「でさぁ、竹中、お前昨日、店で働くの面白かったんだ?」

焼き魚定食をもりもりと食べながら、向かいに座っている竹中君に藤木は尋ねた。醤油をかけた大根おろしを魚の身ごとほかほかのご飯に乗っけて大口で頬張る。

「うん」

竹中君もコロッケ定食のコロッケを行儀よく四等分しながら口に入れている。お腹が空いていたのだろう、二つついているコロッケの一つめはあっという間に無くなっていた。

商店街の真ん中の古い定食専門店「だるま屋」。ちょうど昼にかかる頃で、店はこれから混み始めるのだろう。優菜たちはすみっこの4人がけのテーブルに席を占め、ニコニコ顔で注文を取りに来た、この店を切り盛りするおばちゃん自慢の定食を注文した。志郎は藤木の隣に座った優菜の向かいに陣取り、親しげにおばちゃんと厨房のおやじさんに挨拶していた。

「まぁ、普段やらないことだからな、面白く感じる事はあったろうケド、まぁ将来の事は今は置いとけ。別に今すぐ決めなくったっていいんだから」

「そうだけどさ、お母さんがあんまりうるさく色々聞いてくるし、中学受験のこととかもっと先のこととか・・・いちいち応えるのもメンドくなって適当に口答えしてて・・・そしたら・・・・・・」

「お袋さんがキレたと」

コレは志郎。彼は常連らしく、トンカツ定食のご飯大盛りをこともなげに頼んでいた。

「冬木さん、そんな言い方、子どもの前で・・・」

優菜は前に置かれたきつねうどんに手もつけずに、冷たい目で志郎を横目で見た。つい先ほど、志郎と口を聞かない誓いを密かにたてたのを忘れていることに優菜は気がついていない。



「おや、ダメだったか?」



―あたりまえだわ。そんなこともわからないのかしら?この俺様男!



優菜が心中で毒づいているとも知らず、『冬木さん』は顎を上げ、彼女の冷たい視線を平然と受け流しながら、大きなトンカツの切片にかぶりついている。

「ともかく、先生たちが間に入ってやるからお前、とりあえずお母さんと仲直りしろよ。できるか?」

「・・・うん・・・はい。」

ウスターソースのかかったキャベツの千切りを咀嚼しながら、竹中君の返事は煮え切らない。

「わかるけどな・・・お前の気持ちもさ。だけどな、男はこれからがめんどくさいんだ。お母さんはオンナだからな。だけど、せっかくご好意で面倒を見てくださった冬木さんの顔をつぶしちゃあいけないだろ?わかるだろ?」

「うん」

今度ははっきりとした答え。少年は心配そうに志郎を見上げた。

「いや、俺のメンツなんかどうでもいいですよ。たまたまの事だったし、こっちこそそういう事情も知らないで、声をかけて悪いと思っているス。センセイ」

センセイと言った志郎の視線は優菜に向けられている。

「お母さんがオンナだからめんどくさいってどういうことですか?」

口を真一文字に結んで志郎を睨んでいた優菜だったが、突然なんだか腰のすわりが悪くなり、志郎に応えず藤木に向かって話題を変えた。

「あ、こりゃマズイいい方をしたかな?え〜〜、羽山先生も女性だからな。いやさ、竹中達は5年だし、これから自我がどんどん成長する時期だろ?そんな中で異性に興味が出たりもするんだけど、反対に家の中の異性の親――この場合はお母さんだな、とお互いわからなくなる・・・つまり反抗期でもあるんだな、これが。」

「ああ・・・第二次発達ってことですか・・・」

「まぁね、そんな教科書に載っている言葉はあんまり本質を言い当ててるとは思わないけど、男の子はある時期、自分を生み出してくれた母親の庇護欲とぶつかり合うこともあるってこと。特に夢のある男はね?」

藤木はそういって竹中君に、にっと笑いかけ、味噌汁を啜った。

夢を持つのに男も女も無いはずだが、ココはたぶん竹中君にわかりやすくしようと思っての配慮だろうと察した優菜は、あえて藤木に反論しようとは思わなかった。

「ああ、わかるわ。俺もどんだけ地元の国立に進学しろってお袋にうるさく言われたか。余計にムカついて首都まで逃げちまったけどさ。」

「へぇ〜、冬木さんは東京の大学に?」と藤木。

「ええまぁ。でも俺のどうしようもないところは結局、学資から、生活費から全て親の脛を齧っていたところにあるんですけどね。奨学金の選考からも漏れたし」

「あはは!そりゃそうでしょう。あんなに大きなお店の跡取りなんだから」

「ドラ息子だけどね。これでも自覚はあるんだ」と志郎は藤木に応えながら、あいかわらず視線は優菜から外さない。

「ドラ息子って?」これは竹中君。

「ああ、今はあまり使わない言葉だっけ?えーと、親の言うことを聞かないで遊んでばっかりのムスコのことを言うんだ」

男同士は妙に盛り上がっている。優菜は口を挟む余地が無く、冷めてゆくうどんを見つめた。



―私、何してるんだろ?自分のクラスの子どものことなのに、すっごい無力感、感じてる。今のところ竹中君にもちっとも頼りにされていないし・・・冬木君はあっという間に竹中君の信頼を勝ち取ったようだけど・・・・・男の子なんてわからない。昔から苦手だったな

―やっぱりキライだわ、お金持ちで自信家の冬木君。今だって面白がって私をみてる。そりゃ私なんか、高校まで親戚の家から通わせてもらって、大学は両親の残した僅かなお金の残りでやっといけたようなもんだけど。奨学金なんてあっさり下りたっけ・・・・・・



自分が歩んできた道に後悔など微塵も無かったし、真面目に勉強したおかげで難関といわれる教員採用試験にも二回目で受かった。自分で自分を養うこと、これが優菜のアイデンティティーであり、誇りだったのだ。だけど折にふれ、このように自分を落ち込ますのは子どもの頃から持ち続けている劣等感だった。

「・・・・・・いのか?」

「え!?」

「え?じゃない、なんでメシ食わないのかって聞いてるの」

志郎が向かいの席から声をかける。

「あ・・・あんまり食べたくなくて・・・ほっといてください」

強い視線をはね返すように優菜は顎を上げた。

「なんだ、お前らしくも無い。ココのうどんはダシが旨いんだぞ。アゲだってちゃんと炊いてあるし。勿体無い、食えよ」

「・・・」

確かに子どもの前で教師がご飯を残すのはまずかろう。そう思った優菜は冷めてのびかけたうどんを無理やり箸ですくい上げた。

「あれ?羽山先生と知り合いなんですか?」

優菜が一番聞いて欲しくなかった事を藤木が無邪気に尋ねる。

「ああ、そうなんス。俺たち、葛ノ葉小学校で一緒だったんです。な、羽山」

「ええっ、羽山先生、ここの出身だったの!?」

意外そうに藤木が優菜を覗き込んだ。

「あ・・・ちがうんです。出身とかでは全然なくて、昔ほんの2年ほど住んでただけで・・・知り合いって言うほどでは・・・」

「俺がコイツをいじめてて、こないだ飯奢ってやっと許してもらったていう・・・」

優菜を遮って志郎が口を挟んだ。黙って!と優菜が一瞥を送るのをものともせずに最後のトンカツを口に放り込みながら。

「へぇ〜〜〜〜〜そうなんだ。いや、世間は狭いねえ」

「・・・・・・」

「ねぇ、羽山先生、いじめられてたの?」

コロッケ定食を食べ終えた竹中君も興味津々で優菜を見つめる。小柄なくせに大人用の定食をぺろりと平らげている。

「そう。俺はイヤなガキンチョだったからな。大人しい女子をいじめてたんだ。男としてサイテーだよな。お前はくだらねぇイジメなんかすんなよな」

竹中君に見つめられて言葉に詰まった優菜に変わって志郎が応えた。

「しないって!大体女子の方が、コワいし・・・」

途端に本気で恐ろしそうに竹中君が首をすくめた。

「あはは!それもそうか!2組の小林なんか口がたつしなぁ・・・」

藤木も笑って同調する。

「ほんとだよ・・・」

「今ごろじゃいじめの主体は女の子ってことか。」

志郎も考え深げに顔の前で指を組んだ。



―なんで子どもや藤木先生の前で昔の話をするの?あくまでも自分が優位に立ちたいのかしら?この人は―――



自分がイジメを受けていたなんて、クラス担任としてあまり公にされたくない事実だ、と優菜は苦々しく思った。もっとも竹中君はクラスの女子と違って、そんな事を吹聴するような児童ではないけれど。






「さぁ、メシも食い終わったし、竹中、帰るぞ」

しばらくして藤木が立ち上がる。優菜もはっと顔を上げた。

「え〜〜〜・・・はい」

不承不承立ち上がった竹中君とはうらはらに優菜は、ほっとしてカバンを取った。

「ココは俺が・・・差し出がましいようですが。俺のテリトリーなんで」

志郎が財布を出そうとした藤木に断っている。優菜は藤木が志郎を制してくれることを望んだが、藤木はあっさり折れた。

「すみません、では今回はゴチになります。ごちそうさまでした」



4人が店を出ると、待っていたかのように商店主のような二人連れが入れ替わりに引き戸の中に入ってゆく。小さな店だが流行っているらしい。商店街はお昼の買い物客で賑わっていた。





「おい、またメシ食おうぜ。お前の食べっぷり、好きだしな。じゃ、先生方、俺は店に戻ります。じゃあな竹中、お母さんによろしく!うまくやれよ。よかったらまた来いな」

店を出て慌しく三者三様に挨拶すると志郎は振り返りもせず、急ぎ足で戻って行った。優菜たちは自転車があるので、二人して竹中君を送ることにした。優菜は一人でも大丈夫だと言ったのだが、藤木は電話を受け取って事情を聞いた以上最後まで付き合うといったからだ。

竹中君の家は市街地を抜けたところに広がる田んぼに囲まれた建て売り住宅で、駅から15分ぐらいだったが、その間藤木は少年にお母さんとうまくやってゆくコツを伝授し、優菜はどうやって事情を説明しようか考えあぐねていた。

しかし、あらかじめ連絡だけ入れておいていざ家に着くと、母親だけでなく、夜勤明けだという父親までも玄関先に出てきており、母親も朝の様子からすれば、よほど落ち着いた様子で声を荒立てもせず、息子を迎え入れた。おそらく事前の藤木の対応が功を奏したのだろう。

「どうもお世話をお掛けしました」

神経質そうな笑顔を浮かべて母親が頭を下げる。

「いいえ、こちらこそ連絡が遅くなりまして。事情は伺いました。竹中君も別に深い考えでしたことではないそうなんで、あまり・・・」

叱らないでやってください、という言葉を優菜は濁す。これ以上母親の自尊心を傷つけてはよろしくない。

「・・・・・・わかりました」優菜の訴えるような視線に、やや引き気味に母親が応える。

「よろしくお願いします」

優菜も丁寧に頭を下げた。

「じゃあね、竹中君。先生たち帰るね。また月曜日、学校でね!」

「うん、さようなら。先生ありがとう」

やや名残惜しげに竹中君は家の中に入ってゆく。母親と父親は二人が自転車で曲がり角を過ぎるまで見送ってくれたが、この間父親が一言も発しなかったことに優菜は気づいていた。

このあたりは、まとまって建つ建売住宅の他は、まだまだ残る田園風景が広がっている。来週から6月を迎える日差しは殆んど夏のもので、優菜は帽子を被ってこなかったことを後悔した。学校までの道中、二人は殆んど口を聞かなかったが、校門のすぐそばの自転車置き場で優菜は藤木に礼を言った。

「あの・・・今日はありがとうございました。先生のおかげで、竹中君も見つかったし、保護者ともモメずに済みましたし・・・」

「え?ああ、そんなの気にすんな。おんなじ学年の子だからな、当たり前だ。それより・・・」

藤木は自転車をスタンドさせ、自転車置き場の外に出てから振り返った。

「はい?」

優菜は日差しの中に立つ藤木を見た。ストライプのシャツの裾が風に眩しくはためく。



「約束したよな。今日はつきあってもらうから」









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またしても地味な展開ですみません。次回は大きな動きがあるかも・・・?








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トパーズ色の空の下