想い出は波のように
「なぁ、前から聞きたかったんだけど・・・」
志郎はそれまで聴いていたポッドのイヤホンを外し、しばらく天井を見ていた。そして、やおら行儀悪く寝そべっていたクッションの上に肘をつき、傍らの優菜を見上げて言った。言ったとたんに「あ、やべぇ」と後悔する。
彼女は小さなテーブルの上にノートを広げ、勉強に余念がなかった。もうすぐ二学期が始まる。6年生の授業は初めてなので、しっかりと準備をしておかないと落ち着かないから、しばらく放っておいてと、先ほど厳しく言われていたのだ。手持無沙汰になった志郎は仕方なく暇をもてあまし、めったに聴かない音楽を聞くともなしに聞いていたのだった。
「んん〜?」
てっきり怒られると思った志郎だが、軽い返事が返ってきた。もっとも、振り向いてくれた訳ではないが。これなら少しかまってもらえそうだと、志郎は腕を伸ばして長い髪を弄んだ。
「ラプンツェルって何?」
「ええ!?」
驚いたように優菜は振り向いた。ラグの上にだらしなく寝そべった志郎はそれを満足そうに見上げる。
「どうしてあなたがそんなことを知ってるの?」
「知らない。だから聞いてるんだ」
「だって、どこからラプンツェルなんて言葉を仕入れてきたの?」
「お前から」
「え!私?そんなこと言った覚えないけど・・・」
今度こそ体の向きを変え、相変わらず自分の髪をいじっている志郎を見つめる。
「言ったさ。10年以上前にな」
「・・・・・・」
「なぁ、教えてくれよ」
「・・・ネットで見たら?」
「いやだ。お前から教えてほしい」
「・・・・・・」
「なぁ」
「・・・笑わない?」
「笑わない」
「ラプンツェルって言うのはね。グリム童話のお姫様のこと。和訳では『髪長姫』とも言うけれど・・・」
「へぇ〜、髪長姫か・・・どんな話なんだ?」
「本当のお話はよく知らないんだけど、昔私が読んだ童話では塔の上に閉じ込められたお姫様が、自分の長い金の髪を編んで垂らし、王子様がそれをつたって会いに来るの」
「髪をつたって・・・そらすごいな。愛の力でか」
「ええ。その絵本の挿絵がすごくロマンチックで私、すごく憧れてね・・・『ラプンツェル、ラプンツェル、金の梯子を編んでおくれ・・・』ってね」
夢見るように優菜は睫毛をそよがせる。
「ふ〜ん・・・それでお前、ずっと髪を伸ばしていたのか?」
「え!?なんで知っているの?」
「だからお前が言ったんだよ。昔、小学校の時。なんで髪を伸ばしてるんだって聞いたら、ラプンツェルみたいだからって言っててさ」
「そんなことを私が?」
「ああ、俺、何のこったかさっぱりでさ、聞くのも癪だし黙ってた」
「そんなことずっと覚えてたの?」
「ああ。時々思い出してた。いったい何のことだろうってさ、そんでお前のことを思い出してた」
「・・・・・・なんで、今頃そんなことを?」
「いや・・・その・・・たまたま今、SASの『栞のテーマ』聴いててさ・・・知ってる?」
「さぁ、急には思い出せないな・・・どんな歌だっけ、歌ってみて?」
「俺は歌えねぇ・・・音痴だからな。歌の雰囲気壊してしまう。だけど、歌の最初にやっぱり長い髪の事を歌っててさ・・・・・その歌を耳にする度、お前のことを思い出してたんだ」
「・・・・・・」
「いや、いつもは忘れてんだぜ?それはもうすっかりと。だけど、その歌聴いたり、ふとした拍子にラプンツェルって言葉を思い出したりして・・・お前の顔が浮かんでくるんだ。ああそうだ・・・すごいきれいな夕焼けとか見ても・・・な」
「私・・・?小学校の時の?」
志郎を真上から覗きこんで、囁くように優菜が聞く。
「ああ」
志郎は自分の周りに流れてくる髪を一房掬い取って口づけた。
「去年の春、偶然お前を見つけなかったら俺、どうなってたんだろう?適当に暮らして、その辺の女と適当に楽しくやってたのかな?」
「そうじゃない?」
「・・・そうかもな・・・けど、そう考えたら、すげぇ怖いな」
「なんで?」
「なんでって・・・そりゃぁお前、わかんだろ?」
「わかんない。なんで?」
優菜は本当に分からないらしく、珍しく聞きたがる。
「・・・優菜、キスして」
「なっ・・・急に何?」
「してくれたら教えてやる」
「仕事中なのに」
「キスして」
「・・・」
ワガママねと言うように、優菜はくすりと唇を上げ、それでもゆっくり顔が降りてくる。目を閉じて志郎は待った。優菜はやわらかく、やわらかく志郎のそれに触れた。
小鳥が
啄ばむように、軽く触れて離れようとした優菜を、志郎は片手で首筋をおさえる。そして指で髪を梳きながらがっしりと頭を抱えこんだ。
口づけが深くなる。
志郎はもう片方の手でラグに手をついていた優菜の肘を掴み、自分の方へ引き倒した。
「きゃ」
弾みで唇が離れる。志郎はしっかりと優菜の頬を、自分の胸に押しつけながら考えた。
「なんでかって言うとさ・・・」
「うん」
「マジ怖ぇよ。もしお前に会えなかったら、俺、テキトウに生きながら、歌や夕焼けに出会う度、お前を思い出すんだ。そんでラプンツェルってなんだろうって首を傾げるんだ、ずっと、ずっと。うわ〜〜〜切ねぇ〜」
仰のけの志郎は両腕に優菜を抱き込んで情けない声を上げた。
「お前、どこにも行くなよ」
「行かないわ」
「絶対だぞ」
「行かない。志郎のそばにいる」
「ありがてぇ」
優菜を腕に抱えたまま、志郎は体をぐるんと反転させた。
「・・・じゃ、そう言うことで。イタダキマス」
「あ!私仕事中なんだった。失礼!」
優菜は志郎のよく知る断固とした目つきで彼を封じ込めると、器用に重い体の隙間を縫って、よじよじと這い出た。
「今夜中にこの単元をさらっておかなくっちゃ。言うまでもないけど邪魔しないでね」
「・・・・・・あの・・・優菜さん?」
「静かに」
未練たらしく手を伸ばしてくる志郎をきれいにシカトして、優菜は一気に仕事に没頭する。
「優菜さ〜〜〜ん。ゆ〜〜なちゃあ〜〜〜ん。今の俺の話聞いてなかった?10年間、優菜さんを思い出してたんですけど・・・」
「え〜〜と・・・この図は自分で書かせた方がいいかな?チェックしておこう・・・こっちのグラフはプリントにして・・・」
「〜〜〜〜〜〜〜っ」
大きな体をラグの上で丸め、志郎はつれない恋人を恨めしげに見上げた。
彼が繰り返し思い返していた長い髪は、誘うように揺れながらも、その後優菜はしばらく振り向いてはくれなかったのだった。
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今日久々に一番初めのEPを読み返していて、その時SASのライブをやっていて急に思いついたSSです。グリム童話の「ラプンツェル」は結構怖い話だそうです。SASの「栞のテーマは」はあまりにも有名ですね。それにしても志郎君、昔も今も意外と切ないんですねぇ。よかったら一言ドゾ!