の順番を待っている。
超大国、武陽国の属国とはいえ、月関国は殆んど辺境と言ってもいい、地方の小さな国だ。訪れる人はそれほど多くはない。検問が開かれるのも月に三度とそれほど頻回には行われぬ。彼らは幸運に恵まれたと言ってよかった。
商人の姿に身をやつしたゾーイ達、騎士4人は朝から列をなして並び、順番が来たときには昼近くになっていた。幸い冬にしては好天に恵まれ、まだ終っていない団体もさほど不平も言わず、世間話をしながら順番が来るのを待っている。
ナッシュヴァールは商人の自治都市。世界各国の商人が集まり、様々な品物が流通する。ゾーイたちはそこのギルド長の推薦状を持って推参した、ナッシュヴァールの穀物ギルドの幹部と言うことになっていた。もちろん、ナッシュヴァールの協力を得て貰った物である。商品となる種籾は、成長が早く、痩せた耕地でも効率的に多くを収穫できる、穀物の一種だった。
月関国は土地が痩せていてしかも少ない。高地にあるため、夏でもあまり気温は上がらず、野菜類が育ちにくい土地柄だった。主食の穀物も武陽国の援助に頼っていて、民の多くは栄養価の低い、芋類を食べている。食料の自給率は極めて低かった。そのため、風土病が蔓延し、乳幼児の死亡率も高い。
少ない耕地で確実に多くの収穫が上がる、新種の種籾はきっと得がたい商品であろうと、ヴァーノンが考えた作戦であった。
ゾーイ達は口を極めて商品の優れた点を上げつらった。役人達も興味深そうに話を聞いている。物腰が穏やかで、誠実な目をしたゾーイが商隊のリーダーという役どころに抜擢されたのはこのためだったのだ。
「はい・・・此度はお試しということで、殆んど、ただ同然のお値段でお引取り頂いてかまいませぬ。確実に収穫高があがりますことは保証いたします。成長が早く二毛作もできまする。・・・ですから、もし、この春にタネを蒔かれて、夏に収穫できてお認めいただければ、今度は本格的に商品を持ってまいりますので・・・」
彼らは小さな幌付き荷馬車に籾の入った大きな袋を積み上げていた。役人は馬車に乗り込み、一つ一つ袋を開けて中に長い棒を突き刺し、不審な物が入っていないか確認している。ザッカリーが落ち着き払って付き添っていた。
全部開けて、確認が終るとようやく城内に運び込むことを許された。ナッシュヴァールのギルド長の推薦状が物を大いに言ったことは言うまでもない。
城内に入ることを許されたのは一人だけだった。ゾーイはゆっくり馬車を操ると門を潜り、月関城内に入った。
「よし、馬車はそのまま向こうの倉庫まで行け。向こうで倉庫役人が検閲と間違いないか、確かめる。終ったらサインをして退出しろ。・・・おい、何をしている?」
「申し訳ありません、先ほど検閲を受けた時に、袋の口が緩んで、中の籾がこぼれていました。」
幌の中から顔を出したゾーイが申し訳なさそうにわびる。門衛は面倒くさそうに顎をしゃくった。
そこはずらりと並んだ倉庫、正しくは巨大な城壁の内部に設けられた大きな空間だった。ゾーイが許されたのはもっとも門から近い距離にある倉庫で、そこには検閲を通過した品物がきちんと整理されて並べられている。他にも武器庫であったり、厩であったりする空間があるのに違いなかったが、ゾーイは努めてきょろきょろせず、人当たりよく、倉庫役人にあいさつし、検閲書類を見せた。
「袋は大変重うございます。この道具で運び込んでもよろしいか?落とされて袋が破けると困りますので」
ゾーイはテコの原理を応用した車輪付きの台車を示した。勿論これも検閲されている。さほど難しいことも言われず、許可が下りた。門外での詮議は厳しいが、一旦許されたものにはそれほどでもないのかもしれなかった。
「では運び込ませていただきます。」
台車を使って悠々と作業を始める。倉庫付きの人夫が一人手伝ってくれたので、仕事は直ぐに済み、サインを貰って馬車と共にゾーイは再び門をくぐった。荷の搬入はこれで完了した。
背後で鈍い音と共に倉庫の扉が閉じられたのがわかった。
露台に面した窓は人が通れるほど開いていて、冬の午後の空気が広い部屋に流れ込んでいる。カーテンが開け放たれた室内は明るく、奥の暖炉は赤々と燃えて湯が沸いていて、それほど寒いという室温ではなかった。
後宮の一番奥に巧みに隠されたこの部屋は表の喧騒なぞ微塵も聞こえてこない。いつもひっそりと静まり返っているが、日の光だけはどこにも平等に降りそそいでいた。
大きなベッドの主は寝巻きの胸をはだけて、うっとりと覆いかぶさる少女を見上げている。少女の両手はそろえられ、ゆっくりと少年の胸の上を円を描くように動いていた。
「エディール・・・不思議だ・・・窓が開いていて、掛布もまくっているのにちっとも寒くない・・・とっても暖かくて、息が楽にできるんだ。」
可哀想なほどあばらの浮いた胸は薄く、抜けるような白さが痛々しい。しかし、その吐息は安らかでのびのびしている。ほんの五日前まで喘鳴の音が残っていたと言うのに。
「・・・・・・」
「こうやってエディールに治してもらって、もう何日目だろう?なんだかずいぶん前からエディールを知っているような気がする・・・」
「・・・少し黙っていろ」
金髪の巫女姫は無愛想に答えた。
「・・・私に向かってそんな口をきくのもエディールだけだ。」
別段腹の立った様子もなく、サリムは応じた。それだけでも、女官たちにとっては驚愕すべき出来事なのだ。
「お前に遠慮などあるものか。サリム、私とて国を背負う身だ。それに今はお前の侍医だ」
「侍医だって・・・?・・・じゃあ、このままここにいてくれる気になったのか?」
「・・・なんで、話がそうなる?いったろう?私はお前の父に攫われたのだぞ・・・直ぐに帰らなければならない」
「・・・じゃあ、帰ってもいい」
「おや、聞きわけがよくなったな」
「エディールは一旦国に帰って、私が元気になったら、父上に頼んで婚約の申し込みをしてもらう」
「はぁ・・・?」
ふいに手首を掴まれた。
「私は・・・エディール・・・あなたが好きだ」
細い指に意外なほど強い力が込められる。
「・・・年下の夫は趣味でない」
「たった三歳ぐらい・・・直ぐに追いつく」
けぶる睫毛の下の濡れたような大きな黒い瞳で見上げられると、エディールは妙な気がした。
―黒い瞳にもいろいろあるんだな・・・
だが、一瞬たりとも惑いはなかった。ひったくるように自分の腕を取り戻す。
「永久に追いつけなどしない・・・それに私は結婚なぞしない。巫祝の道を歩むと決めたからな・・・そうでなければ、ここでこんなことはしていない」
「・・・エディール・・・お願い。私が嫌いか?」
エディールの素気無い態度に次第に興奮してきたサリムは今までになく大きな声を出した。もともとわがままで癇癖のある少年なのだ。隅に控えている女官達がおろおろとし始める。
「嫌いではない、だけどそういった意味で好きでもない。・・・前に似たようなこと言われたな・・・そいつの方が少し、聞きわけはよかったかな?・・・いや、似たようなモンか」
「私の妻になってくれないのなら、父上に頼んでここから帰さない様にもできる・・・!」
必死になった彼はありったけの力を込めて敷布に肘をつき、上体を起こした。ここ何ヶ月かで、初めてのことだった。発熱の赤みではなく、怒りで頬が紅潮している。
「ふん、父上に頼まないと何もできない子どものクセして。・・・それに、ナユヤ殿とて私を縛りつけにはできまい。・・・きっと迎えが来る」
「迎えなぞ来るものか!どこにいるのかも知らないのに!」
「来る。直ぐにも」
「来ない!」
「来る。・・・それだけ怒鳴る元気があればもう大丈夫だな。病巣は殆んど見えないくらいに小さくなっている。・・・もう大丈夫だ、ナユヤ殿には感謝されなくてはなるまい。癒療はこれにて終了とする。」
そっけなく言い捨てて、エディールは部屋を後にした。少ししてぱすんと枕が投げられたような音がしたが、振り向かないでドアを閉めた。
中から甲高い嗚咽の声が漏れてくる。
―少し、可哀想だったかな?しっかし、ワガママ王子ってどこも似たようなこと考えるもんだなぁ。確かにサリムは嫌いじゃないけど・・・私を口説くより先にすることがあるだろうに。ま、もう大丈夫だ。
―昨日、大飛の元に意識を飛ばした時、彼は黒い人間と言うイメージを私に与えた。あれは私が頼んだことへの返事に違いない。間違いない。・・・ヴァルがきっと近くに来ている。私を探しに来てくれたんだ。
―ただ、待っていればいい。きっと来てくれる。ヴァル・・・ごめんね。
廊下の端まで来ると、来た時と同じく衛兵が合図をする。突き当たりの壁としか見えない扉が開かれ、待機していた櫓に乗せられる。三階の建物と同じ高さの櫓はゆっくりと動き始め、エディールは再び入り口の無い塔へと運び入れられた。
冬の日暮れは早く、油を節約するためか、早々に灯が消されて行く。この城壁の倉庫ではすっかり暮れる前から人の気配は絶えてなくなった。
それでも、夜になるまで待ったのはこの作戦が絶対に失敗できないからである。
入り込んだ籾の袋を短剣で破き、ヴァーノンは立ち上がった。
城外の検閲の時は彼は馬車の裏、つまり地面とすれすれのところに張り付いていた。城内に入り、ゾーイの協力を得て、馬車の底板の細工を外して馬車に上がりこみ、幌の中で余分の籾袋に潜り込む。その袋は他のものより厚手にできており、人の感触を隠すのに役立った。それでも、他人に運ばれると直ぐにばれてしまうので、運搬はゾーイが気をつけて台車に乗せ、倉庫の奥に下ろした。一番の気がかりは袋が一つ増えたことに役人が気づくかどうかだったが、ここは気が付かないことに賭けて、目論みは成功したのだった。
一息入れて倉庫内を見渡す。大きな木の扉には外側から錠前が掛けられているようだ。
しばらく考えて、ヴァーノンはベルトから針金状の鋸糸を取り出し、はめ板の隙間にそれをあてがい、静かに轢き始めた。鋸が小さいので時間はかかったが、それでもやがて、静かな音と共に、人一人がかろうじて通れるほどの隙間を穿つ事に成功する。
ゆっくりと身を差し入れ、外に出る。取れたはめ板は細い糸で扉に巻きつけ、侵入が直ぐに発覚する事を防ぐことも忘れない。
ヴァーノンがまずしたことは気持ちを静めて、エディールの気配を探ったことだった。
―わからない。邪魔なものが多すぎる。
ここからでは無理だと言う事がわかった彼は黒衣を翻して一気に城内を駆けた。
目指すは本丸!
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ようやく愛する主に近づいたヴァーノン。彼の気配を感じるエディール。次回は久しぶりに剣戟が・・・!?
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