セイシリアはシュレジアより北に位置するだけあってさすがに夏は過ごしやすい。

少し高地でもあるので朝晩は一重だと少し肌寒いようだ。

着いて五日目にはエディールはすっかり城にも慣れ、あいかわらず同じ年頃の娘達と過ごすより、一人で城を見て回って楽しんでいる。

セイシリアの王城、青水城はシュレジア国の花耀宮より少し小ぶりの城だが、斜面に立っているのでおもしろい造りになっており、こちらの棟で最上階だと思っても奥の棟では2階と同じ高さだったりしてはじめのうちエディールは驚かされた。

しかし、今ではそれが楽しくてすべてのつくりを覚えてしまおうと許される限りの時間を城内の探索に費やしていた。

それでもいくつかの公式な行事―――青水王宮での歓迎の舞踏会だとか、兄王子主催のお茶会などにはおとなしく出席し、社交的に華やかにそつなく振舞った。(少なくともエディールはそう思っていた)

「今日は厩を見てみよう。マール、付いてこなくていい。場所は昨日ナスカから聞いた。私が見に行くと伝えてくれてあるらしい。あいつはここの侍従の中で一番よく気がつくな。」

「行ってらっしゃいませ。午後には王妃様から呼ばれていることをお忘れなく。お着替えには間に合うようにお願いいたします。」

小さい頃からエディールに仕えていてその気性をよく知っている女官のマールは悪戯っぽくウィンクしながら主人を送り出した。

(ヴァーノンは今日も仕事なんだな…。ここに来てからのほうが忙しいんじゃないか?まったくあいつはいつ寝るんだろう?)


エディールの今日のイデタチは生成りの上下で、召使いよりずっと簡素な服装であった。金の髪は後ろでゆるく編んである。

実際エディールに慣れていないこちらの召使いなどは何処の小僧が紛れ込んだかと驚いて問いただしてくるものもあった。

ずんずんずんずん、軽やかに廊下を駆け抜け、いくつもの階段を駆け下りる。

居室のある城の奥から城門の右脇の棟ににある大きな厩へと。





厩では北方の国だけあって、毛深い大きな馬達がおとなしく餌を食んでいる。

幸い、厩の係りのものは今は休憩しているらしく、人の気配はない。

(ちょっと無用心すぎないか?いくら王宮内でも)

さすがに不審に思ったが、エディールはかまわずどんどん歩を進める。

厩舎は程よく湿気ていて、獣の放つ生々しい臭気に満ちている。

エディールが手前にいた灰色の牝馬の鼻面をなでてやると辛抱強い目をしたその牝馬はブルルと鼻を鳴らして挨拶を返してきた。

50頭ぐらいか?結構少ないのだな。」

「そうでもないぞ。若い馬はこの時期は肥やすために平地の方に連れて行っているだけだ。」

独り言だと思ってつぶやいた言葉に意外にも即答が帰ってきてエディールの顔に驚きの色が走る。




「なんだ?誰かいたのか?厩のものか?」

「そういうこった。あんたは噂の隣の国のお姫さんかい?(ぜんぜん見えないけどな)」

エディールの上から下までを無遠慮にじろじろ見ながら少年は問うた。

年のころも背もエディールとそう変わらないようで、細く長い手足がまだ育ちきっていない若い馬を思わせた。

「お姫さん?面白いこと言うな、お前。名は?」

「ふん、あんたに名のる義理はないんだけどな。特別に教えてやる。俺は白銀だ。」

「白銀。いい名だね。」

その名の通り、ぱさぱさした銀髪が手入れもされずに突っ立っている。

「…あんた、ホントに姫様かい?その妙な言葉遣い。突っ張ってわざと遣ってんのか?」

「(人の事言えるか?)そうかな?…もっともあんまり身分や性別を意識したことはないのは本当だけど。普段は気をつけている。今は…いわばまぁ、勤務時間外だ。」

「ふーーん、お前、面白いな。どうだ?馬に乗ってみるか?」

「え!?いいのか?」

いつの間にか呼び方があんたからお前に格下げになっているのだが、気にも留めないお姫様の瞳が輝いた

「ああ、お付をまいて来たんだろ?」

「いや、まあ…。(そういうことにしとこう)…で、どの子に乗せてもらえるんだ?」

「今、あんたが挨拶したその牝馬なんてどぉ?こいつなら年取ってる分おとなしいし、何よりその辺の人間より賢いしな。」

「よし!」








二頭の毛深い大きな馬は外に出してもらったのが嬉しいらしく、軽やかにだく足を踏んでいた。

二人は脇の城門からぐるりと王城の側面を駆け抜け、背後の森へと馬を進める。道は緩やかな上り坂であるが、よく整備されていた。

いくらもいかないうちに大きな黒い森が迫ってくる。

「・・・それにしてもよく何も言わずに門を通したな。厩にも誰もいなかったし、お宅の国はちょっと無用心すぎないか?」

「つまらんことを言うな。気分が悪くなる。」

「・・・」(・・・ずいぶんオレサマなやつだなあ)

会話が途切れ、二人は黙って馬を進めた。

森に分け入るに連れて道は狭くなり、次第に痕跡があやうくなってくる。

エディールは慎重に手綱を操った。

「この奥に小さな泉がある。そこまで行こう。とばすぞ!」

そういうと馬に軽く拍車をくれ、白銀と葦毛の牡馬は深い木々の間に飛び込んでいった。

北の森は深く、昼でも暗い。そのくせ、ふいに開けたところもあって、そこにはこぼれるような日の光が降り注ぎ、その奥の闇ときついコントラストをなしている。

「・・・!」

白銀を追って森の奥へと馬を駆けさせたエディールは、あまりの明暗の差にふいをくらって一瞬視力を奪われた。

「あ・・・待て・・・」



しばらくして目が慣れてくると既に白銀の姿はどこにもなかった。

「あ、あれ?おーい!白銀〜!」

返事はない。どうやら置いていかれたようだ。

周りは既に深い森だ。どこを見渡しても同じような木々の連なり。

どうやら道に迷ったらしい。

「なんて、せっかちな奴だ。まったく。」

エディールは声に出してつぶやいたが、特に慌てた風もなく、おとなしい牝馬の首をたたいた。

「この奥に泉があるといってたな、お前、知ってるだろう?私を連れて行ってくれないか?お前も水を飲みたいだろう?」

ブルルルと、賢い馬は返事をし、そのままぽくぽくと歩みを進めた。

しばらく行くと前方に明るい部分が見え、その方向へ牝馬は歩いてゆく。

程なく木々がまばらになり、視界が開けた。

「わ・・・!」

小さな泉は限りなく青かった。少し考えられないような透明度で、水底の白い地形を透かしている。地中から水が湧き出しているらしい。

「案外遅かったじゃないか?」

少し離れたところから声が落ちてきた。

見ると、白銀の馬が静かに水を飲んでいる。誰も乗っていない。

「隠れたってだめ。上にいるんだろう?」

エディールはやや冷たく答えた。なんたって置いてきぼりにされたのだ。

「ばれたか、お前カンがいいな。」

姿を隠しているよく茂った枝から白銀が顔を出した。

「こんなに青い水は初めてだ・・・きれい・・・。」

「そうだろう?泉の底が石灰質で出来ていて、その白が水をこのようなインクを流したような色に見せるのだそうだ。」

「へえ〜〜〜〜。」

「この国の山に近い川や泉はこんな色をしているものがたまにある。城の名も青水城だしな。」

バサバサバサ

枝が擦れあう音がしたと思ったら白銀が地面に飛び降りてきた。

「それにしても、少しは怖がるかと思ったが・・・案外強いじゃない?お姫さん。」

「怖くなんかあるかい!だいたい・・・」

「―――少しは怖がってくれたほうがありがたいんですがね。」

エディールが言い返そうとしたとたん、深みを帯びた静かな声がどこからか響いてきた。

「誰だ!?」

白銀は険しい声で応じる。

今まで気づかなかったが、彼はマントに隠された背中に小ぶりの剣をしょっていて、慣れた無駄のない動きですばやく構えを取った。

「姿を見せろ!」

「あなたが先に隠れたと思うんですが・・・まぁいいでしょう。」

声が消えた刹那、音もなく黒い大きな鳥のような影がシュレジア国の王女のそばに降り立った。

普通ならこのようなことには驚くはずの馬が平然と首を傾けている。

エディールはやや唇をへしゃげ、目の前に立ったヴァーノンに首をすくめて見せた。

彼女には声がしたとたん誰だかわかったし、(またか・・・)の感想以外は持てなかったのだ。

(あ〜あ、またお説教されるかなぁ。この分だと・・・)

「いつばれた?」

「そもそもの始まりから、筒抜けでしたよ。まぁ、私が追ってきたのはあなたが城を出てからですけどね。」

馬に乗った者に馬に乗っていない者が追いつく。普通では考えられないが、ヴァーノンの場合、エディールのためならどんな事でもやってのけるのは彼女が幼い頃から見慣れてきたことだった。

「あっそ。」

「あっそ、じゃありません。無断で外に出るなんて。何かあったらどうします?」

「いっつもヴァルがいるじゃないか。」

「無論そのつもりですが、万が一にでも・・・」

「おい、そこのお前!おおかたこの姫さんのお付なんだろうが、うっとおしい、とっとと失せろ。俺達にだって楽しむ権利はある。ぐずぐずしてっとたたっ切るぞ!」

無視されてよほど頭にきたのか、白銀は切っ先をヴァーノンに向けて怒鳴る。

「・・・」

ヴァーノンはゆっくり向きなおった。整った口元には柔和な微笑が浮かんでいる。

「威勢のいいのは聞いてはいましたが、これほど子供とはね。・・・あなたがこうしていられるのはエディ−ル様に何もなかったからですよ?」

「何!?」

「もしこの方に少しでも怪我があれば、あなたなぞ、自分の足で立てなくなっています。アルシュ殿下。」







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「やっぱりね〜」、そういう声聞こえてきそうです。いいじゃないですか、定石どおりで。
石灰質の地形ではこのように水が青く見えることがあるそうです。以前中国の秘境のTVを見ていて綺麗だなあって思って、セイシリアにも存在させてみました。

この原稿の一部は昔のファイルから引っ張ってきたのですが、そのせいでフォントが少し乱れているかもしれません。相性の悪いファイルだったようでなかなか直んない。見にくい方いますか?





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