北方の夏は短い。
一月あまりの休暇はあっという間に後七日を残すところとなっていた。
さらに北の町からはそろそろ秋の収穫が行われるとの便りが届き始める。
セイシリルア城内の一番奥、王族の居住区となっている宮殿のさらに奥からは今日もあまりガラがいいとはいえない怒鳴り声と、金属音が響いてくる。
「せいっ!どうだ!」
「いつも思うんですがね。気合を入れるのは結構なんですが、もう少し静かにやっていただけませんか?」
「チクショー、なんで次の太刀を読まれるんだ?せあっ!」
「・・・だからもう少し、静かにやればいいと・・・。」
二人の男が剣を打ち合っている。傍目にも一方的であると見て取れる。黒衣の青年は大きく剣を振るうこともなく、相手の少年の激しい突きを剣先で軽くかわしている。
「くそ!どっちにしろ、お前はかわすと思うけどなっ、ああ!」
優雅に長身が舞った瞬間、ヴァーノンの剣の柄がアルシュの手首を打った。
カランカランと言う音が響いて剣が、回転しながら床を滑っていき壁に当たって止まる。
「ちー、痺れた・・・。」
「はい、休憩ですね。エディール様、お退屈ではありませんか?今飲み物の支度をさせますので。」
息一つ乱さず、ヴァーノンは剣帯を外した。
日の光溢れる石と緑のパティオ。壁や床、そこここに置かれた凝った石の花台からは色とりどりの花があふれ、幾何学的な形の空間にもかかわらず、ゆったりとした雰囲気が流れている。
四隅に置かれた噴水の縁に腰掛けていたエディ−ルはにこにこして立ち上がった。今日は髪を編んではいず、腰の辺りまで豊かな金の波がゆれている。
控えていたマールがそばテーブルにの午後のお茶のセットを並べ始める。
「いい、私がやろう。」
「まぁ、姫さま。」
「叔母上からおいしいお茶の入れ方を教わったからな。知識は実際に使ってみて初めて生きたものとなるのだろう?」
金色がかった緑色の瞳がにやりと笑って薄青いアルシュに向けられる。アルシュは態度こそ、相変わらずの唯我独尊だがその中身はこの一ヶ月足らずの間に微妙に変わってきたとエディールは思う。
「ふん、言うは安しだ。」
痺れた腕を振りながらアルシュは憎まれ口を叩いた。
「ああ、お前はお茶よりこっちの方がいいな。」エディールは薄黄色の果実を半分に切って果汁を絞り、蜂蜜を加えてから冷たい水を注ぎいれた。
「はい、これもモリィ叔母上に教わったんだ。すっぱ甘くておいしいぞ。」
グラスになみなみと注がれたそれを一気に飲み干し、アルシュは袖で口をぬぐった。
「でも、傍目から見ていてもずいぶん上達したね、実際。ね、ヴァル?」
「元もとのスジがよろしいですしね。特に中段の突きはかなり正確になりましたね?」
「始めはすぐに嫌気が差すと思ったんだけどな。結構毎日2時間続いているし。」
「・・・るっせえよ・・・まだまだだ。」褒められても嬉しい顔を見せようとはせず、銀色の頭はそっぽを向く。照れているのかもしれない。
「・・・謙虚にもなったし・・・」これはエディール。
「黙ってろ。」
「・・・それにしてもお城の剣術指南は気を悪くされてないでしょうかね?私ごときが差し出がましくして。」
「ああ、あのクソ野郎はせいせいしているはずさ、型ばかりやらせるんで俺が癇癪おこしてやったからな。」
「型も大事なんですけどねぇ。・・・ですが、上達するにはまず好きになることですから、殿下のようなタイプはまず実践から入るのも一つの方法ですね。」
エディールの淹れたお茶を口に運びながらおだやかに微笑する黒衣のヴァーノンは、とても一騎当千の手だれに見えない。しかし、多少なりとも腕に覚えがあり、それなりに遣い手といわれる騎士達を見てきたアルシュにはこのもの静かな青年が如何に非凡な体術と剣技を持っているか、この数週間でいやと言うほど目にさせられた。まるで視界に盲点がないように動き、飛燕の速度で相手の動きを封じる。
彼がおとなしくなったのは逆立ちしても絶対敵わぬ相手、ヴァーノンを認めたから(本人はそぶりには見せないが)に他ならなかった。
彼の随行で城下町にも父や兄に大手を振って出ることができ、それとなく物流や人の動き、など今までとは変わった視点で市井を見ることも教えられ、遅まきながら王子としての自覚が芽生えだしたのかもしれない。
事実今までのように当てもなく、こっそり、しかも短時間城下に飛び出すのとは訳が違い、ヴァーノンが見せてくれる城下の様子は面白かった。特に商業地区の活動的な様子は毎日でも出入りしたいと感じたほどだ。
「殿下は商人の素質がありますね。」買い物を値切る様子を見てヴァーノンは(おそらく)褒めた。そんなことを彼は思い出した。
「・・・・・・」
アルシュはしかし、不機嫌そうに空を見ている。
パティオは静かだった。三人で奇妙に黙ってお茶を飲んでいる。
「ヴァーノン様、内務次官閣下からの招聘にございます。使いの者が。」
室内に控えていたマールが伝言を伝えにきた。
「おや・・・?今日は予定がなかったが・・・急ぎ参上仕ると伝えてください。・・・では殿下、エディ−ル様、今日はこれにて失礼致します。申すまでもないことですが、今日は外出はなりませんよ。」
「・・・わかっている。」
黒いマントを翻して出てゆく影を見送り、アルシュはため息をついた。
「・・・随分おとなしいな。」
「ふん、お前こそなんだ。お前のようなお転婆姫が剣を練習しないとは意外だぞ。」
「・・・」
「なんだ、本当はしたいんだろう?」
「・・・私の剣はヴァルだ。・・・それでいい。」
「!」
「私が剣を使うのはよくないそうだ。だからヴァルがいる。」
「でもいない時もあるじゃないか、現に今だって。」
「それでも彼は常に私のことが見えている・・・らしい。」
「・・・」
「よくはわからないが・・・今はこれでいいと思っている。」
パティオに涼しい風が吹く。金髪がふわりと持ち上がり、緑の目が高い空を映した。
「・・・おい。」
「ん?」
「この上にもう一つ庭園がある。行って見ないか?・・・侍女は置いといて。俺はよくそこに行くんだ。」
「いいよ。」
そこは屋上庭園になっており、パティオから階段であがるつくりになっている。
王宮全体でもほぼ最上階なので背後の険しい青い山並みと、その手前の深い針葉樹の森が見渡せる。また、真ん中からはパティオが見下ろせるようになっていた。
「うわ〜、綺麗だ・・・。」
少し冷たくなった風に髪をなびかせながら、エディールはアルシュの予想通り喜んで笑顔を見せた。簡単な軽い服の裾もはためいている。
「・・・お前、結構考えているんだな。」
石のはずの足元には芝生が敷き詰められ、宮殿の上だという事を忘れてしまいそうな美しい庭を見渡しながら二人は直に腰を下ろした。
「なんだ?いきなり藪から棒に。」
「・・・俺は今まで、子どもっぽい反抗心から親父や兄を困らせることばかりしてきた。特に去年成人してからはそうだ。いろいろ縛りが多くてな。・・・だが、お前はありのままをうけりれているように見える。」
「・・・いや、私も一応の反抗は試みたんだが・・・なにせ、お付があいつじゃぁ・・・。何回も凹まされて、ようやくわかったって言うか・・・。」
「それは・・そうだな・・・。俺もなんだかあいつに何をしても敵わないと思ったら戦意も失せたよ。・・・知ってるか?あいつ、城下の道という道、どんな路地に至るまで全部知っているんだぜ。自国民でも全部知ってる奴がいるのかギモンだ。思わず俺はウチの防衛体制を再構築したほうがいいんじゃないかと思ったよ。」
「まぁ・・・それぐらいはやりかねないな。あ、戦になるって意味じゃないけど。」彼女は両手を後ろにつき、足を投げだして気楽そうに頬に日差しを受けた。
「ああ、でも戦には万が一にでもならないんだろ?お袋はシュレジア出身だし・・・お前のこともあるし・・・。」
「私・・・?なんで・・・?」
「何でって・・・・・・聞いてないのか?」
急に口ごもるアルシュをめずらしいものを見るように見て、エディ−ルは考えを巡らせた。
「・・・・・・・・・まさか・・・いや、父上が熱心に避暑をこの国に勧めたのは・・・?」
「・・・」
「・・・・・・ひょっとして相手はお前かー?!」
「・・・らしいぞ。」見つめられてやや赤くなり、王子は目を逸らす。
「!」
あまりの衝撃にエディールは思わず立ち上がる。
「まったく気がつかなかったのか・・・?」
「・・・つかなかった。お前は知っていたのか?」
「ああ、お前が来ることを知らされた時にな。」
「・・・」
いとことは言え、友好国の王族どうし。お互い成人し、年齢も半年と離れていない。避暑と名のついた体のいいお見合いだとは、よく考えてみれば察せられることだった。
「もう・・・もう決まったことなのか?」
落ち着かない様子で再び腰を下ろすとアルシュの前に心配そうな顔を突き出し、エデーィルは問うた。
「・・・さぁ、とり合えず相性とか見てるんじゃないか?」
「私はまだ考えられない。お前はどう思うんだ・・・。」
「今までの俺だったらまず、キレてたな。実際、話を聞いたときにはキレた。家宝が幾つかぶっつぶれたな。」
ペールブルーの瞳を彷徨わせたまま王子は続ける。
「・・・しかし実際にお前にあって見て・・・・・・正直言っておまえ自身は嫌いじゃない。・・・他の女どもと違って退屈じゃないし、一緒に城下を見て回っていた時も面白かったし・・・・・・それに・・・。」
「・・・?」
「・・・・・・・・キレイだ。」
「・・・訳わからん・・・じゃあ・・・お前は私の夫になるというのか?」
ほとんど泣き出しそうに金髪が揺れた。
「さぁ、それはわからんけれども・・・お前といるのはそれほどイヤじゃない。」
「それはそうだけど・・・でも結婚となると・・・。」
「ああ、それは別問題だ。・・・・・・だが・・・お前知ってるか?」 泳がせていた視線を戻し、奇妙に唇をゆがめて少年は少女と向き合った。
「・・・何?」
「男と女がなにをするかって事。」
「・・・?」
「相性とか言ってたな・・・・・・なぁ・・・ちょっとだけ試してみないか?」
「え?」
「まず・・・こうする・・・」
そう言うとアルシュはいきなり細い腕をひっぱり、自分の胸に引き寄せた。
「!」
「意外と小さいな・・・それから・・・こうだ。」
ゆっくりとまだ育ちきってはいない華奢な体を芝生に押し倒す。金髪が緑の上に流れた。
「・・・こんなことは好きじゃない・・・イヤだ。怒るぞ。」驚きながらも冷静さを保ちながら金緑の瞳が燃えた。
「・・・そうか?俺はかなり興味ががある・・・。」両手でエディールの顔の脇の芝を掴みながらアルシュは王女を覗き込んだ。
「・・・つぎは・・・」
唇がおりてくる。思わず目をつぶった瞬間に押し付けられたそれは火のように熱かった。
「んっ!」
体格差はそれほどないと思っていたのにやはり力では敵わない。顎をつかまれると濡れた熱いものが唇を割って侵入してきた。ぎこちなく口腔内がかきまわされる。
「・・・っ!」
のしかかった体も同じように熱い。それがより密度を詰めるように擦り付けるように動く。最初の衝撃が少し醒めたエディールがようやく薄目を開けると、興味があると言った割にはどういうわけか苦しそうな王子の顔が見えた。
「う・・・」両手で重い体を押し、必死で体をずらそうと試みると、今度はその隙間を縫ってもう一方の手があろう事か胸に懸かり、まだふくらみきってはいない柔らかい隆起を荒々しく掴まれる。
「く・・・!」
その痛みがエディールにかえって力を与えた。
「――――!」
思い切り膝を蹴り上げる。しかし、どうにか鳩尾を掠めただけにとどまる。だが、どういうわけかアルシュにとってはかなりの衝撃だったらしく、あっと体を引いた。その隙に立ち上がることに成功する。
「ばかやろう!」翠の瞳を燃え立たせてエディールは上から怒鳴った。
「それはこっちの台詞だ・・・あてて、なんだこれは・・・蹴りを入れたのか?」
「当たり前だ!宣戦布告とみなすぞ!」
「すまん・・・・・・まぁそんなに怒るなよ・・・俺もちょっとはやりすぎたって思ってんだ・・・。」
だらしなく尻餅をついたままのアルシュは先ほどまでの威勢は微塵もない。
「ちょっと!?」
「・・・だってお前・・・キモチいいもんだから・・・。」
「いい加減にしろ!」
「わかったわかった・・・(惜しいけど)もうしねぇよ・・・それにお前に蹴られた瞬間なんか変な別の衝撃があったし・・・。」
「・・・」
「お前・・・他に俺になんかしたか?・・・いや、されて当たり前なんだけど・・・脳みそがぶん殴られた感じがしたぞ。」
「・・・私はした覚えがない・・・。」
「そうか・・・?なんだか肝が冷えたぞ・・・。毒気がどっかいっちまった。でもこれで一つわかっただろ?」
「・・・?」
「奴だってそうそう毎回現れることはできない。まぁ、・・・上司に呼ばれているんじゃな・・・。女でも自分の身を守る術は知っといた方がいいって。」
「!」
エディールは自分がひっぱたかれたような衝撃を受けた。急激に視界が霞む。
「・・・お、おい、何泣いてんだよ!謝っているじゃないか。もう許してくれよ。」
「・・・違う!」
叫ぶなり身を翻してエディールは庭園から駆け去った。
「ちっ・・・、お転婆姫め・・・ああ、でも今日は俺ももうダメみたいだ・・・。」
なんとなく青い顔をしながらふらふらとアルシュも立ち上がった。
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15歳ぐらいの男の子の考えていることは謎です。
きっと自分でもわかっている子は少ないんじゃないかな?
アルシュ君、とり合えず君はも少し修行が必要です。
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