「じゃあ、この画像とこの画像をココに貼っつけてプリントしてくれる?モノクロ印刷でいいから」

「はい」

藤木からメモリースティックと文字だけのプリントを受け取り、優菜は資料を確かめた。そのプリントはA4の二枚続きのもので、今行っている社会科の資料のようだった。大きくタイトルを『日本史のおもしろ裏話 ―その1―』と銘うってあり、子どもたちの目を引くようなわかりやすいレイアウトで、画像の部分だけが後から入れられるようにスペースが取ってあった。

「これって社会科の資料ですか?面白そう・・・・・・」

パソコンの電源をつけながら優菜は興味深そうに、プリントを確かめている。隣に座った藤木も別のパソコンを起動させる。

「うん、副読本にも載っていない。歴史の裏話って言う感じでさ、歴史苦手な子ども多いし、こういうものほうが読んでくれるしね。興味を持てくれたら授業も楽しいだろ?羽山先生も欲しい?」

「あ、欲しいです」

「そう。ならまとめて学年分印刷しちゃおう。永嶋先生が文句言うだろうからな」

「あ、誤字見つけました。修正しておきますね」

「あらら、やっぱりあったか。見直したつもりだったんだけどな」

職員室の二つとなりのコンピュータールームは人がいず、性能のいい複合プリンターもあるので、二人は職員室のパソコンでなく、こちらのパソコンを使って仕事をすることにした。休日とはいえ、管理職の教頭は出勤していたし、他にも4、5人の職員が職員室で仕事をしていて、パソコンは一台しか空いていなかったためだ。

走り回った後なので二人だけで勿体無いが、クーラーをゆるくつけていて室内は心地いい。

竹中君の一件で、朝のうちに片付けるはずだった藤木の仕事を手伝う約束を今から果たしたら、今日の休日はあらかたフイになるだろうが、優菜は構わなかった。

どうせ、今日は何も予定がなかったし、昨日の体験学習やら今日のことで、一人でいると、果てしないマイナス思考の海に埋没してしまいそうだと思ったからだ。



―つかれたな・・・あの人に会うと、いつもなんだか疲れるような気がする・・・



しばらく二人は黙々とパソコンに向かって作業をこなした。プリントのし終わった資料は印刷機にかけて実際の授業の際、子ども達に配布するのだ。

印刷機は部屋の隅にあり、出来上がった画像入りのプリントをセットして製版する。本当ならカラー印刷するとより子どもにはわかりやすいのだろうが、予算がそれを許さない。事務所からは印刷用紙とインクの節約を申し渡されている。

優菜はモノクロ写真というボタンを選択し、製版ボタンを押した。ウィーンとアイドリングが作動し、テストプリントが自動で排出される。

優菜は画像と印刷の濃淡をチェックした。いけそうだ。印刷枚数を入力し、ボタンを押すと印刷機はブンブンと軽快な音を立てながら、次々と中質紙を吐き出してゆく。





「あんな羽山さんを初めて見たよ」

「っ!」

矢継ぎ早にトレイに印刷されてゆく資料をぼんやりと見ていた優菜は、フイに背後からかけられた声に飛び上がりそうになった。

「なにか言われました?」

いつの間にか藤木が真後ろに立って優菜を見ていた。彼もパソコンの作業を終えたらしい。

「うん。羽山先生って普段あんまり感情を出さないでしょ?指導中は別としてさ。今日、君ずいぶん腹を立てていなかった?あの人に」

藤木の視線は優菜を通り越し、明るい窓の外に向けられた。この教室は二階でよく伸びたポプラの若枝がすぐ側に見える。

確かに志郎といる間中、自分でも驚くくらい感情が波立ち、イライラしていたとは自覚していた。しかし、極力自分を抑えていたつもりだったし、志郎はともかく、藤木にまで看破されていたとは思いも寄らなかった。ドクンと胸が変な風に脈打つ。それはイヤな感覚だった。

「・・・・・・そうでしたか?」

恐る恐る優菜は尋ねた。何が言いたいのだろう。

「そうでしたよ。すごくらしくなかった」

「だって、それは・・・・・・あまりに非常識だったから・・・・・・」

「あ、やっぱり怒ってたんだ」

藤木の目線は窓から優菜に戻された。

「怒りますよ。だって余所の子どもを訳も聞かずに、店の手伝いをさせたり・・・不適切な言葉を使ったり・・・」

優菜は排版トレイから刷り上ったプリントを取り上げながら、努めて何気ない風に応じた。笑いさえその言葉に滲ませて。

「そうかな?俺はあの人の判断は悪くなかったと思うけど?5年ぐらいの男の子なら普通、朝早くに商店街の荷卸を見たり、声をかけられても、帰りたくなくてぐずぐずしたりしないだろ?冬木さんは声をかけて何かを感じたからわざと竹中を店に置いておいたんだと思うよ」

「そんな・・・まさか・・・」

あの志郎がそこまで配慮しただなんて信じられない、と優菜は思った。

「まぁ、絶対そうだとは言い切れないけど、多分。それに俺たちから訳を聞いてからは、彼は言葉遣いも含めて、一人前の男にするように竹中にふるまっていた。自我の芽生えかけた竹中にはそれが嬉しかったんだと思うよ。」

「・・・・・・」

「それはいいんだ。もう済んだことだから。でも羽山さんの態度は明らかにおかしかったよ。普段の君じゃない」

「・・・・・・私にはそこまで物が見えてなかったから・・・でしょう」

少し考えて優菜は自分を分析する。確かに、志郎はまるで自分の友人に対するような態度を竹中君にとっていた。だが・・・・・・

「いいや、違うね」

即座に藤木が否定する。

「え?」

「彼だからでしょう?変に意識していたのは。彼は君の何?」

「何って・・・昔、ここにいたときのクラスメイトで・・・」

「君をいじめていた悪ガキ」

「ええ、そうです。はっきり言って私は彼が嫌いでした。実を言うと今も。それだけです」

きっぱりと言い放って優菜は唇を結んだ。

「でも、『彼』はそう思ってなかったと思うよ」

「は?何を・・・」

「あの人はずっと羽山さんを見ていたよ。気づかなかった?」

「・・・・・・」

「君の一挙手一投足に注目していた」

「まさか」

思わず優菜は身を引いた。まるで志郎がそこに立っているかのように。印刷機のカバーに背中がゆるく当たる。

「間違いない。これでも仕事柄、観察眼には自信がある」

「・・・じゃあ・・・・・・じゃあ、あの人は今も私が嫌いなんだわ。そうですよ、私を怒らせるようなことばっかりワザとしてたような気がしたんです」



―それは、この小学校に通っていた昔からそうだったこと。昔も今もあの人のやり方は変わっていないのだわ。私が反応するのを見て面白がって・・・・・・大人になったっていじめっ子の本質は変わっていない。



優菜は自分の中で確認する。

「そうかな?」

「そうですよ。第一、あの人にはすごくキレイな彼女がいるんですよ」

「あらら・・・これは俺の見込み違いかな?てっきり・・・」

前髪をかき上げながら藤木は眉を悪戯っぽくあげて優菜を見た。

「見込み違いも甚だしいです!ほら、印刷終りましたよ、三クラス分!」

「あ、ああ。スマン、ありがとう。」

優菜は刷り上がったばかりのプリントの束をそろえて藤木に手渡す。藤木はスチールロッカーを開け、そこにプリントを放り込んだ。

「これで終わりですか?先生の分のプリントは?」

「ん?ああ、アレは急がないから。今日はこれで終わり。ありがとう、おかげで早く終わった。といっても3時だけど。ごくろうさん」

「いいえ、こちらこそ助けてもらったし・・・本当にありがとうございました。いろいろ勉強になったし・・・・・・じゃあ帰りますね。お疲れ様でした」

優菜はファイル等を片づけながら、戸締りを確認しカーテンを閉めていっている藤木に向かって言った。クーラーがまだつけっぱなしだ。スイッチは向こうの壁の隅にある。優菜はスイッチを切ろうと、パソコンが並ぶ間をぬってそこに向かった。

コントローラーは子どもがいじりにくいようにやや高い位置にある。リモコンもあるのだが、今は見当たらない。優菜は背伸びをしてボタンに指先を伸ばした。

不意に優菜より先に長い腕が伸びてきてボタンを押した。



「!」

驚いて振り返る。がっちりと目が合う。

「あ、ありがとうござ・・・・・・」

「それじゃ羽山さん、俺と付き合わない?」

にっこりと藤木が言った。










                ――――――――――









「シロちゃんから呼び出してくれるのって久々だね!どこ行く?お休みもらえたの?」

頼子が満面の笑顔で志郎の腕を取って店に入る。志郎が土曜日の午後、まだ明るいうちから休みを取るなんて珍しいことだったから、わざわざ自分のためにそうしてくれたのだと思った頼子は喜びを隠し切れない。

昨夜は自分からねだって、近所の居酒屋に行ったが、志郎は終始無口で飲んでいるばかりだった。頼子はもう少しで泣きそうになるのを、懸命に堪えていたのだ。多分今日呼び出されたのは昨日のことを謝るためだろう。すぐに笑って許してあげよう、頼子はそこまで考えた。

「ああ、わざわざこんなところまで来てもらってごめんな」

いつもなら待ち合わせは頼子が志郎の店まで行くのだが、今日の待ち合わせは県庁がある駅にある、以前はよく行っていたコーヒー専門店だった。

「ううん、こっちの方が遊ぶの便利いいモンね。ね、なにしよっか」

「悪い、遊ぶためにお前を呼び出したんじゃないんだ」

いつも通りブラックのアメリカンコーヒーを口に運びながら、志郎は切り出す。心が痛い。

「え?」

「・・・・・・うん、そうなんだ」

志郎はカップを皿に戻し、テーブルの上で指を組んだ。

「・・・・・・何?シロちゃん、ひとりで相槌打って。話みえないし」

頼子の目が不安で大きく見開かれる。志郎は優しく頷いてその瞳を見つめた。



「ヨリ、ごめん。俺な、もう終わりにしたいんだ」



言いながら、どこまで自分はサイテーなんだと志郎は自分を罵る。






五月最後の土曜日。よく晴れたこの日は暮れるのが惜しいのか、上空は不透明に明るく、街と人の上に広がっている。

直に黄昏がやってくることだろう。しかし今、空は幾分黄色を含んだ青色に輝き、まるで黄玉(トパーズ)を通して見ているようだった。



もうすぐ輝く季節。



それぞれの夏―――










           ○●○●○●○●○●○●







とりあえず3章終わり。またすぐに始めます。多分
あ〜あ、志郎、あんたね・・・・・・不器用(ボソ)










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トパーズ色の空の下