優菜と藤木は学校で落ち合い、二人で自転車を田んぼの脇のバイパスに走らせていた。

既に11時近くになっている。この間一度だけ藤木が竹中君の家に電話をしたが、母親はまだ帰らないと泣いていた。そのまま自宅で待機するようにと告げて二人は捜索を続けた。

「ここにもいませんねえ」

町営のグランドでは草野球の試合が行われていたが、そこにも竹中君の姿は無い。

「ここにもいないとすると・・・」





朝、優菜を迎えた藤木は既に、 校庭開放に来ていた6年の男子に竹中が行きそうなところを聞いてみてくれていた。その一つ、隣の駅前にある学習塾にも一番に電話をしてみたが、今日は欠席ということだった。もっとも、そこには既に母親から何度も電話もきていたそうだが。

それから、二人は自転車で、近所の公園や友人の家などを聞いて廻ったがどこにも小柄な少年の姿は無かった。

「そうだなぁ・・・後は・・・川の方にも言ってみたほうがいいかな?少し遠いけど」

「あ・・・あの子は小さな生き物が好きだそうですから、そこにも行くかもしれないと思います。」

「ああ。・・・羽山先生」

「はい?」

「アイツの家には父親はいないのか?」

「え?いいえ、いますよ。」

「そうか?電話では父親の話はまったく出なかったものだから」

「ああ・・・そうですね?家庭訪問の時もあまりお父さんの話は出ませんでした。・・・でも、書類上はちゃんとおられます。会社員と書いてありました。おそらく帰りが遅いか、単身赴任なのかもしれませんが、・・・そういえば、あまり家庭内にお父さんの影は感じられませんでした。ずっとご自分と子どもの話ばかりで」

「ふ〜〜〜ん。もしかして、母子カプセルなのかもしれないなぁ・・・」

自転車の速度を少し緩め、藤木は考え込みながら言った。

「え?なんですか?それは」

「ああ、母親が過剰に子どもを気にかけて、自分の支配化に置こうとし、それが子どもの人格形成などに影響を与える。子どもも母親の影から抜けられない。そういう状態のことを言うんだよ?この頃増えているそうだ。」

「・・・・・・」

「まぁ、いろんなケースがあるから、竹中のところが一概にそうとは言えないが・・・現にアイツは家を飛び出したわけだし・・・」

「・・・可能性はあると思います。昨日も体験学習の現場に、お母さんが心配していらしたそうですから」

「ああ・・・そうだ、竹中はどこに体験に行ったんだっけ?」

「冬木リカーショップです。横山君たちと一緒に」

「ああ、あの駅前の・・・そこに行ってみよう」

「え?」

「だって、体験が終ってから、竹中は母親に反抗したんだろう?何かわかるかもしれないし・・・」

「・・・・・・」

「どうかした?」

「え?いいえ、なんでも。・・・はい、行ってみましょう」

またもやあの店に行くのか・・・優菜は我知らず、気が滅入るのを感じた。まぁ、店長である志郎が午前中から出店しているとは限らない。

しかし、そんなことはありえ無いと言う事もなんとなくわかっていた。

―こら!

優菜は私的な都合ばかり考えている自分をなじった。

―これは仕事なんだ。しかも、自分のクラスの子どもが保護者とケンカをしていなくなったって言う、緊急事態なんだ。しかっりしなくちゃ。たとえ冬木君が出てきたとしても、聞くべき事はきちんと聞くのよ。

優菜はペダルに力を込めて藤木の後を追った。






市場を行く人の邪魔にならないように、少し離れて自転車を止め、駅前のロータリーの方から店に向かう。



探すまでも無かった。

竹中君はごく当然のように店の商品を並べたり、ダンボールをあけたりしていた。

「竹中君!」

たまらずに優菜が走り出す。

竹中君はきょとんとした目を優菜に向けた。

「先生?あ、藤木先生も。どうしたの?あ、おはようございます」

よくしつけられた子どもらしく慌てて挨拶を思い出す。その様子には何も悪びれたところはなかった。優菜はなんと言ったらいいものかわからず立ち尽くした。

「おはよう・・・ってなぁ、竹中、もう昼だぞ。お母さんから心配して学校に電話がかかってきたんだ」

同じように脱力した様子の藤木が隣に立つ。

「ああ・・・そっか」

「そっかって・・・ああ、羽山先生、俺が電話するよ。先生はこの子から事情を聞いといてくれ」

背負っていたリュックサック型のバッグからのろのろと携帯電話を取り出そうとしていた優菜を見て藤木が声をかけた。

「乗りかかった舟だからな・・・ああ、番号は・・・?・・・・・・」

話している声が竹中君に聞こえないところまで移動しながら、藤木はナンバーを押していた。

優菜は改めて少年に向かう。レジの女性が好奇心も露わにこの様子を見ていたので、優菜はその視界を遮るように少年の前に立った。

「どうしてお家を飛び出したりしたの?」

「え?別に飛び出した訳ではないんだけど・・・昨日お母さんとケンカしちゃって・・・」

「うん、それは聞いた」

「ウチのお母さんはしつこいんだ。同じことを何回も繰り返して聞いたり、言ったり。だから、朝からまたケンカするのも嫌だなって、お母さんが寝てるうちに外に出て、ぶらぶら自転車に乗ってただけなんだけど・・・」

「うん」

言いたいことは山ほどあったが、とにかく相手の話を聞こうと、優菜は自分を抑えた。

「お腹空いてきて、駅前のコンビニでなんか買おうと思ったら50円しかなくて、どうしようかなって思ってまたぶらぶらしてたら・・・」

「俺にばったり出くわしたって訳だ」

「わっ!」

背後からいきなり声をかけられて、優菜は飛び上がった。

「なんだよ、そのリアクションは?俺はオバケか?」

その言葉にウケて竹中君が笑い出す。志郎がのんびりとした目で優菜を見下ろす。

優菜は笑うどころではなかった。

「と、とおき君っ!なんでだまって・・・子どもを・・・っ」

「俺?俺は何にもしてないぜ。この子が朝の商品整理を面白そうに見てたから、昨日来た子だよなって言っただけだ」

「・・・でもっ・・・保護者は心配して・・・」

どう説明したものかと、優菜は言葉を探した。

「その事情は今まで知らなかった。荷出しの最中に、たまたま菓子の入った箱が崩れて、中のものが零れだしたのをこの子が拾うのを手伝ってくれて、それからなんとなく店にいてくれてるんだ。だよな?」

「うん」

元気よく竹中君が応える。

「だが、そんな朝早くから親に言わずに出てきたのは、まずかったな」

四郎はそういって竹中君の頭を指先ではじいた。竹中君はちっともめげずに、かえって喜んでいるようだった。

「・・・・・・」

優菜は途方にくれる。その時、電話を終えた藤木が戻って来、優菜は簡単に事情を説明する。

「なんだ、そういうことか。でも、竹中、お母さんかなり心配してたぞ。もう大丈夫だからって言っておいたんだが、迎えに行くって聞かなかった」

「ええ〜〜〜っ!」

心底嫌そうに竹中君は顔をしかめた。

「そう言うだろうなって思って、こちらから送っていきますって説得した」

「僕、一人で帰れるよ・・・」

母親が迎えに来ないと聞いて少しはほっとしたようだが、まだ大いに不服そうに少年は渋面を崩さない。

「まぁ、そう言うな。先生たちにも責任って言うモンがあるんだ。ここは、辛抱してくれ」

「いいけど・・・」

ようやく少し愁眉を開いて竹中君は頷く。



「おい、メシにしようぜ。朝俺がやったパンだけだったから腹減ったろ?ずいぶん手伝ってくれたから俺がゴチソウしてやる。先生たちもどうぞ」

唐突に志郎が言い出す。

「は?なにをおっしゃってるんですか?今の話をお聞きでなかったの?この子はこれから私達が送ってゆきます!」

優菜は半ばケンカ越しで志郎に言い返した。優菜にしては珍しく、なんだかむしょうに腹が立っていた。

「ん?聞いてたさ。だから、メシ食ってから家に連れて帰えりゃいいだろ?役に立ってくれたのに、腹ペコのまま家に帰すなんて、義理が悪い」

「保護者が心配しているんです!」

「お前、腹減ってるか?」

これまた唐突に藤木が竹中君に聞いた。

「う〜〜〜〜ん」

竹中君は遠慮がちにもじもじしていたが、グッドタイミングでお腹の虫がキュウと鳴り、その場のやや緊張した空気がほぐれた。

「決まりだな」

志郎が優菜ににやりと笑う。

「竹中、ケイタイを貸してやるから、自分でお母さんに言えるか?え〜〜と、先生とご飯食べてから帰るって言うんだぞ」

「・・・うん・・・はい、言えます。」

「よぉし、じゃこれ」

藤木から携帯を受け取り、竹中君は母親に連絡を取り始めた。些か面倒くさそうな、やり取りがしばらく続く。

「・・・先生、なんでご飯なんか食べることにしたんですか?」

その様子を見守りながら、優菜は小声で藤木に尋ねる。志郎はいつの間にか店の奥に入っている。

「もう少し、竹中自身の口から事情を聞きたかったからな。家に帰ったらどうせ母親のペースだろ?」

「それはそうですけど。明日でもいいんじゃ・・・」

「まぁ、教育は今日行くってな。ほとぼりの冷めないほうがいい。それとも午後から何か予定があった?デートとか」

「いいえ、何も無いですけど・・・でも・・・」

志郎とまたもや食事を共にする事が嫌なのだとはさすがに言えない。それに藤木の言うことはよくわかる。優菜は押し黙った。



「・・・だから、大丈夫だって!おかあさん、いっつもそうだ!ちゃんと帰るから!・・・うん、お礼も言うよ、じゃ!」

これが室内の電話機だったら受話器を乱暴に置いていただろう、そんな雰囲気で竹中君は携帯電話を藤木に返した。返してから少し恥ずかしそうに「ありがとうございます」と小声で礼を言っている。藤木も何も聞かずに電話機を受け取った。

優菜は温厚な竹中君が怒っているのをはじめてみた。どちらかと言えば幼くて、素直な子どもだと思っていたので、そんな様子を見るのは驚きだった。

「おい、話はついたか?」

志郎が店から出てくる。

「はい。どこに行きますか?」

藤木が聞いた。

「ああ、俺も昼休みなんであんまり遠くにはいけないんです。商店街の中に上手い定食屋がありますから、そこで」

志郎は優菜のほうをちらりとも見ずに藤木にだけ話しかけた。

志郎は徒歩で、優菜と藤木、そして竹中君は自分の自転車を押して土曜日の商店街を歩く。こんなところを知っている保護者に見られたらどうしようかと優菜は気が気でなかったが、藤木はそんなことを気にしない様子で、竹中君となにやら楽しそうに話しながら歩いていく。

前を行く志郎は振り向きもしないで大きな背中を見せてどんどん歩いている。

私が怒っているのを知っていて、どうしてそういう態度が取れるのだろうか?昨日の態度とはまったく違うではないか。優菜は今日は絶対に志郎と口をきかない事を密かに決意する。

商店街のほぼ中央にあるだるま屋という、昔ながらの佇まいのその店に、志郎はガラガラと引き戸を開けて入っていった。

「結構通る道なのに、こんな店知らなかったよな?」

藤木は入る前に優菜を振り向き、笑顔を見せた。



少しためらった後、優菜も後に続いた。










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定食屋・・・好きです。





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トパーズ色の空の下