茜色は君の色 6
「うえ〜〜〜っ・・・うっうっ」
皆が出て行ってから今までの強気がウソのように奈緒は泣き出した。
「・・・・・・」
優菜は怒っていないことを示すために奈緒の肩をやさしく叩いた。そうしてしばらく待ってみようとそばのパイプ椅子を引き寄せた。
カウンセリングのセオリー通り、真正面には座らずに、横に腰掛ける。
声をころすわけでもなく、かといって声を上げて泣くわけでもない甲高い啜り泣きがしばらく続いた。それはいかにも思春期の入り口に立ちかけた少女の声だと優菜は思った。自分が怒っていないことを示すために、ゆっくりと背中をさすりながら優菜はその細さに痛々しさを感じる。
「だって・・・・・・ま、前に・・・すごく嫌なことがあって・・・私すごい弱くて・・・自分がすごい嫌いで・・・今度の学校では絶対に弱くなりたくないって思って・・・・・・」
しばらくして、鼻をすすり上げながら奈緒はようやく話し出した。最初はつっかえながらだったが、最後の言葉は早口でまくし立てられた。
「嫌なことって・・・?もしも嫌じゃなかったら、話してくれる?」
優菜は低い静かな声でたずねた。
「・・・・・・私・・・好き嫌い多く・・・・て、前の学校では給食ほとんど毎日残してたら・・・」
「うん」
「クラスの一人の男子がすごく意地悪で、私の食器だけわざといっぱい入れて・・・・すごっ・・・山盛りに・・・・・・・そんで食べられなくて、一回は・・・吐いたことあって・・・・・・そしたらそれからみんなに汚いって言われて・・・・・・でも私、何にも言えなくて・・・・そしたら、どんどん喋ってくれる子いなくなって」
「友達は?」
「いたけど、だんだん口をきいてくれなくなって・・・多分私と仲良くしたらいじめられるから・・・でも最後にはその子まで無視してきて・・・・・・陰で悪口とか言ってたって・・・・・・」
「まぁひどい・・・お母さんには話さなかったの?先生には?」
「お母さんはその頃働いてたから・・・あんまり家にいなくて・・・心・・・配かけたくなかったし。先生のこともあんまり好きじゃなかったから言わなかった・・・・・・・」
「そんな・・・・・・しんどかったのね」
一度言い出してしまうと堰を切ったように奈緒はしゃべりだした。今まで苦しくて仕方がなかったのだろう。
「だから、ここじゃ、給食を自分で入れさしてくれるんで、すごい嬉しかった。からかわれないように、なるべく少しだけ入れて飲み込んで食べてたんです。そうすれば目立たないって思ったから」
「うん、そうしてたね?がんばってたんだ」
「そんで、前に仲の良かった子も、吐いてからすごい私をシカトしたからもう、仲のいい子は作らないほうがいいって思って・・・・・・」
「・・・・・・・」
「テキトウにやっとくほうが、後で悲しくならなくっていいって、話しかけてくる女子ともあんまり喋らないようにして・・・・・・」
「それは・・・」
「それに、なんかここじゃ、男子も女子も仲良くって入っていけない気がしたし・・・」
少し落ち着いてきたのか、しゃくりあげるのが収まってきた奈緒はうな垂れながらもしっかりと話し出した。
「うん。でもね、それはちょっと勘違いしているかもしれないわ」
「・・・ウン。横山だって、本当はいい子だって知ってたんです。結構やさしいし、だけど、うっとおしかった。あんまり何でも出来るし、友達が多くていつも楽しそうだったし・・・そんで今日・・・・・・長いこと休んでたんで、めっちゃ気合入れて学校行ったのに、なんかイキナリ説教みたいに言ってきたんで、すごくムカついて・・・」
「・・・・・・」
なんか、かつての自分のことを聞いているみたいで、優菜は大変居心地が悪かった。優菜も志郎の事をそう思って嫌っていた。もっとも、贔屓目にみても横山君より、志郎の方が悪ガキだったと断言できるが・・・。優菜は自分の恋人のことを無慈悲に分析した。
「うん、よくわかるよ、水島さん!」
「え・・・?」
思わず力強く肯定してしまった優菜を不思議そうに奈緒は見つめた。
「え?や・・・えっと、え〜、昔、先生もそういうことあったから・・・だけども・・・うん、わかるんだけど、そういうのって公平じゃないよね?」
「・・・・・・」
「横山君はきっと、転校してきたばかりの水島さんのことを気に掛けてくれたんだって思う。お節介かもしれなかったけど、良い気持ちから言ってくれたんだと思う。それをカッとなってお盆で殴ったのは良くなかったね」
「うん、それは・・・はい」
素直に奈緒は頷いた。だが、思い出して自分でもバツが悪いのだろう、ますますうな垂れてしまう。
「そんで、小林さんと、大澤さんの二人が口を出したんだね?あの二人は横山君とも仲がいいし・・・」
こくん、とまた奈緒の頭が下がった。
「普段他の男子はいじめてくる?」
「いじめって言うか、男子はもともと好きじゃないです」
「女子は?小林さんとは普段から気が合わなかったの?」
「っていうか、体育係りなんかをやるような人は人気があって、私なんか・・・」
なかなか、正直に奈緒は物を言った。しかし、もともと奈緒も気が強く、ぽきぽきした性格なんだろうと思う。そう、体育係りに向くような。そういえば小林さんは奈緒が転校してきたはじめの頃はよく面倒を見てあげていた。それを奈緒がテキトウにあしらっていたからそのあたりには腹を立てていたかもしれない。
大体の事情はわかった。優菜は時計を見た。5時間目の授業が始まってから20分が経っている。そろそろ戻らなければいけない。
「わかったわ。一つのお部屋に30人も一緒に生活していると、まぁ、こういうことはたまにあることなんで、先生はよくわかる。別に怒ることでもないしね。でも、今日に起こったことは、今日中に、解決したほうがいいと思うんだ。後で横山君や小林さんたちと話ができる?先生も勿論説明するし」
「・・・・・・・・」
少し時間があいたが、奈緒はこくんと頷いた。
「そう・・・よく決められたね?・・・で、先生はこれから授業に戻るけど、どうする?一緒に戻る?それともこの時間だけ、ここにいる?」
優菜はわかりやすいように選択肢を二つにして聞いた。幸い、今日は5時間でおわる。
「・・・・・ここにいたいです・・・」
「わかったわ。じゃあ、他の先生に様子をみに来てもらうように言っておくからね。後でここにまた横山君を連れてくるから、それまでにちょっと考えておこうか?」
「・・・・・・はい」
「あ・・・まだ寒いね。ごめんね、病み上がりなのに・・・ヒーターこのままつけておくからね。それじゃあ、先生は授業に行ってきます。あんまり考え込まないようにね」
優菜はエアコンのスイッチを少し上げ、ドアを開けながら奈緒に声をかけた。
「・・・・・・せんせい?」
「なぁに?」
「ケンカして・・・・・・ごめんなさい」
小さな声で奈緒が言った
「・・・私に謝れるんなら、大丈夫!きっとうまくいくわ・・・心配しないで、先生に任せて?これでも先生も昔は苛められてたことあるのよ。・・・じゃあ、しばらく待っててね」
明るく言葉をかけて優菜はドアを閉めた。
「ふぅ〜〜〜ん、うまくいってよかったじゃないか。まんま、雨降って地、固まるだよ。まったく子どもって時々すごいな」
「ええ、私もびっくりして」
放課後、学年会議が長引いて帰ってきたら職員室にはもう余り人は残っていなかった。7時前だから当然で、長嶋も歯医者の予約があるといって慌しく帰っていった。
午後遅くからから降り出した雨が本降りになって、今ではさぁさぁと音を立てている。日が長くなったといってもほんの一時そう感じるだけで、暮れ始めたとなると一気に暗く、寒くなる二月の初めだった。
「なんか、あの柔らかさには時々かなわないなぁっていう気がします。」
「まぁ、横山が大人物なんだけどな、大方は。あの水島って転校生はけっこうクセあるだろ?」
優菜が淹れたコーヒーを受け取りながら考え深く藤木が言った。
「女子代表の小林さんも事情を聞くとすごいわかってくれて、自分もきつい喋りかたしたから謝ってくれたんですよ。私思うんだけど、実は小林さんと水島さんは似ているところがあるって思ってたんです」
「そっかぁ〜〜?女子はインシツだぞ?」
「そんな・・・会議でも報告したとおり、彼女は不器用で、感情表現が上手じゃないのを隠すためにちょっと突っ張ってただけで・・・無理もないと思います。前の学校では苛められて、3学期になって転校してきて、すっかり友人関係が固まったクラスの中に入っていくのはなかなかしんどいことですよ〜」
優菜は自分用に入れた煎茶を啜りながら、こちらも考えながら答える。
「そっか、そんな風に考えられるようになったんなら、羽山先生ももうすっかり一人前かな?」
「茶化さないでください。藤木先生」
「いや、マジで言ってんの。今回は一人でがんばったもん。俺や長嶋センセイに相談もしなかったし」
「そんなことないです。ほとんど横山君のおかげだし」
横山君は勇気を振り絞って謝ってきた奈緒に、気にすんなと逆に励まし、「お前らも仲良くしろ!」女子との仲介役までやってくれたのだった。それがきっかけとなって優菜が奈緒の前の学校でのことを説明できた。小5男子にこんな事が出来るとは思っていなかった優菜はただ驚いて見守っていた。
横山君自身も小2のときに都会から新興住宅地に引っ越してきて、地元の子ども達といろんなことがありながら、遊びもスポーツも全力投球で、今ではどちらの出身の子ども達からも一目置かれるリーダーになっている。
「水島さんだって腹をくくってからはとってもオトコマエだったんです。自分の今までの態度が悪かったって言ってくれたし。給食については、私から事情を説明して、あんまりキビシクしないでって言ったらみんなわかってくれたし」
「それがすごいよ。みんなにわかってもらうように話すのって大変なんだよ」
心底感心したように藤木がほめそやす。優菜は考え込んでしまった。
「う〜〜〜ん。たまたま・・・似たような経験が私にあったから・・・なんとなく説得力があったって言うか・・・どうなんでしょう」
「ああ、あの駅前の酒屋の冬木さんに苛められてたって件?」
藤木は、うつむいてお茶を飲む白い横顔を観察しながら尋ねた。
「・・・・・・」
「図星だろう?そんで、こっちも地が固まっちゃったと」
「!」
はっと顔を上げた優菜に、声を上げて藤木が笑った。それは彼らしい気持ちのよい笑い声だった。
「それはどういう意・・・!」
「まぁまぁ。オレ、これでも教師だもんね。ニンゲンカンサツがおシゴトよぉ」
いつの間にか彼は行儀悪く、椅子の背をはさんで足を組んでいる。
「あの人は昔は知らんが、頼りになるいい人だって。がんばれよ」
事務椅子の背もたれに顎を乗せて藤木がからかった。
「がんばることなんて何もないわ」
つんと顎を上げて優菜も応じた。
「さぁ、すっかり遅くなった。帰ろうか?雨だし、自転車は危ないぞ。とりあえず駅まで送るよ。傘はあるか?」
「はい、ロッカーに置き傘が。あ〜〜〜ホントだ、けっこう降ってきましたね。すみません、じゃあ、お願いします。すぐに着替えてきますね」
藤木の車の中で、優菜はクラスで起きた事を思い返し、聞き上手な藤木に聞いてもらいながら振り返ってみた。奈緒が転校してきてから、いろいろ心配していたことが最後は笑って話せるように済んだことがすごくうれしかった。終わりの会は少し長引いたけれど、今までで一番充実していた。優菜は子ども達の顔を思い出し、少なからず心が温かくなった。
だが、子供というものは水物だ。これからだって何があるかわからない。今回はたまたまうまくいったということだ。それだって一時的なものかもしれないし、水面下で何があるかはこれからも観察していかなくてはならないだろう。
そして、こういうことに関してはさすがに経験値に差があって、藤木はいろいろな事例を知っていた。
二人で話していると道中は短く、車はあっという間に駅前のロータリーに滑り込んだ。ちょうどバスの停留所が空だったので藤木はそこに車を停めた。
「ここからはいじめっ子に送って貰うんだよ?」
礼を述べて傘を広げる優菜を藤木は又からかった。
「藤木先生!私はスーパーに寄って、今夜の夕食を買うだけです!」
優菜は本気でぎょっとする。
「はいはい。遅くならないようにね。じゃあ明日、それじゃあ」
ロータリーをくるりと回って国道の方へ出てゆくグレーの車を優菜は手を振って見送った。
「ったく、しょうがないなぁ・・・・・・・」
ぽん!とその肩が勢いよく叩かれる。
「きゃ!」優菜は文字通り飛び上がった。
「何がきゃ!だ。楽しそうに話しやがって」
振り返ると、鼻の先三センチのところにカーキのジャケットが広がっていた。
「・・・・・・」
「見えなくなるまで笑顔で見送ってんじゃねぇ・・・俺の前で」
大きなこうもり傘の影で志郎の眉間が思い切りくしゃくしゃになっている。
「お店は・・・?」後じさりしながら優菜は聞いた。このあたりで、あまり二人でいるのを見られるのはよろしくない。
「しばらく抜けてきただけだ。めんずらしく、お前からメールが入ったからな」
それは学校を出る直前、更衣室から出したメールのことだ。
「あ・・・ごめんなさい。会議が終わったら雨が降ってきたんで、藤木先生が送ってくれるっておっしゃるものだから、スーパーに寄る口実で、ここで降ろしてもらうことになってて・・・」
「あったりまえだ。雨なんだから仕方がないけど、家まで送らすんじゃないぞ。これからもだ」
志郎も優菜の意図がわかるらしく、文句を言いながらもさりげなく、人通りの多いロータリーから離れる優菜に付き合って歩いてくれている。
「だから、しぶしぶメールをしたんじゃない。そのまま知らない振りして帰ってもよかったんだけど、万が一ここを歩いてるのを志郎が見て、私がシカトしてると思ったら怒ると思って」
「うん、そら怒る。ものごっつい怒る。お前もなかなか成長したな」
「だから、これでもういいでしょ?」
とうに日は落ち、雨がしのついている。駅前とはいえ、ロータリーと商店街の通りを除けば、ほとんど人通りがない。二人は午後休診の医院の裏手の駐車場前で立ち止まった。
「何が?」
「ちゃんと伝えたし・・・私がここを通って帰るって・・・」
「それはいい。けどな、俺ずっと見てたんだ。お前らすんげぇ楽しそうだったな」
「ああ・・・今日はクラスでちょっとした事件があったんだけど、何とかうまく収められたから・・・褒めてもらえた」
それは本当のことだから優菜はちっとも悪びれない。そして彼女はそんなことをごまかさないから、志郎もこれ以上問い詰められない。悔しいが優菜がわざわざメールをくれたことが、馬鹿馬鹿しいくらいにうれしい。
雨降りだからいつものダウンの白いコートは着ていず、ネイビーブルーのスポーツジャケットを着ていたので最初はわからなかったが、他の男ににこやかに手を振る姿を見たときは思わず駆け出しそうになった。
「・・・・・そっか、よかったな。じゃあ、待ってろ。車を取ってくる」
そんなことはおくびにも出さず、志郎はにっと笑った。
「いいの?」
「ったりまえだ。それより、帰ってメシはあるのか?スーパー寄っとくか?」
「大丈夫。ウィークデイは遅くなることもあるから、ちゃんといろいろ買い置きがあるもの。ここで待ってる」
「ん、じゃあちょっと待っとき」
志郎は雨の中に駆けていった。
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まぁ、実際にはこんなに簡単に解決はしないだろうと思います。子ども達の問題はオトナの問題でもありますので。
さて、まだるっこしい恋人達です。