茜色は君の色 8







「・・・じゃあ、もうあそこは買うことにしたんだな」

「親父にはそう言った」

志郎はパソコンに向かって商品の流れを今よりもっとスムーズに出来るかどうか、注文から搬入、在庫、蔵出しといった物流の流れを書き出しているところだった。

まだまだ、無駄が多い。それはまず、200種類以上にもなった商品の伝票の確認システムがきちんと出来ていない事だ、と志郎は気がついた。何がいつどれだけ入荷したかを従業員で共通理解できていないため、無駄な確認作業が多くなることや、ひどいときには重複して注文していることさえある。

又、入荷してきた物がとりあえず来た順に置いておかれる為、やはり確認に時間が取られる。酒類はまだいいが、細かい食料品等も箱ごと行き当たりばったりに倉庫に積み上げられている。あまり需要のないもの等はそのうちに賞味期限が近くなり、利益のほとんどないセールで掃いてしまうことも少なくなかった。

「あのあたりは今後開発されて大規模なマンションが建つということだし、大学の移転先の候補にもなってる。見込みは十分ある」

「じゃあ、統合か?」

「そういうことになる。M駅店は売りに出す」

冬木リカーショップは現在三店舗あり、内、一番大きく古いのが優菜の小学校の校区のこの店だ。こことM駅店は志郎と悟郎で切り盛りしている。M駅店は二つ先の駅前店だが、駅の規模も小さく、そんなに多くの売り上げは今後も見込めない。新しい道路ができ、そこに大規模点を作ったとしても割合近くにあるので客足は伸びるはずだった。

一方、兄弟の父はもう少し郊外の国道沿いの店を担当している。といっても、営業だけで実際の仕入れ等はほとんど悟郎や、最近では志郎が行っている。この店は立地が立地だけにほとんど固定客で、そう多くの利益は得られない代わりにコンスタントに収益があり、従業員も少なくて済むため、当分はこのまま置いておいてもよさそうだった。

つまり、冬木リカーショップは規模を拡大しつつ、三店舗の現場を持つことになる。

「親父は新しい店を志郎に任せてみてもいいんじゃないかって言っていたぞ」

悟郎は最近では頼もしい片腕になってきた志郎に話を向けた。

「らしいな、俺にもちょっと聞かれた」

「お前なんて答えたんだ?」

「どっちでもいいって言っといた」

志郎はパソコンの画面を見たまま、ぶっきらぼうに答える。

「おいおい、優柔不断だな」

「あんまり忙しくなりすぎるのは嫌なんだ。商売はそこそこ面白いけど、そんなに儲けなくてもいいし・・・」

考え込みながら志郎は言った。

「だけど、この二年間俺が見ててもお前、かなり成長したぞ。学生時代は何考えてるかサッパリだったけどな」

「・・・・・・・・・」

悟郎の言葉を受けて、志郎はちょっと考えたようだった。太い首を傾けながら、事務椅子をくるりと回転させた。

「兄貴、本当にそう思う?」

「え?」

「俺、少しはしっかりしてきた?」

「何だよ、急に。・・・俺は世辞を言った覚えはないよ。お前、商売の才能あるって。もしかしたら俺よりあるかもよ」

いつにない志郎の強い目線に面食らいながら悟郎は弟を見つめた。

「兄貴、ちょっと話があるんだけど、いいか?それとも早く家に帰りたい?」

探るように兄を見つめたまま、志郎は用心深く切り出す。

「ああ?なんだ。別に構わんぞ」

めずらしいな、と悟郎は又も少し驚いた。



「お疲れさんです、上がります」

「おいっす〜〜シツレイします」

「おお!ご苦労さん」

店先の商品を格納してシャッターを閉めたバイトの青年達が、事務所を覗いて悟郎と志郎に挨拶して帰ってゆく。それらに適当に相槌を打って悟郎は再び志郎に向き合った。





「あのさ・・・」

言いかけたはいいが、早速志郎は口ごもった。

「なんだ・・・?店のことじゃないのか」

「・・・・・・」

「ん?」

「好きな女がいる」

「・・・・・・」

今度は悟郎が黙る番だった。



兄の悟郎から見ても、体格のいい志郎はいい男である。

筋肉質な長身、長い手足。決して甘いタイプのイケメンではないが、通った鼻筋に意志の強そうな瞳。たとえて言うならアイドルではなく、アクション俳優タイプか。

昔から勉強も運動も出来、女の子によくもてた。高校生の頃はそのとき付き合っていた女の子からしょっちゅう電話がかかってきたし、首都圏の大学に通っていた頃は休みになっても帰ってこず、真面目な悟郎とは一時期疎遠であった。母親が言うには外国を含め、あちこち遊び歩いていたと言うことだった。

学生時代に遊びつくしたせいか、田舎に呼び戻し、店を手伝わせてからは落ち着いて仕事に面白さを見出したようなので両親は安堵していた。

おまけに田端頼子と言う理想的な彼女まで出来、志郎にしては珍しく1年くらい付き合っていたから、このままおとなしく着地するのかと思ってたら半年ほど前に別れたと言う。

弟の恋愛事情などあまり興味もないし、口出しするつもりもなかったが、相手は一応この地方の地場産業の会社経営者の身内の娘だったから、すっかり出来上がっていた母親などは大いに憤慨し、どうにか説得してくれと悟郎に泣きついてきたときもあった。



「なんで、俺にそんなこと言うんだ?今までそんなことなかったろ?」

「兄貴を味方につけたいと思って」

意外なことを志郎は口にする。

「どういうことだ?」

この弟がこんな殊勝なことを言い出すとは思っていなかった悟郎は興味を覚えて聞いてみた。

「もしかして訳アリのオンナなのか?」

「そんなことはない。兄貴も知ってるだろう、小学校の先生だよ。羽山優菜っていうんだ」

「羽山・・・羽山って、ああ、前にここに子どもをよこしたあのキレイなセンセイのことか」

「ああそう」

「へぇえ〜〜〜〜〜、あのセンセイとお前がねぇ・・・それが何で俺が味方に要るんだ?」

「・・・・・・味方って言うか・・・俺は気にしないんだけど、アイツ身寄りがあんまりいないんだ」

「身寄りがないって・・・?」

「まぁ、端的に言えば天涯孤独って言うか・・・遠くに親戚はいるらしいけど・・・まぁ昔風に言えばみなしごっていうのかな?」

「ご両親とかも?」

すっかり興味を覚えて悟郎は尋ねた。

「ああ、子供の頃に亡くなってて、18歳までは親戚の家に厄介になったって言ってた」

「それは気の毒だな・・・待てよ?お前あの先生と幼馴染だって言ってなかったか?」

悟郎は思い出してきたらしく、志郎の様子を探りながら何気なく聞いた。

「ああ、小学校のときな。3年間だけ。アイツ母親亡くして転校していったから」

「そん時から知ってたんだな?」

「・・・・・・ああ」

低い志郎の返事にわずかな苦々しさを嗅ぎ取り、悟郎は改めてじっくりと弟を見た。

「お前・・・・・・ひょっとしてずっと・・・?」

「ともかく!」

志郎は余計な詮索をするなといわんばかりに兄を遮る。

「親父はともかく、お袋は俺が頼子をソデにしたことを未だにぐちぐち思っているらしくて、時々まだ俺に嫌味を言うんだぜ」

吐き出すように言って志郎は唇を噛んだ。

「せっかくの良縁だったのにって・・・いつの時代だよ?ともかく、そんなとこにいくらしっかりした真面目な性格で、立派に小学校の教師をしてると言っても、両親もいないアイツの事を、はぁさいでって受け止めてもらえるとは思えない」

「確かに。お袋はなぁ・・・・・だが・・・・・・ってことはお前、本気なんだな?」

珍しくよくしゃべる志郎に面食らいながら悟郎は核心を突く。

「無論」

照れるかと思ったら意外にもあっさりと志郎は認めた。

「ふぅ〜〜〜ん」

これはどうやら本当に本気らしいと悟った悟郎は立ち上がり、考え込みながら狭い事務所の中を歩き回った。

考えてみたら、この6つ年の離れた弟が自分に何かを相談するなんて初めてのことかもしれなかった。どちらかと言えばおとなしい性格の悟郎は、運動よりも自室で何かを作ったり本を読むほうが好きで、幼い頃も志郎とキャッチボール等をして遊んだ記憶がない。

その弟が自分に味方になって欲しいという。

羽山優菜という先生の事は去年の夏ごろ、職業体験学習でこの店に児童を連れてきたときの記憶しかない。きれいで優しそうな印象だった。その後、確か志郎から借りたものを返しに来たことがあったような気がする。もしかしたら、そのときから付き合っていたのだろうか?

そのあたりは定かではないが、かつては派手に遊び、それなりに女性を見る目は自分よりあるだろうと、そういう意味では弟のことを悟郎は認めている。その彼にここまで言わせる女性なのだ。このことはきちんと受け止めなければと思った。




「・・・で、兄貴」

「うん?」

「兄貴はどうおもってんの?反対せんの?」

「せんよ、せん。ってか、お前がそこまで思ってるんなら俺が口を挟む筋合いじゃない。あのセンセイはしっかりした感じのよさそうな人だったしな。田端の娘とはえらく違うタイプだけど。そっちはもういいのか?」

「大丈夫だ。後腐れはない。きちんと話した。今でもメールは来るけど、アイツもいろいろ始めたらしいし、忙しそうだ」

志郎らしく余計な説明はせず、ぽきぽきと短い言葉で自信を持って頷く。

「本当か?オンナは怖ぇぞ」

「アイツはそんな奴じゃない。見た目は軽薄に見えるけど」

「そんならいいが」

「俺さ、今度爺ちゃんにも言おうと思ってんだ」

「あああ、そうだな。お袋に言うより先にそっちのほうがいいかもな。お前は爺ちゃんのお気に入りだったし。彼女は連れて行くのか?」

「行かない。言ってみたけど、振られた」

「振られる、お前が!」

悟郎は頓狂な声を上げた。

「茶化すな。まだ、気後れがするって言ってた。ウチが旧家だってんで。どうでもいいことを気にするんだ、アイツ」

「いやぁ、身寄りのない女性にとってはそういうもんだと思うよ」

さすがに年の功で悟郎は優菜の立場に理解を示す。

「何しろ自分の後ろ盾になってくれるものが何もないんだから。だからこそしっかりした女性だって思うんだけどな」

「しっかりしすぎだよ・・・付け込む隙もありゃしねぇ・・・・・・」

悟郎に聞こえないように志郎は口の中でつぶやいた。

「え?なんだって?まぁいい。そんじゃ早速、次の日曜にでも爺ちゃんのところに言って来い。店の折り合いはつけてやる。あの人もたいがい忙しいからちゃんとアポを取ってから行くんだぞ」

「わかった」

祖父はきちんと筋を通すことには頑固だが、決して融通の利かない頑迷な人物ではない。祖父に話を通してもし理解が得られ、それから母に話したら母も懐柔できるかもしれないと、志郎は考えた。

「親父は爺ちゃんがOKなら特に心配ないと思うよ。ついでにお前が新しい店をやるって明言したら大喜びで賛成するさ。好きな女できて、しっかりしたとこ見せろよ」

「そんな理由で新しい店やるっていうのかよ?」

「立派な理由だよ。ああそんで、一度ウチにもその彼女を連れてこいよ。離れのほうから入りゃそんなに気もつかわんだろ?ウチは嫁とチビだけだし」

「ありがとう。そうさせてもらう」

志郎は頭を下げた。

「よせって、キモチ悪い。・・・それに俺だって興味がある」

「何に?」

「お前をここまで本気にさせたそのセンセイってヒトにさ」








               ○●○●○●○●○●○●○







志郎サイドのお話。私には男兄弟がいないので、なかなか会話が大変でした。






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