「なんだと!?」

「あ、やっぱり〜、おかしいと思ったんだ。やけにエラそうだし〜。」

「さぁ、午後は王妃様からお茶に呼ばれていました。そろそろ帰らないと。」

「えー、もぅ?せっかく綺麗なところまできたのに・・・。」

「また今度つれてきてあげますから。」

本気ですまなさそうにするヴァーノンにエディールは唇を尖らす。

「・・・おまえら・・・俺をコケにする気か?。」さらにシカトされて怒りが倍増したらしい。

「いいや?ちっとも。」

のん気なエディールの言葉も耳に入らず、放っておかれた白銀、いやセイシリア国第二王子アルシュは既に怒髪天を突いている。(もともと突っ立っているのだが。)

「おい!そこのお前!」あいかわらず抜き身を引っさげて、アルシュは喚いた。

「はい?」

「抜け!」

涼しい顔で応じたヴァーノンにさらに怒りを募らせた様子でアルシュは剣を両手で構えなおす。

「・・・そういわれましても・・・友好国であるセイシリア国の第二王子殿下に剣を向けるわけにもいきませんし・・・。」

「いいから抜け!」叫ぶなり、アルシュは意外と確かな突きでヴァーノンに迫った。

「・・・おや、さすがは殿下、これほど頭に血が上っていても、ちゃんと急所は外しておられる。いいことです。」

「・・・!」

「はい・・・はい・・・そう。あまり大振りをされますと太刀筋が相手に見え見えです。一番少ない動きで、確実に狙ってください。」

丸腰のまま何事もないように剣をかわしながら、ヴァーノンはまるで剣術指南のようにアルシュに稽古をつけている・・・わけではないのだが、そのようにしか見えなかった。

「がんばれ!白銀」

エディールもすっかり夢中になって!応援している。必死なのはアルシュただ一人だ。

「せいっ!」

ひときわ鋭さを増した中段のはらいがヴァーノンの脇を強襲したと思った刹那、黒い影はアルシュの視界から消え、勢い余ったその姿勢のままアルシュは潅木に突っ込み、木の葉を散らせながら青い水面にずり落ちていった。

「わ!・・・やばくないか?」

「大丈夫でしょう?水は浅いし、水底は石灰質の泥が積もっていますから頭を打つこともありますまい。・・・少し冷たいかもしれませんが、かえって頭が冷えるでしょう。」

音もなく、エディールのそばに着地したヴァーノンはこともなげに請合った。

「いいのか?結構度胸あるな、お前。叔父上に叱られるかもしれないぞ。」

「これ位でないとあなたの護衛は務まりませぬ。さぁ参りましょうか?」

「や、様子ぐらいは見てあげないと・・・そんなに悪い奴とも思えないし・・・。」

「承知いたしました。」

その部分だけ、ぽっかり空いてしまった潅木の茂みの下を見ると、確かにずぶぬれのままの王子が尻餅をついてこちらを睨みつけている。

「・・・ほら、殿下は大丈夫なご様子です。」

「うん、おい白銀、一人で上がってこれるか?助けようか?」

「うるせぇ!失せろ。」

「おや、お元気なご様子。では我々は失せますが、この土手はあなたもご存知のように、もろい石灰質で出来ておりますし、常に濡れていますから、よほど用心しないと何回も泉に突っ込むことになって剣呑ですよ。お気をつけなさいませ。では・・・。」

二人の顔がアルシュの視界から消える。この辺は狩の催しでもないかぎり普段は誰も来ることがない。

「お、おい待て!」

二人が本当に馬に乗って数歩行きかけた時、心持ち弱々しくなったがまだまだ傲慢な声が追いかけてきた。

「なんでしょうか?」

仕方なさそうにゆっくりと馬を戻し、二人は再び泉をのぞきこんだ。

「手を貸せ。」

「そんな・・・私の服が濡れてしまいます・・・。」

「畜生、足元を見やがって・・・
お願いします。

「アルシュ殿下。」

「な、なんだ・・・!水が氷のように冷たいんだ!早くしろ!」

その言葉はウソではないらしく、次第に紫色になってきた唇から歯のカチカチ言う音が聞こえてきた。

「厩の人払いなんぞ、言語道断ですよ。」

「・・・」

「殿下、侍従のナスカさんからウチの姫が厩に向かわれるのを聞いて、待っていたのでしょう?」

「ナスカ・・・あいつめ裏切りやがって・・・。」

「私は我が姫がどこにいるかぐらいだれに何を言われなくとも把握しております。ナスカさんは何にも悪くありませんよ。ですが、もし姫ではなく、賊が侵入していたとしたらお城がどうなったかと思いますか?」

「わ、わかった!お前の方が上手だ!認めるから!さ、寒い!」

「やれやれ、しようがありませんね。」

ヴァーノンは腰に巻いていた細いロープを解き、一方の端を自分の肩に巻きつけ、もう片方の端を円い輪にしアルシュの方へ投げた。

「すまないね、お前。嫌だろうけど、ちょっと引っ張ってもらえるかな?ゆっくりとね。」

おとなしい牝馬はブルルと答え、ヴァーノンの操るままにゆっくりと前に進む。

しばらくするとずるずると白い泥によごれたアルシュが引きずり出されてきた。

「うえー、汚い。」

「これ、姫様がうえーだなんて言う物ではありません。お気の毒に。」

「誰がやったんだ!誰が!」

異口同音に二人が突っ込む。

「さぁ、私と姫はこの牝馬をお借りしますからね、殿下はどうせ自分のルートがあるのでしょうから、そちらから引き上げてください。おや、もうお茶会遅刻すれすれだ、それ!」

鮮やかにヴァーノンたちはいなくなり、後にはずぶぬれ、泥まみれのアルシュと彼の黒馬が残された。

「なんなんだ、あいつ!くそっ、思うまま弄りやがって・・・フエックショ!」







その夜、その日の行事を概ねそつなくこなしたエディールが自室備え付けの風呂に入り、バルコニーで少し風に当たっていると、マールが少し驚いた様子で駆け込んできて、傍らに控えた。

「姫様、お客人でございます。」

「客?誰?」

白い夜着の上から、華奢な腕を覗かせている彼女はいつも妖精じみて見える。

「そのう・・・それが・・・会えばわかるとおっしゃって・・・。」

「ふーん。・・・ここに通して。」

「ここは夜風が冷たいですわ。高いところですもの、お風邪を召します。私どもは少し下がっておりますから・・・お部屋で・・・。」

確かに北方の国の夜風は湯上りの上気した肌を速やかに冷やしている。

「うん、そうして。」

「かしこまりました。」

居間に戻ると予想したとおりの人物が立っていた。エディ−ルをみると何故か少し驚いた様子で姿勢を崩した。

「なんだ、白銀、昼間の苦情をいいに来たか。」

「う、うるせぇ、おっと、すまない。コレでも一応姫様だったよな。姫君への礼は・・・これでいいのか?」

意外にも優雅な仕草でアルシュは貴婦人に対する礼をして見せた。

「どうだ、今回はちゃんと正面からまかりこしたぞ。」

「威張るようなことか?まあいい、何か用?」

「お前達、親父や兄貴に昼間のことを言いつけなかったからって、恩には着ないぞ。」

「なーんだ、そんなことをわざわざいいに来たのか?」

「・・・ちがう。」妙にきょろきょろしながらアルシュは否定した。

「・・・あいつは・・・いないのか?」

「ヴァル?・・・さぁ、必要なら出てくると思うが・・・何?用事か?」

「いや・・・あいつはお前の護衛なのか?」

「うーん、それもやってる。他に色々。詳しくは私もよくは知らない。」

「何モンだ?」

「・・・普段は宰相執務室付きの事務官みたいだけど・・・。」

「お前の国では事務官風情があの腕前なのか?・・・コレは戦になったらウチの国の負けだな・・・親父に言っとかないと。」

「なーに言ってんだ?」

「・・・しばらくあいつを俺に貸してもらえないかな?」

「貸す?ヴァルを?」

「・・・最初は腹が立ったが、冷静になって考えてみるとなかなか面白い奴だ。この俺をあそこまでコケにした奴はこの国にはいない。」

「・・・だってそれはアンタが威張っているからだろ?職権乱用で。」

「ま、それはそうだ。だがそれを抜きにしてもあいつは面白い。ちょっと・・・色々・・・剣とか・・・教えてもらおうと・・・。」

最後の言葉はいかにも忌々しそうに早口で付け加えられた。多分こんなことを人に言うのは初めてなのだろう。エディールはそう思った。

「ふーん、別にいいんだけど、私も一緒でもかまわない?城下にも出てみたいんだけど。」

「ええ〜、女が〜?だが・・・城下か・・・いいかもな。お前お姫さんの癖に面白いことに興味持つな?」

「お前だって充分面白いよ。私は同年代の友人は今まで持った事がないんだ。だから・・・。」

満更でもなさそうに、しかし一応しかめ面を作って銀髪の少年は頭を巡らす。

「混ぜてくれるんなら、ヴァルに話してもいいが?」

「むー、しかたないな。よっしゃ、契約成立だ。」

「・・・何が契約成立ですか、本人の承諾も無しで。」

誰もいないはずの最上階のバルコニーから黒い影が現れた。

「ヴァル!」「お前!」

「いい加減にしてくださいよ、私は忙しいんです。子どもの相手まで出来ません。」

「・・・あいかわらず不気味な現れ方をする奴だ。いい、親父に頼んで許可をもらう。」

「あ、上から手を回すなんて。」

「ふん、退屈しきっていたところだ。いいな。俺が呼んだら来れるようにしておけ、そのお姫さんも一緒でいいから。」

言いたいだけ言ってしまうと再び優雅に礼をし、大またで部屋を出て行った。



「・・・困りますね、エディラ?私はホントに忙しいんですよ。」

わがまま王子様を見送ると、口ぶりどおりの深刻そうな表情を作ってヴァーノンが文句を言う。

「でもお前、働きすぎだから・・・それに私の護衛も仕事の内だし、いいんじゃないのか?あいつも少しは性根を治したほうがいいと思うし・・・。」

「・・・仕方ないですね・・・(それに王子から思わぬ情報を得られることもあるだろうし・・・)」心の中で利害をきっちり計算して、表には不承不承承諾したようにヴァーノンは頷いた。

「じゃあ、明日は城下に出よう!あ〜、楽しみだ。」

上機嫌でエディ−ルはヴァルに抱きついた。

「・・・城下に出るなんて許可が下りやしませんよ?」

黒いマントでエディールを包みながらヴァーノンが微笑む。

「だったら黙って出るの。ヴァルお願い。こっちはウチの国より治安がいいんでしょう?少しだけ。あまりお城から離れなくていいから。言うこともきくし・・・。」

「絶対私のそばから離れないと約束できますか?」

「約束する。」

「・・・では手を回しておきましょう。」

「わーい、ありがとう。」

「そのかわりに今日はもうおとなしくお休みなさいね。」

夜気から庇うようにますます優しく包み込みながらヴァーノンは身を屈めた。

「ん?」

「姫様は信用なりませんからね。寝台までお運びします。」そう言うと軽々と片手で主君の姫を抱き、寝台に寝かしつける。

「お休みなさいませ。」

金髪を指で梳き、額に口付けを一つ落としてカーテンを引くと女官のマールに頷きヴァーノンは退出した。





(ふ・・・とんでもないことになったが・・・まぁいい。これである意味国王の許可付きで城下をくまなく知ることができる。セイシリアは近頃国庫が潤沢だと聞く。おそらくは鉱山だろうが、そのあたりを調査できれば・・・。)

『・・・いるか?』

ほとんど唇を動かさず、ヴァーノンはつぶやいた。

『は・・・ここに。』

『明日から城下への手を倍にしておけ。私が示した場所を洗うのだ。だが私は姫様連れだからな、最小限の動きしかできぬ。そのつもりで。』

『・・・承知。』

友好国だからとはいえ、知るべき点は知っておく方がいい。万一の時に、何が幸いするかわからない。いくら王室がのん気だからとて、その眷属全てが平和ボケしているとは限らない。相手より優位に立てるデータは多ければ多いほどいい。それがヴァーノンの理屈だった。



(大切な姫君を差し出すかもしれないんですから、このくらいは覚悟してもらわないと・・・。)

先ほどまでの甘い微笑は影を潜め、黒瞳は厳しい光を帯び、薄い唇は残酷なまでに歪められる。



闇のような人影は長い廊下をすべるように進み、やがてふいに消えた。







                ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲







一気に3までUPしました。
・・・でもなんか、気のせいか、コメディの香りが・・・。






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