茜色は君の色 9





「はーい。みんな金バサミとビニール袋持ったね?じゃあ、さっきの注意を守ってはじめ〜〜い!」



藤木のよく通るテノールが、透き通った青空の下に響いた。

その声を合図に、雑草がそこここに生え始めた神社の境内に整列していた200人近くの小学生がわらわらと散ってゆく。これからゴミ拾いをするというのに、心なしか皆楽しそうだった。





アドプト・リバー・プログラム



中止になったマラソン大会のかわりに葛の葉小学校の高学年部が企画した物だった。

アドプトとは元来「養子縁組」の意味で、市民グループや学校、企業などが、その地域の河川や道路の清掃や緑化活動等を自主的に行うというものだ。道路の場合はアドプト・ロードと言われる。

自治体は、その団体がボランティア活動を行う地区に対して認定証を交付し、後援することになっている。

公的機関が行うだけでは手が回らない細かい部分まで、地元の人たちで美化、管理することにより、人々の環境に関する意識を高める。つまり、文字通り、川や道の「里親」になるという活動の総称である。

葛の葉小学校は去年から、市に申請して近所の川とその付近の道でこの取り組みを行っているが、今回はハイキングを兼ね、少し規模を大きくしてお弁当を持っていつもの活動場所の少し上流まで出かけ、ほぼ一日がかりで行うことになった。

今年の冬は厳しく、インフルエンザも流行し、楽しい行事も少なくなった。子ども達の間に目に見えないストレスが溜まっていると判断した藤木が職員会議で提案し、高学年で実施することにしたのだ。

学年末の忙しい時期に、わざわざ校外行事などを企画してと眉をひそめる動きがなかった訳ではないが、藤木は独自で、ねらい・活動内容を記した計画書を書き、校長に談判して職員会議の案件に加えてもらえるように動いたのを優菜も知っていて、応援していたから今日のその実現は大変嬉しい気持ちだった。

学級会で聞いてみても、子ども達は春の気配を漂わせ始めた野山に大手を振って出れるとわかって賛成の声が多くでたのだ。





三月に入ってめきめきと春らしい日が続き、雨もよく降ったため、休耕地や道端には一気に緑があふれ始めた。

職員会議では結局、遠出をするのは5・6年だけと決まったが、二人で話し合って準備をしてきた藤木と優菜は満足だった。

学校から川を遡り一時間ほど歩いたところに、有名なハイキングコースにもなっている歴史の散歩道があり、春の観光シーズンの前に付近のゴミを掃除しようということになった。もっとも下見で回った感じでは、観光コースそのものは、さすがに自治体の管理下にあるため、ゴミのようなものはあまり落ちていなかった。

その為、コースから少し離れたあまり有名でない神社を中心に、その周りの道や川で行うことに決め、活動範囲の地図も作った。本部は神社境内の休憩所を借り、教頭と、養護教諭が常駐することになった。





「よく晴れてあったかくてよかったですね」

優菜は着ていたジャケットを脱いで、腰に巻きながら藤木を振り返った。

「ああ、体もよく動くし作業もはかどる。こりゃ、ちょっとサービスしてお昼を早めにしてやったほうがいいかもな」

藤木も軍手で汗を拭きながら笑った。その言葉通り、ところどころタンポポが芽吹き出した神社裏の川辺の道には、白い体操服を着た子ども達がはしゃぎまわっている。この付近は5年生の持ち場だった。

「あら?はじめからそのつもりだったんじゃないですか?」

主任の永嶋がさすがの観察眼を見せる。

「うへっ?違います、違います。ほら、このあたりは大分きれいになりましたよ。だからです」

「ほんとかしらねぇ。自分がお腹減っただけって言う気もするけど・・・ほら、子ども達だけじゃなくて、お年寄りのグループもさっきから頑張っていらっしゃるわよ」

「ああ・・・ほんとうですね」

優菜も頷いた。

恐らく近所の町内会・・・というより老人会の行事と重なったのだろうか?子ども達に混じってゴミを拾ったり、雑草を抜いたりしている人々はすべてが年配の人たちで時折子ども達に声をかけながら一緒になって働いていた。

「よぉし。じゃあ声をかけますね。お〜〜〜い、5年生よく聞け!後30分で休憩にしま〜〜す!あと少しだから、頑張ってください!ビニールがいっぱいになった人は手を上げて!」

藤木が持っていたメガホンで叫んだ。

「はーい!」

「こっちも〜〜」

一番遠くで作業をしている優菜のクラスの何人かが手を上げた。

「うわ。私のクラスあんなに遠くまでいっちゃってる。土手でふざけているのは誰かしら?私、ちょっと行って来ます」

「はい、ごくろうさん。あ〜〜ありゃ、鹿島だな。わ!コケたぞ!あいつ・・・・あ〜あ、そばのおじいさんに助けてもらってるよ」

藤木は優菜にビニール袋を手渡しながら、目を凝らした。

「きゃ!もう〜〜何やってんだか」

すぐさま優菜が軽やかに走っていった。





「ねぇ?羽山先生最近楽しそうね。来たばかりのときは真面目なばかりで、少しが影があるお嬢さんな印象だったけど」

またしても永嶋はベテランらしい洞察を見せる。

「あ〜〜、そうですねぇ」

嬉しそうに藤木も頷く。

「あらぁ、私は藤木先生が関係しているのかな〜〜って思ったんだけど?」

意味ありげに笑いながら永嶋は尋ねた。

「うあっ?何言ってんですか?永嶋先生、違いますよ」

「はいはい、それでもいいですよ」

メガホンを片付けながら、永嶋は軽く流した。

「ほんまに違うんですよ〜〜。あ〜〜〜いや、そうだったらいいなって思いますけど、マジ違うんです」

藤木は本気で慌てたようだった。同じことを優菜に聞かれたらたまった物ではない。

「へぇ〜〜〜」

興味津々で永嶋はやたらと語尾を伸ばす。

「いや、マジで。彼女には・・・・・・・いやその」

「なになに?」

「せんせぇ〜〜〜、武藤さんが金バサミ川に落っことしました〜〜〜」

「おっ!そうか、センセイが拾ってやる。怪我しなかったか?」

藤木のクラスの女子が情けなさそうに言いに来たことを幸いに、藤木は慌てて優菜と反対側に走っていった。

「春だわねぇ・・・」

若い二人の同僚を見やって、永嶋は楽しそうに腰を伸ばした。







「スミマセン!ご迷惑を・・・・・・ちょっと鹿島君、大丈夫?怪我は?」

「あ〜〜、センセイ。滑っちったよ〜〜〜」

優菜は雑草が萌え始めた土手の下に座り込んでいる鹿島君を覗き込んだ。

「コイツ、亀みっけたんだ」

「割とでっかい緑亀だったからなぁ」

「も、見えないな」

周りの男子達がごみ拾いを放りっ放しにして寄ってくる。

「アンタが担任かいね?」

そばに立って珍しそうに少年達と優菜を眺めていた老人が声をかけた。

「はい。すみません。児童を助けていただき、ありがとうございます」

「なに、勢いよく滑り降りてきたから、川に突っ込まんように首根っこを掴んだだけだがな」

優菜が老人を見ると、確かに武道でもやっていそうな姿勢のいいカクシャクとしたおじいさんだった。

「だけども先生、ちゃんと見ておかんとダメじゃないか」

老人は咎めるように渋面をつくり、優菜に苦言を呈する。

「その通りでした。申し訳ありません。これからは持ち場を離れないようにします」

「そうしなさい」

優菜が首から下げた名札を無遠慮に見ながら老人は頷いた。

「なんだ、この爺ぃ、えっらそうだなぁ。ウチのお爺みたいだ」

鹿島君が聞こえよがしにつぶやく。優菜はびっくりして振り向いた。鹿島君は地の子どもで決して悪い子ではないが、大家族で兄弟が多く、打たれ慣れしている分、口が悪い。

「鹿島君!」

「だってさぁ・・・」鹿島君はえいやっと立ち上がった。

「鹿島・・・鹿島って池端下松の鹿島かね?」

老人が鹿島君のたいそう服のゼッケンを見ながら尋ねた。池端下松(いけはたさがりまつ)というのは、現在使われている町名ではないが、校区の大きな溜め池付近の農地の古くからの呼び名である。昔そこに大きな松が立っていたらしい。

「そうだけど?爺ちゃん、なんで俺んち知ってんの?」

「お前の爺ちゃんは新作かね?それとも寛治かね?」

老人は重ねて尋ねる。

「寛治だけど?」

鹿島君はぽかんとしている。

「そうか、寛治か。それならわしの後輩だ」

「は?ウチの爺ちゃんが、爺さんの後輩?」

「そう、6年後輩。小学校の頃はよく泣かしてやったもんだわい」

「泣かしたって?あの怖ぇ爺ちゃんを?」

よほど驚いたのか、鹿島君は周りの男子が引いてしまうほどの大声を上げて老人を見上げた。

「うん、寛治は気が強ぅてな。わしら大きな先輩にも平気で突っかかってきよった。お前のようにな」

「ほぇ〜〜〜〜爺さん、すごいやんけ」

「ほんまだぁ。あの怖いカッシンの爺ちゃんをなぁ」

周りの男子も異口同音に感心している。鹿島君の祖父はよっぽど子ども達に恐れられているらしい。そういえばこの春、階段の手摺を駆け下りて怪我をした彼を、優菜が家まで送っていった際、申し訳ありませんでしたと謝る優菜の目の前で孫に拳骨を食らわせ、大泣きをさせた事を思い出した。



―ああ、あのときの怖いお爺さんを、子供の頃に泣かしていたお爺さん・・・そして苗字だけで、どこの子どもかわかる土地柄。



優菜はおかしくなった。

「なんだな?先生、なにがおかしかったかな?」

目の前の老人が優菜をじろりと見下ろした。優菜は慌ててこぼれかけた微笑をひっこめる。

「あ、スミマセン。いえ、私、小さい頃は転校ばかりしていて、身内も少ないし、今のお話はとってもすばらしいなぁって思ってしまって・・・」

「ほう、先生はこっちの人じゃないのかね?」

「はい。今となってはどこが故郷なのかもわからないくらい転々としていて・・・」

悪びれずに優菜は答えた。そのままゆっくりと土手を登る。わぁわぁ言っていた鹿島君たちは我先に登り始めてあっという間に見えなくなった。

「せんせぇ〜〜〜!ビニール袋〜〜!」

真面目な女子達が、いっぱいになったビニール袋を指差して優菜に手を振った。

「うわぁ〜!がんばったね?新しい袋、いる?もうすぐお昼だけど」

「はぁい、私達あと少しやっちゃいまぁ〜す!」

優菜が新しいビニール袋を渡すと、少女達は笑いさざめきながら楽しそうに作業を始めた。

「私ももう少しやろうっと」

優菜は下ろしていた髪をゴムで結わえて帽子をかぶりなおした。

「せんせぇ、こっちで一緒にやろうよ〜」

「あそこに大きな雑草があってなかなか抜けないの」

「はいはい」



「・・・仕事は楽しいかな?」

満足そうに子ども達を見やる優菜の後ろから、又老人が声をかけた。優菜は少し驚いて振り向く。





白い頬がうっすらと紅潮している。紅も引いていない唇の端が持ち上がる。



「はい!とっても」



心からの返答だった。








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鹿島君は「セピア色の再会」で一度登場しているんです(名前は出てこないけど)。褒めてください。ちゃぁんと伏線を拾えました。エラいぞ、私(←ウソです。偶然です)。鹿島君のイメージは某野球漫画の4番バッターな感じで、ひとつ。







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