浅葱色に涙は散りぬ 4






二学期が始まった。

あいかわらず残暑の厳しい中、日焼けした子ども達がワラワラと学校にやってきた。

大きな紙袋からはみだした工作作品のようなものを抱えていたり、くるくると巻いた画用紙をランドセルにさしたも子もいる。どの子も晴れやかな顔で朝日の下を歩いてくる。



昔と変わらぬ、始業式の風景。



優菜は二階の職員室の窓から、校門を見下ろしていた。まっすぐな一本道が白いリボンのようにのびている。

ついおとといまで二日間、熱を出して寝込んでいた。まだ体が本調子では無いのに、始業式前日の昨日はたまった片付けや、今日の準備で目が回るように忙しく、一日はあっという間に過ぎ去り今日を迎える。



―でも、ギリギリだけど治ってよかった



宿泊学習の帰りに送ってもらった翌日から二度、志郎は優菜の家に来た。一度は翌日の昼頃に来たらしく、夕刻起きだした優菜がドアを開けると、壁際にクーラーボックスが置いてあり、飲料や簡単なレトルト食品、冷却ジェルシートまで入れてあった。

その夜、礼の電話を入れると、翌日の昼ごろにも様子を見にやってきて、今度は起きていた優菜が玄関に出てゆくと、またもや差し入れを渡すだけ渡すと、あっという間に帰っていった。

「ずいぶんよくなってきたな。もう大丈夫だろ」

そういい残して。

以来、昨日は連絡を取っていない。



―クーラーボックス返さないとなぁ



今日は荷物が多くて持ってきていない。第一、大きくて自転車の荷台に積めない。それに今週は学期が始まったばかりで、何かと忙しく会議も多いので、駅を回って届けるのは正直億劫だった。

―週末にでも届けよう。きちんとお礼も言わなきゃだし。

実際、貰った飲料や、食料品は買い物に出かけられない優菜にとって大変ありがたかった。現金なもので熱が下がると食欲も回復し、その殆んどを既に消費している。お金もきちんと払いたかった。結局ずいぶん世話になったものだ。そういえば、医院でかかった費用も自分では払った覚えがないから、彼が立替えてくれているのかもしれない。

その日は始業式とHRだけで、何人かの忘れ物を注意した他、滞りなく過ぎていく。宿泊学習の写真も出来上がり、クラスに掲示しておいたので、たった数日前の事なのに子供たちはさも懐かしそうにスナップ写真に見入っていた。

暑い教室に入り浸って、飽きもせず写真を眺めている女子の一人が、集めた提出物をチェックしていた優菜を振り返った。

「せんせーえ」

「ん?草野さん、なぁに?」

「先生、この写真より今のほうが痩せてるね。」

「ええ?本当に?」

優菜は近づいてその子が指さす写真を見た。それは第1日目に撮った写真で、草野というその女子と、優菜がメインで映っていて、キャンプ場の立て看板が背景に映っている。二人ともすごい笑顔で、ピースをしていた。

「・・・・・・」

確かにそんな気もする。体重計がないので計っていないが、何しろ3日間、固形物は何も食べず、水分だけ摂っていたのだから。

「ね?そうでしょ?」

「ほんとだぁ。先生、緊急ダイエット?」

「それ以上どこ痩せんの〜?」

周りの女子たちも囃し立てる。それにしても、子どもたちの観察眼はバカに出来ないと優菜は思った。特に女子たちは見るところが鋭い。

「あ〜〜〜、まぁ、そんなもんかもね。帰ってからちょっと熱出しちゃって・・・」

「へぇ〜、そうなん?」

「あ、そういえば、私もちょっと熱出たよ。直ぐ収まったけど。」

「麻奈ちゃんは張り切りすぎたんだよ」

「なるほどねぇ・・・やっぱり、張り切りすぎると熱出るんだ・・・」

なんだか自分が熱を出して寝込んだことを肯定してもらったような気がして、優菜はちょっと女子たちに感謝した。

「じゃあ、今日のお昼ご飯はいっぱい食べても大丈夫だね。何食べようかな〜」

「せんせぇ、リバウンドするよ?やめなって」

「何でも知ってるのね」

すべすべのほっぺたをつついて優菜は笑う。少女達もきゅっきゅっと笑った。

おませな5年生女子を帰らせて、優菜は大荷物を抱えて教室を出た。これから、山のような宿題と格闘しなくてはならない。午後からは会議もある。

「やっぱり、学校来るとお腹減るなぁ」

久しぶりに感じる空腹感を味わいながら、優菜は廊下を歩いていった。





「え?実習生ですか?」

午後からの学年会議の議題も概ね終ろうとしていた。メインの議題は運動会のことだったが、コレは1学期から準備を進めていたので、そんなに手間取ることは無い。

「そうなのよ」と永嶋主任。

「でも、この学年は私が初任者だから、実習生は受け入れないんでは?」

「それがだね〜」

ボールペンのキャップを頬に突き刺しながら、藤木が眉をしかめる。

「職朝(職員朝礼)で言ってたろ?来月から実習生を受け入れるはずだった4年生の大河内先生が、ヘルニアで3ヶ月病気休暇を取られる。だから、ここには臨時で講師が来るはずだ。ベテランが抜けた後の学年としてのまとまりを保つためにも、ここに実習生を持てと言うのは酷だろ?」

「はい」

よくわかる理屈だ。

「1年と、6年は初めから実習生を取らない特殊な学年。後は2、3年だが、既に3人の受け入れが決まっている。実習生は4人。残っているのはこの学年だけだ」

「そうなんですか。それでどなたが・・・」

「そこなの。藤木先生が体育科の主任で、運動会でも沢山の仕事があるから、ここはまぁ、私ね」

「ああ・・・」

もしかして自分にお鉢が回ってくるのでは?と内心ビクビクしていた優菜だったが、ほっと肩の力を抜いた。教諭になって半年で実習生を持つなんて考えられない。

「お願いします」

「すみません」

藤木と優菜が永嶋に頭を下げた。実習生の指導もなかなか神経を使う。4週間の実習期間で、実習簿のチェックをし、毎日の反省会に加えて、研究授業のテーマを与え、手伝ってやらなくてはならない。自分の仕事とは別にだ。とても初任者の出来る仕事では無い。ここは常識的な永嶋の判断に優菜は感謝をした。永嶋とていくつもの事務を引き受け、決して仕事の少ない方ではなかったからだ。

「それでね、これが名簿。ウチに来るのは・・・ああ、羽山さんの母校のコだわ」

「そうなんですか?」

「松居かおりさん。知ってる?」

「いいえ、2年も下の人なんで・・・」

「そう。それで、実習の一週間前に学生向けのガイダンスがあるの。普通は学生だけでくるんだけど、この大学からはご丁寧に担当教授が来られるらしいです。ガイダンスには教務の多田先生が対応するんだけど、大学から先生がいらっしゃるのはあなたの大学だけなんで、悪いけど羽山さんも出てくれる?私、その日は都合が悪いの」

「はい」

それくらいは致し方ない。自分の知らない先生だといいけれど。

「やれやれ、運動会が終っても忙しいわね。まったく」



窓の外の日差しはまだ重たげだった。





翌日

商店街が忙しくなる時刻の少し前。優菜は大きなクーラーボックスを抱えて、リカーショップ冬木の店先に立った。

レジの女性にことわり、事務室に入ると志郎はいず、兄の悟郎がパソコンに向かって事務仕事をしていた。優菜を見るとはじめ誰だっけ?という顔をしたが名乗ると直ぐに思い出したようだった。

「ああ、すみません。忙しくしていたものですから」

悟郎は志郎に似ているが、もっと柔和な笑顔を見せた。

「いいえ、突然押しかけて、申し訳ありません。」

言いながら優菜は少しだけほっとしている自分と、直接きちんとお礼が言わないといけなかったという複雑な気持ちに囚われた。しかし、今は致し方ない、忙しい商店にあまり頻繁に邪魔する訳にも行かない。

「あの、このボックスをお借りしていたのでお返しにあがりました」

志郎のことをなんて呼んだらいいのかわからなくて、優菜はそのあたりをごまかして要件を伝える。

「ああ〜〜、そうでしたか。それはわざわざスミマセン、志郎のヤツはまだ帰ってこないんですが待たれますか?」

「あ、いいんです。お忙しいと思ったんで、お礼の手紙を持ってきました。お渡し願いますか?」

優菜は味も素っ気も無い茶色い事務封筒を悟郎に手渡す。実はその中には簡単なお礼の手紙と共に医者にかかった費用と、差し入れの代金を概ね計算し、小為替にして入れてある。悟郎は中を見ないだろうし、預けても大丈夫だろう。

「ああ、いいですよ。ご丁寧にどうも」

「すみません、おかげさまで助かりました。ありがとうございました。お手数をお掛けします。それでは失礼します」

優菜は深々と頭を下げ、事務所を出ようとした。

「あ、ちょっと・・・」

突然悟郎が呼び止める。

「?」

「志郎のヤツ最近変なんですが、先生はなにかご存知ですか?」

「え?ええっ・・・知りませんが・・・あの?」

「アイツ、なんかウソみたいに働いているんですよ。まぁ、ちょっとこっちでいろいろあったせいかも知れないんだけど・・・・・・」

「・・・・・・」

「そのクーラーボックスを持っていくとき、俺、偶然アイツを見かけたんだけど、なんか最近の気難しそうな様子からみると全然違ってみえたんで・・・先生のところに持って行くとは知らなかったんですが・・・」

「そうですか。ちょっと困った事が起きたんで、しばらくお借りしていたんですが、それ以外はちょっと私にはわかりません。すみません」

なんと応えていいのかわからず、できるだけウソはつかないように慎重に優菜は言葉を選んだが、幸い悟郎はそれ以上は深く聞いてこなかった。ただ、ほんのしばらくの間優菜を見つめていただけで。

「あ〜そうでしたか・・・・・・こちらこそ変なこと聞いてすみませんでしたね」

「いいえ・・・本当にありがとうございました。失礼します」

悟郎の視線から逃れるように優菜は足早に店を出た。今日は自転車では無いので電車で帰らなくてはならない。



―びっくりしたなぁ・・・もう・・・・・・なんだったのかな


二駅しかかからないので優菜は座らず、ドアの窓に額をつけてぼんやりと風景を見ていた。

志郎が変だって、どういうことなのだろう?優菜は考えた。自分が会った印象では別にどこも変わりのないように見えた。しいて言えば、あんなに細やかに気が付く人間だったとは思っていなかったくらいで。失礼な話かもしれないが。

それにしてもなんなのだろう。志郎が変だという原因は、ウソみたいに働いてるってどういうことなのか。恋人の田端頼子と何かあったのだろうか?



―わ〜!変だわ、変だ。なんで、そんなことを・・・



自分の考えに辟易して優菜は思わず首を振った。

流れるように中途半端な田園風景が過ぎてゆく。車窓の外は明るいが、どことなくくすんで見える。

夏は終ろうとしていた。





志郎から電話があったのはその夜遅くだった。








               ○●○●○●○●○●○●







ちと展開がぬるくてすみません。こういう回も必要なのです・・・・・・










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