「あれ?お客さんだった・・・?」

頼子はぺこりと頭を下げた。蜂蜜色のロングヘアが揺れて、銀色のピアスが蛍光灯の光を弾く。流行のプリント模様のふんわりしたワンピースに、細身のパンツとブーツを合わせた頼子は優菜の目にも美しく見えた。

「あれ?」

顔を上げ、優菜を認めた大きな瞳が一瞬誰だったろう?と言うように顰められ、すぐに思い出したように見開かれた。

「えっと、確か・・・この間・・・・・・は・・・羽山さん?」

「あ・・・こんばんは」

途惑ったように優菜もとりあえず頭を下げた。確か、志郎と再会した日に隣にいた女性だろうと見当をつける。あの時は動揺のあまり顔も見ていなかったが、自分のことを知っていると言うことはおそらくここでの同級生だったに違いない。名前も出てこないが。

見た感じではとてもそんな昔の、しかも優菜のような存在を覚えているようなタイプには見えないから、きっとあの後、志郎から自分のことを聞くなりしたのだろう。

「羽山さんがなんでここに?」

ほんの少し硬さを声に帯びさせて、頼子は尋ねた。

「ああ、今日小学校の体験学習があってうちの店も協力してさ、その関係」

志郎が代わりに応える。

「体験学習?何それ?」

優雅に細い弧を描く眉をあげて頼子は志郎に尋ねた。

「ええと、5年生が学校ではできない職業体験をするんだそうだ。なぁ?そうだろ?」

「はい、今日はお世話になっていました」

志郎ががあからさまに話を振るので、あくまでそれだけの事で立ち寄っただけだと言うことを言外に匂わせ、丁寧に優菜が応じた。

「へぇ〜〜〜、そんなのあったんだ・・・知らなかったよ」

「別に言うほどのことでもないだろ」

「まぁね。・・・えっと羽山さん、私のこと覚えてる?昔、おんなじクラスだった田端、田端頼子。」

「・・・ごめんなさい」

優菜は視線を落とす。だが、頼子という名前には覚えがあるような気がする。割りと珍しい名前だし、と言っても本人のことを覚えているわけではなく、名前の響きが好きだった記憶がかろうじて心に蘇っただけだったが。

優菜はもじもじとバックを持ち替えた。せっかく帰ろうと思っていたのに彼女のせいで、タイミングを失ってしまった。どうやってこの場を切り抜けようか?

「ああ、別に・・・、だって羽山さんここにいたの短かったらしいし・・・私だってこの間会って、やっと思い出したくらいだから。・・・・・・小学校のセンセイしてるんだって?」

やっと、と言う部分を少し強調して、頼子はあっけらかんと続けた。

「はい」

「へえ〜、すごい。真面目そうだし、そんな感じだわぁ。でもまぁ何かの縁でこっちに帰ってきたんだ〜。誰か知ってる子いる?もう会った?」

「いいえ・・・あんまり長くいなかったから・・・ここには・・・たまたまこっちで採用になっただけで」

「あ、でも、シロちゃんは知ってるよね?だって昔、羽山さんの事苛めたことあるって、こないだちょっと反省してたから〜。よく言うじゃん、苛めた子は覚えてなくても、苛められた子はその事を絶対忘れないってさ。ごめんね?彼女の私から謝っとくね」

「おい、お前に謝って貰わなくてもいい!」

「・・・・・・」

優菜はますますいたたまれなくなった。それでなくとも今日は朝からバタバタとしていて、疲れているのだ。幼馴染と知っても、今更頼子にも特に親しみも湧かないし、彼女が精一杯自分のことを警戒して、マシンガンのようにしゃべり続けるのを聞くと余計にしんどくなるような気がした。

―私のことなんて歯牙にもかける必要ないのに・・・

持ち物を見ただけで、彼女が洋服や小物に、如何にお金をかけているかがわかる。そして、持ち物も主を裏切らず、美しく引き立てている。それに比べて自分はいかにも見栄えがしないだろう。それなのになぜ、この人はこんなにイライラしているんだろうか。

不意に何もかもどうでもよくなった。疲れているからだ、と優菜は思った。

「では、私はこれでシツレイします。今日は本当にありがとうございました。」

優菜は頼子に小さく会釈をし、志郎に向かっても極めてビジネスライクに挨拶をして席を立った。

「ああ・・・すまん、またな」

しょうがないと言うように広い肩をすくめ、志郎は優菜を見送った。静かにドアが閉められた。





「・・・で、何?」

頼子を振り返って志郎は尋ねた。

「何って、金曜なのにちっともケイタイ繋がらないし・・・仕事用には連絡するなって言われてるからしなかったんだけど・・・だから、直接来た。ね?ご飯食べにいこ?どうせまだでしょ?」

「悪いな。お前は休みかもしれないけど、俺は明日も仕事だし・・・」

「ええ〜、ご飯だけでいいから・・・遅くならないようにする。近くでいいし」

「・・・・・・」

「ねぇ?ご飯だけ」

志郎は前屈みになって、腕を後ろで組む頼子を見た。これは頼子がよくするポーズだ。以前は可愛いと思っていたこの仕草を志郎はややうんざりと見下ろした。

しかし、実際頼子はキレイな女だと思う。選ぶ服のセンスもいいし、流行の色染めた髪も、マメに美容院に行くせいで輝くような艶がある。志郎は先ほど静かに立ち去った優菜を思い浮かべた。

白い平凡な襟の立った七部袖丈のシャツにジーンズ。装身具は一切身につけていなかった。職業柄もあるのだろうが、短く切りそろえられた小さな爪は美しくマニュキュアし、スパンコールを蒔いた頼子のそれとは対照的だった。

「仕方がないな・・・」

志郎は苦笑を浮かべつつ応えた。そう、仕方がない。今俺はコイツの恋人なのだから。



―恋人?コイビト?俺は・・・

「あ!やり〜!嬉しいよ?」



志郎の自問を破るように頼子が輝くような笑顔を浮かべた。

「着替えてくる」

志郎は事務所の外にある階段から店舗の二階に上がっていった。





「シロちゃん、さっきからお酒ばっかり」

テーブルの上には志郎が好みそうなボリュームのある料理が並べられている。学生時代バスケットボールをずっとやっていた志郎は健啖家だ。

「ん?ああ、食べるよ。お前も食べな」

「私はこんなに食べらんないよ?脂っこいものばっかりだし。シロちゃんのためにオーダーしたんだよ?」

頼子の皿には、野菜や白身魚のメニューが乗っていた。フォークを使って上品に料理をつつく頼子を見て、先日、その繊細な外見に見合わず、並んだ料理を次々平らげていった優菜が又被って見えた。

「なるほどなぁ・・・そんなもんか、普通は」

志郎は一人ごちる。

「あ〜?何なに?何がなるほどなぁなの?」

嬉しそうな顔で頼子は笑いかける。

「アイツは珍しいタイプなのかな?」

「アイツ?誰?」

途端に頼子の顎が引かれる。これも緊張した時の彼女のクセだ。

「ああ・・・さっき羽山がいたろ?あいつあんな細っこいクセして、意外とゴーカイに飯喰うんだぜ」

「・・・シロちゃん・・・羽山さんとご飯食べたの・・・?」

あ、まずかったか、というような表情を自分は作ったに違いない。と、志郎は思った。なぜなら、頼子の顎がますます引かれて上目遣いの瞳が硬くなったからだ。

「ああ、昔のことを謝るついでに。なんとなく」

「なんとなくご飯に誘ったの?」

「お前も言ったろ?俺、率先してアイツのこと苛めてた。そのことずっと気になってて、再会した機会にケジメをつけたかったんだ」

「謝るだけのためにわざわざ呼び出したの?あの人を」

「ええと・・・どうだったかな?あ、違った。今日の小学校のなんとか学習の依頼に学校を代表して頼みに来た時だったかな?ああそうだった。」

志郎が優菜を呼び出したわけではないと知って頼子の顎が少しだけ元に戻った。

「そうなんだ・・・」

「ああ。その時、今謝らないと俺の気持ちがこの先ずっとすっきりしないと思ったからな」

「シロちゃんらしいなぁ・・・思ったらすぐ実行なんだね」

「そう・・・かな?」

よくわからなくなって、志郎は目の前の料理を攻撃し始めた。先に酒を進めてしまったが、さすがに腹は減っていたらしく、どんどん食べられる。

頼子は志郎が食べるのをしばらく見守ってから、そのイキオイに飲まれたかのように自分も少し皿に手をつけた。

「・・・・・・それであの人は許してくれたの?」

しばらくしてから頼子は話題を蒸し返す。

「う〜〜〜ん、俺ははっきりと謝ったんだが・・・・・・」

「うんうん」

興味を示して頼子が身を乗り出す。

志郎は頼子から視線を外して、なんと応えたものかと迷った。

「アイツはあんまり覚えていないようだった・・・あんまり喋らないヤツだからな。まぁ、今更そんな昔のことを言い出されても困るって様子だったな。食事も無理やり誘った感じになったし。・・・・・・どっちかと言うと迷惑そうだったかもな・・・」

苦々しく志郎は付け加えた。

「そりゃそうだろうねぇ・・・わかるよ。羽山さんの気持ちも。いきなりそんなこと持ち出されて謝られてもなぁ・・・引いちゃうよねぇ」

途端に頼子は物わかりのいいところを見せた。これで懸念の殆んどは払拭されたと感じたからだ。

「ああ。だからもう別にいいんだ。そのことは、とりあえず」

―本当か?本当に俺はそう思っているのか?

「だったら、いいの。ごめんね?」

「なんで、謝るんだ?」

「ちょっとびっくりしたから。シロちゃんがあんまり拘るもんだから、あの人に。だからちょびっと妬いちゃったの。」

「・・・・・・」

コイツは侮れない。と志郎は思った。自分が悪いように振舞いながら、ちゃんと志郎に釘をさしている。お前の彼女は自分なのだと。

そうだ、実際そうなのだ。最初の思惑とは違って、いつの間にかコイツとは両家公認の仲みたいになっている。このまま行けばおそらく先は目に見えている。自分はとりあえずいいオンナだと思ったから、帰郷して再会した際に軽い気持ちで付き合い始めただけだったはずなのに。



―もしかして、俺って最低?





志郎はだんだん料理の味がわからなくなっていた。










              ○●○●○●○●○●○●










そうそう、志郎、タマには悩むといいよ。(鬼)






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トパーズ色の空の下