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 紳士で行こう!







「次の皿はまだか・・・」

一瞬のうちに『本日のオードブル・冬の魚貝のヴァリエーション』を食べつくした志郎はぐいと白ワインのグラスを空にした。

「そんなにいらいらするなら、こんなところに来なけりゃいいのに・・・」

香りも確かめずに飲み干された金色のドイツワインが可哀そうだと、優菜はそっとグラスに口を付け、ゆっくりと味わうとにっこりと笑い、今度はひらひらした帆立のポワレを掬い上げた。

「タマにはいいと思ったんだ。タマには!・・・おまえが喜ぶと思って・・・」

最後のセリフはかなり言いにくそうに付けたされる。優菜の満足そうな笑顔に照れているのだ。

「喜んでいるわよ。ここではお昼ご飯しか食べた事が無かったから。ほら言ったでしょう?夏に・・・」

「知らん、忘れた」

そう言って志郎は次に出されたスープを攻撃にかかっている。優菜の前にも上品に盛られたサラダとパンが置かれた。スープに浸して食べてくださいと言う事らしい。

「そぉ?でもありがと。とっても美味しいし、きれいなんだもの。連れてきてくれて嬉しいわ」

志郎の事だから、この夏優菜が同僚と県庁前のホテルに出来たこの店に来て食事を楽しみ、ディナーでも行ってみたいなぁと何気に話していた事は覚えているはずなのに、忘れたふりをしている。まぁ、見え見えのところがこの男らしくて可愛いのだが。

今夜の彼は珍しくスーツを着ている。背広と言うのはその名の通り、肩幅の広い男性に似合う服である。仕立てのいいダークスーツを今風にやや着崩しているその姿は中々サマにはなっている。口さえきかなければ。

「そか?・・・まぁ、お前が喜んでくれるんなら、そんでいいや」

志郎はそう言いいながらフォークで野菜をかきよせると、あっという間にむしゃむしゃ食べてしまった。まるで草食動物である。中身は草食系には程遠いが。

「うん・・・ほら私のパンもあげるわ」

「いいのか?ジャ、遠慮なく・・・」

優菜も細い割には結構食べる方だ。だが、人が美味しそうに食べている姿を見るのも好きなのである。志郎はガツガツ食べているように見える割には旧家の育ちらしく、食べ方がきれいで必要以上に食器を汚したりしない。優菜もすっかりくつろいできれいな緑色のエンドウ豆のスープに手を付けた。クリスマスだからだろうか、星形に切ったニンジンや赤いパプリカが浮いている。

「けど・・・ゴメンな」

「なぁに」

「休みを取れたのがギリだったんで、部屋取れなかった。取ろうとしたんだけど」

「なぁんだ、そんな事」

優菜は笑った。笑ってグラスを空ける。それに気がついたボーイが美しいブルーのボトルを傾けて優菜の杯を満たした。

酒屋が年末に忙しいのは当たり前だ。だが、今年は兄の吾朗が気を利かして、結婚を控えた弟が一日半の休暇を取れるように支店に応援に来てくれたのだ。地元に帰ってから、数年クリスマスも正月も返上で働いてきた志郎に対する兄らしい(はなむけ)と言えるのかもしれない。



この二月に二人は式を上げることになっている。小学校で出会ってから十年以上の時を経て、彼らの恋は実った。



「なぁんだとはなんだ。俺はそっちの方を楽しみにしてたのに。明日もゆっくりできるし」

「家に帰ればいいじゃない」

「そうなんだけど・・・こういうのって雰囲気だろ?女ってそこを要求するもんじゃないのか?男はヤれりゃ、どこだって・・・あた」

テーブルの下で優奈のヒールが見事に志郎の脛を捉えたらしい。優奈は澄ましてワインを口に運んでいる。目立たないが既に二杯目が空である。


優菜は二月に五日間の特別休暇をとり、都合九日休めることにはなっている。その間に式と旅行を済ます予定だが、それ以上はどうしても休みたくない彼女は年末に引っ越す予定だ。もともと自分の持ち物の少ない優菜の事だから、業者を呼ぶまでもなく、志郎の軽トラで手回り品を運べば引っ越しは終わりである。

家具や電化製品はすべて新しく買いなおした。電化製品は二人で。家具は志郎の母も一緒に選んだ。優菜が今までこんなにたくさんの、しかも大金を使った買い物をした事が無かったので、あまり口を挟む余裕もなかったが、その分渋い趣味の志郎の母が嬉々として家具調度を選定していた。それらは既に所定の場所に置かれ、新居の女主人に使われるのを待っている。

結婚に際して身よりの殆どいない優菜は、旧家というものに対し、少なからず怖れのようなものを感じていたが、志郎が(あらかじ)めいろいろと言い含めていたのか、今のところ彼の実家とは円満にやれている。仕事を続けたいという優菜の希望も認めて貰えた。この辺りは、志郎の母は最初難色を示していたらしいが、以前会った事のある志郎の祖父の将一が何やら後押ししてくれたらしい。優菜は何も聞かなかったが、初めて彼の実家に食事に招かれたときの会話から察してはいた。

流石に旧家たる志郎の家は大きなものだった。駅前のビルだけでも相当な資産だと言うのに、田舎とはいえ、駅から数分のところに広い庭を持つ80坪の平屋建てで。和洋折衷の広いリビングには志郎の両親と兄夫婦とその子ども。長い事一人ぼっちだった優菜にはとてつもない大家族に感じられた。最初緊張してろくに喋れなかったが、志郎がいつものように屈託ない感じで場を和ませてくれたのと、志郎の甥っ子で三歳になる一真が直ぐに優菜に懐いたので、子どもの話から優菜の仕事の話になって、割合盛り上がったように感じている。



――普通の私を見て貰えたらいい



気負ったり、逆に恥じてもよくない。自分に出来る事はいつも通り、仕事に真摯に取り組み、周りの人々には誠実な対応をし、しっかり地に足をつけた日常生活を送る事だと信じている。信頼とは、そんな地味な日々の積み重ねから生まれるものだ。





「あ、この子羊の骨付き肉、やたらうめーな!なんで三本しかないんだよ。こう、ずらっと十本ぐらい並べてくんねーかな。この葉っぱ何?」

上品なレストランに志郎の声が響き、隣の席の年配の婦人が慈悲深く優菜に笑いかけた。――坊やのお守りも大変ねと言うように。

「クレソン」

そっけなく優菜は答える。メインディッシュの子羊の骨付き脇腹肉のローストは、たっぷりのソースがかけてあって柔らかくておいしく、優菜もこれは志郎にあげずに全部食べてしまう事にする。その後デザートとコーヒー(優菜は紅茶)が出てクリスマスディナーのコースはおしまいだった。

「とってもおいしかった・・・ごちそうさまでした」

ここは素直に支払いを任せて優奈は大人しく横のクロークに下がった。

「そか?よかった。あ、貸しな」

コートを出してきた従業員の手から白いダウンのロングコートを受け取ると、志郎は背中からそっと優菜に着せてやる。

「わ、ありがと。なんだか紳士見たい」

「紳士だよ、俺は。でもさ〜〜〜実はさ〜〜〜」

せっかく紳士だと褒められたのに、ホテルのレストランを出て直ぐに志郎は物足りなそうに情けない笑いを浮かべて優菜を振り返った。

「分かってるわよ。食い足んね〜〜〜って言うんでしょ?いいわよ、いつものお店に行く?」

「おお!早く帰りたいのは山々だけど、なんてったって腹が減っては戦はできねーからな」

実は優菜も飲み足りなかった。上質なワインを飲んだおかげで程良く食欲が刺激され、お腹は一杯になったが、メインディッシュのソースの味がやや濃かった為かもう少し飲みたい気分になっている。

今日は時間休を貰った為、いつものようにくたびれてもいないし一旦家に帰って着替える元気もあった。優菜には珍しく、膝上丈のレイヤードスカートにブーツを合わせている。志郎はと見ると、彼も相変わらず元気満々である。力仕事のせいでよく発達した胸板がシャツの内側で窮屈そうだ。

「戦?」

訪ねてから優菜はしまったと思った。俄然嬉しそうなしまりのない顔。

「うん、三回戦までは余裕かな?今日は珍しくスカートだかんな。ど―ゆーシチュがいいかな〜。な〜〜?」

「さよなら、またね」

「あっこら!」

鮮やかに身を翻した優菜を慌てて志郎が追いかけた。彼らには定番のパターンである。

県庁前でタクシーを拾い、二人はいつもの居酒屋に向かった。先週までの寒気が過ぎ、曇ってはいるが師走にしては暖かい夜だ。田舎町ではあるが、流石に県庁前の街路樹が電飾で飾られ、クリスマスな気分で満たされている。







「よぉ!冬木じゃないか!おー!彼女連れか」

行きつけの居酒屋の前に立った途端、志郎はしまったと思った。なんと、小学校中学校高校とずっと一緒だった悪友、松野宮とばったり鉢合わせしてしまったのだ。

「皆来てんぞ、飲もうぜ」

「わり、優菜この店はやめだ」

「え?」

志郎はいきなり優菜の肩を抱えるとぐるりと踵を返したが、スーツの襟首をはっしと掴まれてしまった。

「ぐえ、何すんだ一張羅を!こら、マツ」

「お前が大人げない事するからだろ?ふぅ〜〜ん」

マツと呼ばれた松野宮は横幅だけなら志郎よりずっと大きかった。短いごわごわした髪と、顔の輪郭に沿うような頬ひげ顎ひげを生やしている巨漢である。松野宮は遠慮なく、珍しそうに志郎が連れている優菜を見つめた。

「今晩は」

大方志郎の地元の友達だろうと察した優菜は、ひげ面の強面にも特に怯みもせずに愛想よく挨拶をする。

「あっ、今晩は!いや失礼しました。俺、松野宮って言ってコイツの連れです」

「お名前は聞いたことあります。ラグビーをなさっているのでしょ?」

「ええ、以前はね。だけど俺たちは・・・えっと」

「あ、すみません、。私、羽山と言います。羽山優菜」

「あっ、羽山さん。俺達こいつが結婚するって聞いただけで、どんな彼女なのか全然教えて貰えなくて、ずっと不思議に思ってたんですよ。どんな人なのかって」

「・・・そうなの?」

優菜も不思議そうに忌々しそうにズボンのポケットに両手を突っ込んでいる。志郎を見た。

「ヤローの結婚なんて話題にしたってしょーがねーっての。で、何なんだよ」

「ああ、クリスマスに彼女いない同盟で集まってるはずだ。俺は仕事で今来たとこ。さぁ、入ろうや」

「俺はそんな同盟入った覚えねぇし。第一、お前はヨメとコドモいるじゃないか。じゃ、優菜、他の店・・・あっおい!こら待て」

松野宮は既に優菜を促して暖簾(のれん)をくぐっている。

「別にやだったら、お前はこなくていいぜ」

「何言ってん・・・って優菜!お前もついて行くな!あっマツ!テメ、こら触ってんじゃねえ!」

「お姉さ〜〜ん、池野で予約してたもんで〜〜〜す!あ?そっち?」





・・・という訳で、彼らは地元の悪友たちが男ばかりがっつり膝を突き合わせて飲んでいる座敷へと案内されてしまった。

「おおおお!これはこれは!」

「幸せ志郎君ですぞ!皆の衆」

そこには既に五人ぐらいの青年が、座卓に満載された料理や酒で盛り上がっている最中だった。優菜と志郎を見て若く野太い声が一気に上がる。皆、地元で就職したクチであろうか、スーツを着ている者もいるが、大抵はジーンズにトレーナーと言うラフな格好だった。

「お前らか・・・クリスマスにヤローばかりかよ。哀れな・・・」

げっそりしたように志郎が呻くが、この発言は大いに彼らの反感をかってしまったようで一気にブーイングの嵐となる。

「うわ、っテメ冬木!禁句言いやがって、締めんぞコラ」

「哀れとかゆーな!真面目な勤労青少年に向かって」

「・・・少年はいねーだろ。おっさんばかし。しかも汚ねぇ。こりゃあ、オンナ寄りつかね―わ」

「うっせ、テメ(めか)し込みやがって」

「生まれついての紳士だからな」

「じゃかぁしい。オラ、さっさと座れ!あ、彼女さんもどうぞ」

一番手前に座っていた青年がワザとらしく口調を変えて優菜を誘い、大げさな仕草で席を空ける。

「やだね。おーいおばちゃん!奥あいてる?」

「あ〜〜〜、本日ただいま満席でさぁ・・・ごめ〜〜ん」

「だとさ、ケケケ、あきらめてこっち座れ。おらお前ら、彼女に見とれてないでもう少し席詰めろや。・・・あ、はじめまして俺、池野っていいます。小学校からのコイツの連れ」

松野宮と同じくらい大きな池野は、奥の席から優菜に見とれている男連中に振り向きもしないで指示を出すと、二人分の席を作った。志郎はぶっすりした顔で靴を脱ぐ。一応(ふすま)で仕切られている個室だが、あまり広くは無く、後から来た松野宮と志郎をを入れて男性は七人、女性は優菜だけで、かなり肘突き合わす感じになってしまった。

「羽山優菜です。はじめまして」

優菜も愛想よく笑って改めて挨拶をすると草臥(くたび)れた座布団を引きよせて座った。部屋の一番外側で志郎の隣、松野宮の向いである。松野宮は一通り連れを紹介すると、二人の分の注文を取った。

「いや〜〜、俺ら、何度もコイツに彼女紹介しろって言ったんだけど、全然隠しやがってて・・・まーこんな美人なら無理ねーかって今初めて思ったんだけど」

池野が大きな顔で笑った。

「ありがとうございます」

「でも、聞けば俺ら小学校の同窓だって言うじゃん。だよな?冬木」

「あ〜〜言ったような気もするな」

志郎はすっかり諦めきって早速並べられている料理に手を出している。直ぐに飲み物が運ばれてきたので優菜もグラスを受け取った。

「んじゃま、改めて乾杯!俺らの寂しいクリスマスと冬木君のハッピーなクリスマスに!」

「乾杯」「かんぱ〜〜い!」「おめでとう」「おめっとさ〜〜ん」半ばヤケクソの様な合唱。

「・・・で、ほんと?俺らの同窓だって?」

「同窓っていうか・・・いたのは二年ぐらいだし、六年生の途中で私、転校したから覚えている人は少ないと思います」

優菜は甘くないチューハイを飲んだ。やはり喉が渇いていたのか、冷たさが喉に心地がいい。

「や〜〜、ゴメン俺、全然覚えてないわ」

「オメ―は組違ったろ」

「俺は同じクラスだったけど、あんま覚えてない。あ、羽山さんは俺、覚えてる?」と、池野が問う。

「ごめんなさい」

優菜は正直に答えた。男子は志郎をはじめ苦手だったし、志郎の印象が強くて他が霞んでしまったように思う。

「コイツ大人しかったんだよ、つか、イケ、じろじろ見るな」

カキフライを頬張りながら志郎が牽制するが、誰にも相手にされない。

「羽山さんコイツ、エラソーだろ?昔からなんだ」

「ええ、知ってます」

「う、うわ、昔の事はゆーな!」

あの頃の思い出にやましい事満載の志郎は大いに焦った。優菜は涼しい顔である。

「なんでよ」

「うっるせぇ」

「ほらね?エラソー。どぉ?羽山さん、コイツやめて同じクラスだった(よしみ)で俺にしない?」

「考えときます」

「こらぁ、一体どーゆー誼だよ!同じクラスだったら皆、付き合う羽目になんのか、え?お前もテキトーなアイソすんな」

半ば本気で焦っている志郎を面白そうに横目で眺め、優菜は笑った。彼が何を言っても墓穴になっている。しかし、そこには乾いた男っぽい(つな)がりが感じられ、それが男友達の少ない優菜には珍しかった。今日は何を言っても志郎は肴にされるだけだろう。そして、志郎もその事を分かっていて敢えて無駄に抗弁して見せているのだろう。



――結局仲良しなのね



「優菜、あんま飲むなよ」

「なんで?」

「なんでって、お前・・・」

「うわぁ、冬木、おま、超かっこわりーぞ」

「るせぇぞ」

「まぁ、飲めや・・・久しぶりじゃないか。店はうまくいってんのか・・・」

見かねた松野宮がビールを注ぐ。彼はこの中で唯一の妻子持ちである。

「ぼちぼちな」

「式はいつよ?」

「二月」

「ふぅ〜〜ん、だけどお前、不義理すんなよ。俺たちはともかく、ここは田舎なんだからな!」

「・・・わかってるさ。現に今だってあちこち挨拶回りで忙しい」

神妙に志郎は答えた。松野宮はそんな志郎をつくづく眺めて小さく呟く。

「変ったよなぁ・・・」

「そうですか?」

松野宮の呟きに気づいた優菜はふ、と笑った。落ち着いたその微笑みに一瞬彼はどきりとした。染めていない長い髪を後ろで一房留めた無難な髪形。身につけている服もよく似合っているが、いたって普通だ。今まで志郎が付き合っていた派手目の女達とは全然違う。第一志郎が結婚をするという事も三か月ぐらい前まで知らされていなかったし、知ってからも職業や年齢など、渋々彼らの問いに答えるだけで、今まで会わせて貰えなかったのだ。これまではいろんな女と割合オープンに付き合っていたくせに、そこからして以前とは違う。



――よっぽど大事にしてんだな



「・・・俺、昔からこいつの事知ってっけど、女の事であんま騒がね―奴だったんだけどね」

「そうなんですか」

「うん、もう時効だから言うけど、ガキの時分から女には不自由しねーっていうか、憎たらしい程向こうから寄って来るつー奴で」

「ええ、わかります」

「けど、どっか冷めて、時にはえげつねー振り方してたんだ」

「へぇ〜〜」

「おい、マツ、いらね―事ぬかすと、ただおかね・・・」

「うるせ、黙ってろ。羽山さん、こーゆー話不快じゃない?」

「全然」

「な?ま、悪いことは言わねぇから安心しな。・・・で、羽山さん。俺達こいつは一生遊び人なんじゃねーかな?とか思ってたんだけど。羽山さんに会って俺納得した」

「・・・」

「羽山さんがずっとこいつのマドンナだったんだ・・・うぉっ!」

「じゃか〜〜〜しゃい!勝手な事ぬかしてんな!」

志郎が腕を伸ばして松野宮の顔を大きな掌でつぶす。

「どえ〜〜〜!」

「おっ!加勢すんぞ、マツ。おい、三浦!このシアワセモンを抑え込め」

池野が隣から志郎を羽交い絞めしたのをきっかけに男たちが立ち上がり、酒臭い息を吐いて志郎に躍りかかった。皆、酔っ払いである。

「おう!」「シアワセもんをイわしてやる」

「だ〜〜〜〜っ!!!うわこら、やめろ。俺は男と抱き合う趣味はねぇ〜〜〜、あっこら、痛ってえ!ウザいぞお前ら」

「・・・・・・」



――なんなのこれは



教師同士の飲み会は女性も多いためか、こんなに乱れる事は無い。優菜はあっけにとられた。

さして広くもない半個室が忽ちほたえる男どもの修羅場と化している。ビールのジョッキこそ倒れはしないものの、食器がカチャカチャぶつかったり、ライターや箸が落ちたりと結構な騒ぎだ。無論程度を心得ているのだろうが。



――それにしても・・・行儀悪すぎ



「志郎!」

いつもよりほんの少し高い声で優菜は言った。これは児童を指導する際に用いる声のトーンとしては、一番怒った声音からは二段階ほど下がる。調子に乗りかけている男子にとりあえず、こちらを注視させる時のレヴェルだ。



――効果はてき面だった。

三人の仲間に押さえつけられてもがいていた志郎がピタッと動きを止める。志郎が急に動かなくなったので、他の男たちも力を抜いた。志郎の視線に合わせてこちらを振り返る。

「いい加減にしてください。ここはお店で他のお客さんもいるんだし・・・」

さっきからハラハラしながら襖の陰から、こちらを伺っていたバイトの青年がほっとしたように感謝の視線を優菜に投げる。優菜は厳しい表情を作って、畳の上に仰のけに寝そべっている大きな男を見た。

「お腹空いてるんでしょ?ご飯食べよ」

「悪りぃ・・・」

すごすごと志郎が起き上がったのを潮に、他の男たちも大人しく座卓に向かった。

「すげぇ羽山さん、小学校の先生だそうだけど・・・こいつらを一声で従えちまった」

「別に先生でなくったって、これはイケナイですよ。でも、出しゃばってすみません。松野宮さん、ビールお注ぎします?」

「あ、すみません。羽山さんもお代わり要ります?」

「ええ、同じもので」

やめろやめろとアイコンタクトを送る志郎を無視して優菜は杯を受け取った。

「お酒好きなんですか?」

「はい、割と」

「嬉しいねぇ」

「でも、皆さんずっと地元でいらして、お付き合いも長くていいですね」

「長すぎていやになるわっ」

「お、つれないじゃんか志郎よぉ〜〜〜」

男達が笑い、優菜も笑った。その後は大した騒ぎもなく、一時間ほど楽しく飲み食い、彼らは店を出た。それほど冷え込む夜ではない。温まった頬に程良い冷気が触れる。

「オヤスミー、よい年をな!」

「ああ、お前らもな」

「羽山さん、これに懲りずにまた俺たちと付き合ってくださいよ」

「はい、勿論。今日は楽しかったです。よいお年を」

「おい、冬木!」

もこもこのダウンジャケットを着て更にでかくなった松野宮が、ずいと志郎に体を寄せた。

「なんだ」

「お前にゃ勿体ねーくらい、いい嫁さんだ。大事にしろよ」

酒臭い息が志郎にかかる。

「ふん、わーってらぁ」

「賢くしないと捨てられんぞ」

そう言って松野宮は仲間のもとに戻る。別の店に繰り出すのだろう。

「あっテメ、こら!マツ」

「俺らはカラオケ〜〜〜!」

「イエ〜〜〜!!!」

男たちはまだ騒ぎ足りないらしい。優菜は微笑ましく思ったが、流石に少し疲れてきた。

「志郎・・・帰ろ?」

「おっ!そうだ。帰ろ、帰ろ。じゃな、またな!年が明けたら家に呼ぶわ」

「んまっ!このシアワセもん」

「失礼しますね」



「いいなぁ・・・クリスマスに彼女と二人かぁ・・・」

仲良く肩を並べて帰ってゆく二人を見送って池野が呟いた。

「ちくしょー、見せつけやがって・・・けど、わかるわ。あらぁ、メタコケに惚れてる」

「ああ・・・」

男たちは一様に頷いた。





「優菜、ごめんな、うるさかったろ」

「ううん、楽しかった。おまけに御馳走になっちゃって、いつかきちんとお礼をしようね」

「そうだな・・・落ち着いたらな」

再びタクシーで家路に着く。真新しい二人の家だ。当面の必需品は持ち込んでいるので優菜に異存はない。・・・が・・・

「優菜・・・寝んなよ」

リヤシートで志郎に凭れかかった優菜は長い睫毛を伏せている。

「うん、お風呂入りたいし」

「そうじゃなくって・・・」

ホテルのディナーでもドイツワインをかなり飲み、居酒屋でもチューハイを数杯。でも、ここで沈没されては志郎が困る。

「ま、今はいいや」

日頃から混む事のない道は更に空いていて、というよりすれ違う車もないままリカーショップの駐車場に着いた。志郎は支払いを済ませるとゆらゆらしている優菜の肩を抱き、引っさらうように家の中に入る。

「んっ・・・んん。まだ、ダメ」

玄関の鍵をかけた途端、抱きしめようと腕を伸ばす志郎を何とか押し止めて優菜は囁いた。

「っなんだよ、これ以上焦らす気か」

志郎の切羽詰まったような声と少々酒気を孕んだ吐息が首筋にかかる。そのまま耳たぶを噛まれてちりりとした痛みが体を走った。しかし、女はここで負けてはいけないのだ。

「や・・・お風呂入りたい・・・髪が煙草臭いし・・・ね?お願い」

「・・・ち、さっさとしろよ。ベッドを暖めておいてやる」

潤んだ瞳でお願いされて志郎は我を折った。これもいつもの事である。

エアコンのスイッチを入れ、寝室を暖める。向こうからシャワーの音が聞こえるが、風呂場を覗かない事は付き合い始めた時からの優菜の厳命である。だから彼らは一緒に風呂に入った事が無い。だがそれも、結婚するまでの事だ。自分の手の中に入ったらもう何も躊躇わずに好きにさせて貰おう、志郎はそう決めていた。



――だから、ここは我慢だ



・・・が、優菜はなかなか戻ってこない。さっきからドライヤーの音がするから、もうおっつけ来るだろうと思っていたのに。



――なんだ?髪なんか部屋ん中で直ぐに乾くだろ?こっちはもう準備満タンだってのに



「おい、開けんぞ」

辛抱堪らずに志郎は寝室を飛び出し、居間を抜けてパウダールームのドアを開けると――

「わ!おい優菜!」

ローブを巻きつけたまま、洗面台の下に座り込んで眠っている優菜がいたのだった。傍らでドライヤーが乾いた風を吹かし続けている。慌てて揺さぶっても瞼は上がらない。

「ウソだろ・・・おい、起きろ優菜!・・・ってか、起きてちょ〜〜〜〜だい」

むなしい絶叫が明るい部屋に響いた。








「あ、おはよ。・・・あれ?」

二日酔いの気配もなく、気分良く目が覚めた優菜は横でむっつりとうつ伏せている志郎に気がついた。

「・・・おはよじゃねぇわ」

「ん?私ちゃんとパジャマ着てたんだ。記憶ないけど」

「・・・俺が着せた」

「え?そうなの?ありがと」

「ありがとだと?」

素直に礼を言った優菜に弾かれたように志郎は起き上がると、いきなり優菜に伸しかかる。

「おま、夕べ俺がどんなに我慢したか、分かってねぇっしょ?せっかく準備満タンで・・・」

「準備万端」

「あ、そうか・・・じゃねぇっ!あんなところで眠っちまいやがって、風邪ひいたらどうすんだよって突っ込みながら着替えさせた俺の切なさったらねぇぞ。好きな女、裸にひん剥いて何にも出来ないなんて・・・ジゴクだ」

その事気の事思い出したのか、志郎は情けなさそうに眉を下げている。心なしか目が赤い。

「・・・ごめんね」

「・・・だぞ。すんげぇ無防備なお前見ながら、指一本出さなかった俺を褒めてくれ」

「ほんとに出さなかったの?」

「あ・・・いや、実はちょっとだけ・・・って!本気で出したら止まんねえからセーブしたんだっちゅうに!・・・おかげで眠れんかった」

「あらら・・・」

「ったく、紳士だっつーのも考えもんだよ。お前の事を思ってだな・・・」

本当は無理強いした後の優菜が怖かっただけの事であるが。

「ありがと」

「礼なら今くれ」

そう言って志郎はパジャマを着ていない体を優菜に示した。

「紳士じゃないの?」

くすくす笑いながら優菜は志郎の頬に両手を添える。

「金輪際、紳士は廃業だ」

口惜しそうに志郎は宣言し、先ずはというように腕で細い首を抱き寄せると口づけの雨を降らせた。

「今日は一歩も外にださねぇからな。覚悟しな」

紳士の皮を被った無頼か、はたまたその逆か―――どっちにしろ”草食系”ではなさそうではある。宣言通り、志郎は一晩中おあずけを喰らった獲物に襲い掛かった。

「わ!し、志郎ってば!クリスマスの本来の意味はね・・・」

「こ―ゆー事をする日なんだ!」

真新しいシーツは程良く温まっている。

ここがこれからの二人の巣なのであった。



Happy Christmas to lover !











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茜でクリスマスものを書くのもこれで三回目なんですね。そろそろ打ち止めですかね。読んでくださってありがとうございました。よかったらTOPのフォームより一言くださると、とても嬉しく思います。拍手でもコメントできますので、よろしければ是非。


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