茜色は君の色 









「先生、他にお仕事はないですか?」

水島奈緒は切れ長の涼しげな瞳を上げて優菜に聞いた。彼女は4時間目の算数でつかった立体模型を、優菜と一緒に音楽室から職員室の横の資料室まで運んでくれたところだった。

奈緒は資料室の棚に模型を注意深く置いている。暖房がついていないこの部屋の空気は冷たく、陰気な感じがした。

「う〜〜ん・・・後は特にないなぁ、ありがとうね。いつもわざわざ来てもらって」

「いいんです」

「こっちの学校には慣れた?なんかいやな事とかない?」

優菜は奈緒の視線をやわらかく受け止め、しかし、彼女の表情の変化は逃さないように注意深く構えながら聞いた。

「・・・!今のところ別に・・・では失礼します」

一瞬奈緒の瞳が大きくなった。しかし、すぐにいつもの静かな表情に戻って優菜の質問をやり過ごす。ぴょこんとお辞儀をすると駆け足で資料室から出て行った。

「う〜ん」

優菜は小さく息をついた。奈緒はなかなか用心深い。埃っぽい資料室の鍵を閉めた。



「さぁて」

優菜は数学の授業で使った資料を置くと、ほんのわずかな休憩を取るために自席についた。給食の運搬や配膳は5年生と言うこともあって、児童をかなり信頼して任せられる。勿論いつもこのように休憩するわけにも行かないが、今のように物を置きに帰ってきたときなど、食事が始まるまでの10分弱の時間を職員室で過ごせる場合もあった。

「お疲れさん!」

向かいの席の藤木が声をかける。彼のクラスは4時間目が音楽で5.6年は専科の教師がいるため、この時間は空き時間になっていた。勿論空き時間とはいえ、ゆっくり休めるわけはないのだが。

「コーヒーでも飲む?」

「いいえ、今から給食指導に行くのに、コーヒーの匂いをさせてゆくわけには行きません」

「だよな」藤木はにぃっと笑った。

「あの・・・藤木先生?」

「ん?」

「やっぱり、職員室とか先生の手伝いを好きな子って、なんかありますよね?」

「んん?そうだな・・・やっぱり、クラスにおれない、いたくないっていう子はなんだかんだと理由をつけて職員室に来るかな?うん、確かに要注意だ。誰?」

「水島さん」

「ああ・・・あの転校生か。おとなしくて、礼儀正しい子だよな」

「・・・・・・3学期のこの時期に転校してくるなんて、何かあるって初めは先生も言ってましたよね?」

「ああ、だけど家庭訪問では・・・・・・」

「ええ、こっちに家を建てたんで、向こうで賃貸マンションの家賃を払い続けるのもなんだからって・・・保護者の説明は理にかなっていたから、そんなに気にはしてなかったんですけど・・・」

「うん?」

「だけどさりげなく、私のそばに来ることが多いし、クラスの女子と打ち解けてる様子もあんまり見られなくて・・・なんか気になって・・・」

「彼女がこっちに来たのが1月の末だから、ちょうど1ヶ月か・・・ふむ、なんかあるとしたらそろそろだな。とにかく気になるんだったら自分のカンを信じて、注意したほうがいいかもね」

「はい」

「なんかあったら聞くよ?先輩としてな」

そういうと藤木は大げさににぃ〜〜〜〜っと笑った。伸びをすると立ち上がり、教室に向かう。優菜もざっと机上をかたして、自分の教室に向かった。








「ひょ〜〜〜!今日はチキンカレーだったな。やりっ」


食缶係がゴトンと配膳台に重い食缶を置き、蓋を取るとふわぁっとカレーの匂いが教室中に広がった。給食室で作るカレーはそんなに辛くはないが、ルーから手作りで一度に大量に作るためとてもおいしく、子供たちに人気メニューの一つだ。

児童たちは思い思いに自分の食べきれる量だけおわんによそうことになっている。ルーとご飯は別々に盛るのでやたらとルーの多い者もいるが、お代わりもできるのでてんこ盛りにする者はいない。

「水島お前、そんなちょびっとだけよくよそえるな〜〜」

体格の大きい横山が、スプーンに三さじもすくえばおしまいというよそい方をした奈緒をからかう。

「うわぁ〜〜ほんとうだ!」

「極小じゃんか〜〜〜!」

「そういえばお前、昨日の野菜スープも極小だったなっ!」

男子たちに取り囲まれて奈緒は前に進めない。

「・・・・・・」

黙って聞いていた奈緒は、大げさにUターンして自分の席に着き、ガチャンと音をさせてトレイを机に置いた。汁物だったらきっとこぼれていることだろう。

「うっわ〜〜〜、なんかすごい」

周りで、様子を見ていた女子がひそひそとささやく。

「横山は悪気があって言ったわけじゃないと思うんだけどね〜〜」

「そうそう、横山はいつでもああいう感じだモンね。私らのことだってしょっちゅうからかうし」

「でも水島さんはそう思わなかったらしいね」

「っていうか、水島さんって話しかけてもすぐ終わっちゃうよね」

「一応答えてはくれるけどもね、なんかすごく気を使っちゃう」

「給食いつも、ほんのちょびっとだけど、いいのかな?」

「前の学校じゃ何にも言われなかったって言ってたよ」

「へぇ〜〜〜」

「あ、センセイだ」

みんなワラワラと席につく。火曜と木曜の給食時間は席をくっつけないのが優菜のクラスの決まりだった。

「いただきます!」

その日の当番が声を上げて給食が始まった。





優菜は教卓で食事をしながら、さりげなく水島に注目していた。水島は黙って食べている。

席を変えないからといって、友達としゃっべていけないということではない。だが、水島は脇目もふらず黙々と食べている。食べ方はきれいなものだが、かなりゆっくりなスピードだ。早食いの男子などお代わりまで済ませて片付けている者もいる。

早食いの男子などお代わりまで済ませて片付けている者もいる。

− 水島さんは大体いつも少ししかよそわないのよね・・・もともと食が細いんだろうけど、ちっとも食べることを楽しんでいないような・・・

しかし、ゆっくり食べている割にはよく噛んでいる様子もあまり見られない。むしろ飲み込むのに苦労しているという感じだ。このような食べ方は偏食の児童に時々見られる。噛んで味わうのはいやだけれども、何とか飲み込まなくてはいけないときに見せる表情だった。奈緒の場合、嫌いでも食べようと努力をしているのだから、偏食とは言えないかもしれないが、無理やり食べているのは確かなようだった。

優菜はいつもよりゆっくり目に食事を終えて、片付けるときに奈緒とかち合うようにした。

「水島さんはあんまり食べないのね」

「・・・・・・」

「いいなぁ。先生は昔から食いしんぼでよく男子にからかわれたわ〜」

はじめから「好き嫌いが多いの?」などと聞いては身構えられてしまうと思った優菜は別の方面から聞くことにした。

「先生、そんなに細いのに食いしんぼなんですか?」

「うん、結構食べるわよ〜」

「嫌いなものとかないの?」

「あるよ。昔は結構あったかな?大根なんか昔は大嫌いだったけど、今では好きな野菜になったもん」

「大根?私大根食べられるよ」

「ほんと?じゃあ何か嫌いなものある?」

にっと笑って優菜は軽く聞いてみた。

「う〜〜〜ん」

「あ、別に言わなくてもいいけど?」

「言ってもいいんだけど・・・・・・う〜〜ん、じゃこっちきて?」

いつの間にか打ち解けた話し方になった奈緒は教室の隅まで優菜を引っ張っていった。周りの女子が二人に視線を送っている。ここは努めて何気なく振舞ったほうがいいと、優菜は思った。

「あのね?先生、絶対他の子には言わないでくれる?」

「う、うん。言わないよ、言いません」

小柄な奈緒が顔を上に上げたので優菜もしたり顔をして屈みこんだ。

「あのね・・・?私タマネギとジャガイもとニンジンが嫌いなの。大嫌い」

「・・・・・・!」

優菜は一瞬絶句した。驚きを顔に出さないようにするのに大変な苦労を要する。

給食にタマネギ、ニンジン、ジャガイモのどれかが入っていない日はほとんどないといっていい。奈緒にとって、今日のカレーなどは、そのどれもが入っている最悪のメニューだったのだ。しかも、噛むことを意識づけるために食材はどれも大きめに切られている。

「そっか、じゃあ今日は結構サイアクだったね〜」

「そうなの」

「どうしても食べられないなら、仕方がないけど、少しなら大丈夫だったら食べられそうなものから少しずつはじめようね?あまりしんどくならないようにして」

いかにも大したことではないという風を装い、優菜は自分の席に戻って次の授業の準備をはじめた。



−いったいどのようにして今まで食べていたんだか・・・・・

優菜は想像してみた。

おそらく、噛んで味が染み出さないように、スプーンで小さく切りながら飲み込むように食べていたのだろう。

優菜の記憶では奈緒が残食をして、食缶に戻している姿はあまりないから、きっとほんの少しだけよそって、無理やり食べていたのだろう。ほとんど毎日の日課である給食は彼女にとって苦痛の種だったのに違いない。

子供の頃の優菜も給食は楽しみな時間であると共に、非常に神経を使う時間であったことを思い出した。

あの当時は家が貧しく、母も体が弱かったため、朝ごはんを食べないで学校に来ることもあり、4時間目に体育があった後などは空腹でふらふらにあることもあった。夢中でぱくぱく食べていると、隣に座った男子に『大食い女』などとからかわれたり、当時現金徴収だった給食費の納入に遅れたりすると、みんながじろじろ見ているような気がして情けない思いをしたりもした。

もしかしたら、奈緒も優菜の知らない部分でからかわれたりしているのかも知れなかった。毎日毎日わずかしか食べていないなら、きっと変だなと気がつく子どもがいるはずだ。意外とそういうことに彼らは敏感なものだから。

この学校ではあまり激しい偏食の児童はいない。特に高学年ではそうだ。祖父母と共に暮らしている子どもも結構いるから、食べることに関して結構厳しく躾けられている子もいる。今で言う「食育」というものも、都会の学校よりも浸透しているのかもしれなかった。





−一度保護者の方に会って話を聞かないとな・・・だけど、何かいいきっかけがないと構えられるかも知れないし・・・・・・



次々に運動場へ出てゆく児童たちを振り返りもせず、学級文庫の本を読み始めた奈緒を見ながら、優菜は考えていた。










               ○●○●○●○●○●○●










5章スタートです。更新はゆっくりになるかもです。教師としての優菜。初任者にしてはがんばっていると思います。偏食に関してはいろいろな考えや意見があります。また、あっていいと思います。表現で不快になられた方がおられるかもしれませんが、私的には偏食に偏見は持っていないつもりです。どうぞご理解ください。








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