自分は一体なんでこんなところにいるんだろう・・・・・・?
先ほどから既に何回目かの問いを優菜は心の中で繰り返す。
優菜の最寄り駅近くの居酒屋。金曜の夜ということで、店はかなり混んでいる。チェーン店ではなく、地元の野菜や肉を使う事が売りの店だった。特に垢抜けた様子はないが、物の味をよく知っている地元の大人で賑わっている。若者たちの姿は多くはなく、彼らはもっと先の県庁所在地があるような町の店で飲むのかもしれなかった。
ついさっき、いきなり過去のイジメを謝られた後で、送って行くと再び車に乗せられ、優菜がしぶしぶ二駅先の最寄の駅を告げると、軽トラックは空いた県道を調子よく走り、あっという間にこの場所に着いたのだった。
ぎこちなく礼を言って帰ろうとする優菜を再び引きとめ、「飯でも喰おう」と駅近くのガレージに軽トラックを停めてこの店につれてこられた。
「あのっ、ご飯はいいから。別にお腹空いていないし・・・」
冗談じゃない、今更長年会わなかった、それも苦手としていた幼馴染を相手に食事など論外だと、優菜がしどろもどろに断りを入れようとしても、「俺が減っているから付き合え」と聞き入れてもらえなかった。
そして、二人と入れ違いに出て行った4人連れが占領していた、店の奥にある半分ほど仕切られている席に案内される。
志郎はこの店は初めてではないらしく、どっかりと腰を下ろすと、慣れた様子で次々と料理と酒を注文していった。
「えっと、お前は何にする?」
優菜にはものすごい量に思える分量の料理と、ビールをオーダーした後で、志郎は瞳を上げて優菜を見た。
「・・・私はいい・・・それより冬木君、車でしょ?お酒は・・・」
「ああ、いいんだ。あとで誰かに取りにやらせるから」
「・・・・・・」
金持ち息子め、という表情を優菜がしたのだろう、志郎はふっと苦笑いをして視線を外した。
「・・・じゃあ、とりあえずビールでいいな。飯は適当に来たものを喰えよ」
優菜が何もいえないでいる間に、二人して居酒屋の奥の席に落ち着くことになってしまったのだ。
なんでこういう事になったのだろう・・・。
優菜は改めて、もう一度自分に問いかける。
目の前の志郎は、次々に運ばれてくる料理を平らげるのに忙しいようで、ろくすっぽ優菜のほうを見ようともしない。
そして困るのは、実は優菜もかなりの空腹であるということだった。
今日はクラスの男子が隣のクラスの女子と言い合いをして、言い負かされ、クラスの他の男子にからかわれて泣き出してしまった。その男子の言い分を別室で聞き、落ち着いたその子は遅れて給食をとったが、優菜は隣のクラスの親分格の女子の話を続けて聞いたため、昼休みがなくなり、昼食を取り損ねてしまったのだった。
その後、放課後職員室で出されたおやつとお茶を少し食べ、急ぎの仕事をこなした後、すぐに校区へと出かけたため、朝から殆んど何も食べていないも同然だったのだ。
こんな奴と食事なんてできるはずがない、さっきまでそう思い込んでいたのに、視線は知らず、おいしそうな大根と鶏肉の煮物や、木の芽の田楽に彷徨ってしまっていた。大根は大振りのもので、中心まで色が変わってしまうほどによく煮込まれているようだった。
「喰えよ」
タイミングよく志郎が促す。
「・・・・・・」
つられて箸を取ってしまったのが運のツキ。
煮物、揚げ物、そしてサラダへと次々と箸を進めてしまう。料理はどれもおいしかった。近所にこんないい店があると、今まで知らなかったのが残念なくらいだった。
「・・・お前・・・旨そうにモノを喰うのな?」
「え!?」
驚いて箸を止め、優菜は正面を見た。そこにはいつの間にか箸を置き、大きな手で自分の顎を支えながら優菜を見つめている志郎があった。
「昔からそうだったよな?給食も全部食べてさ・・・」
「・・・・・・」
そんなことまで覚えられていたのか、と優菜は嫌な気分になった。女子からは自分が時々貧乏だから食い意地が張っているんだとか、陰口をたたかれたものだった。当時母が体が弱く、おやつなどを買ってもらえたことはあまりなかったし、朝ごはんの支度もままならぬ時は、買い置きのパンを頬張って学校に行っていた事は事実だったので、毎日暖かいものが食べられる給食はとってもありがたかった。
しかし、いくら空腹だったとはいえ、そんなにガツガツと食べていたのだろうか?昔を想起させるほどに?
「オレも喰う事が好きだからな?女で旨そうに飯を食べる奴はいいよ。」
優菜の顰めた眉を見たからかどうか、志郎はそう言って気持ちよさそうにビールをあおった。
「いっつも駅まで歩いているのか?こんな遅くに」
「・・・いつもは自転車。今日は家に置いてきた。商店街を廻るのに迷惑だって思ったから。」
話題が変わったことにほっとして優菜は説明した。
「・・・そうか・・・ここは田舎だからな、今までは取り立てて物騒なことはないが、最近どこも安全だって保障はないからな。街灯は少ないし・・・気をつけろよ」
「・・・うん」
なんだか、拍子抜けがする。いたって普通の会話ではないか。先日ばったり会ってしまった時はあんなに苦々しい気持ちになったのに。今日だって、仕事とはいえ、あの大きな酒屋にゆくのが憂鬱でしかたなかった。なんで、こんな風に話せているんだろう自分は。先ほどからの問いは今度は中身を替えて優菜の頭の中にぶら下がった。
「・・・なったんだ?」
「えっ?」
どうやら優菜はよほど考え込んでいたらしい、志郎が何か聞いてきた事が耳に入らなかった。
「・・・なんでお前は教師になったんだ?って聞いたんだ」
既に「お前」という人称が定着してしまっている。優菜はやや不愉快な気もしたが注意する気にもならなかった。こういう目の光の強い男性は自分のやることを容易く変えたりはしないのだろう。
「ああ・・・なんでかな?学校は嫌いじゃなかった」
「え!?本当か?」
「・・・・・・あんなに苛められてたのにって言いたいの?」
「・・・いや・・・」
しかし、志郎がそう思ったことに間違いはないと優菜は皮肉に思った。
「苛められてたのはここにいたときだけ。他では別にそうでもなかった。友だちはあんまりいなかったけど」
「・・・・・・」
「学校は好きだった。先生はまぁ大体は味方になってくれたし。・・・・・・かわいそうな事情の子だったからね」
「ふ〜〜〜ん・・・」
「それに安定した仕事に就きたかったのもあるし」
志郎が複雑な顔を見せたので、優菜は急いで付け足した。ウソはついていない。
あいかわらず自分を飾らない奴だ、と志郎は優菜を見つめていた。
昔からどんなにからかっても自分を弁護したり、先生に言いつけたりしない少女だった。もしかするとそんな優菜が憎らしくて、なんとかしてへこませてやりたいと、自分はしつこく関わろうとしていたのかもしれない。やり方としては大間違いだったけれど。
今、大人になった優菜を見てもその印象はあまり変わっていなかった。
美しいといってもいい、整った面立ちなのに、殆んど化粧のあともなく、あの頃より少し短くなった髪を後ろで無造作に結わえているだけだ。服装も頼子などが見たら『ダサイ』と評し兼ねないほどの無難なものだし、さっき牡蠣フライを頬張る時の口のあけ方は、いっそ潔いくらいだった。
自分のことをあまり語ろうとしない。志郎が聞くからしぶしぶ応じているだけだという態度が丸見えで、自分のことばかり喋りたがる女性ばかりを相手にしてきた志郎は、優菜から話を引き出すのに努力している自分に驚いた。
見れば、優菜のビールのジョッキは空に近くなっている。案外とイケるクチなのかもしれない。志郎は自分のお代わりを頼むついでに優菜にも促した。
「オレは燗。お前は?」
「・・・もういいです。お冷を・・・」
問われたことに少し驚いたように優菜はもじもじと答えた。
「明日は休みじゃないのか?」
「そうだけど・・・もういいの。」
「・・・じゃあ、オレもやめる。」
「・・・・・・」
テーブルの上にはあらかた片付いた、料理の皿。通りがかった店員が手際よく下げてゆく。その後姿を見ながら志郎は呟いた。
「・・・迷惑だったか?強引に誘って」
「・・・・・・初めは、少し」
「・・・・・・正直な奴だな。じゃあ、オレも正直に言うわ。また、誘っていいか?」
見開かれた優菜の目が志郎の視線とがっちりと合う。不敵な・・・それでいて繊細そうな光を湛えた瞳は子どもの頃と同じなのか、それとも・・・・・・?
春は盛りを過ぎてゆく。僅かに残った桜の花びらがはらはらと夜風に舞い、街灯の光と暫し遊んでアスファルトに落ちる。惜春というのだろうか・・・・・・桜には人を浮き立たせる反面、なぜか懐旧の情も呼び覚ます力がある。
駅から離れるともう、空き地の多い住宅街は静まり返っている。自宅を知られたくはなかったのに、送るといって聞かない志郎を優菜は拒みきれなかった。
まばらに花びらの舞う道を黙りこくって歩いている。
「ここだから・・・ありがとう」
新しいが、平凡な二階建てのハイツの前で優菜は足を止めた。
「・・・だめか?」
「え?」
「さっきの話。もう少し、お前を知りたい。」
「・・・・・・私なんて、つまらないだけだよ。冬木君はいっぱいやることあるでしょ?」
「それは遠まわしに、俺と会うのが嫌だって言ってるのか?」
やや、苦しげに志郎の鋭い眉が顰められた。
「・・・・・・そうじゃない・・・昔も今も、嫌・・・と言うのではなかった・・・と思う。ただ・・・興味がなかった。どうでもよかった。それに・・・」
そうか?大嫌いではなかったか?冬木志郎のことも、この町のことも。優菜は密かに自問する。しかし、今ここではそんなことは問題ではないらしい。
「うん?」
「あまりに自分とは違うから・・・・・・正直苦手だとは思う。」
優菜は言葉を選びながら、今の気持ちをできるだけ正確に答えた。
「そうか?違うか?」
「かなり」
「でも、お前は教師だろ?自分とは違う性格の子どもを、苦手だからって遠ざけるか?」
「・・・それは意味が違うと思う。だって、相手は子どもなんだし」
「まぁ、そうだけどな。だが、長い目で見てくれよ。せっかくこの町に帰ってきたんだ。授業でもお世話するんだから・・・」
そうだった、来月の体験学習では学年の何人かが、冬木リカーショップで世話になる予定だった。
「苦手なタイプの人間と上手くやっていくのも、経験値だぞ。タマには誘わせてくれ。・・・じゃあ、お休み」
そう言って志郎は腕を上げて挨拶すると、大またで歩みさった。弱い街灯の光に照らされた大きな後姿を唖然と見送る。
「なんだっていうんだろう・・・」
優菜は心の中で感情を処理しきれず、声に出して呟いてみる。
冬木志郎。
昔と変わらないように見える傲慢さは確かにある。
優菜などを誘ったりしたのは、確かに昔の罪滅ぼしの意味もあるかもしれないが、単に田舎暮らしが退屈で、何か目新いことを探していただけの事かも知れない。
だが―――
印象が強すぎる。
あまりに強くて、残像のように視界に残る。
大きな体も、強い目の光も。全て自分には無いものばかり。
10年余りを経て、再び廻り会った幼馴染・・・というには余りに薄い関係だった二人。
なぜ今頃になって・・・・・・
―まぁいいわ。
優菜はゆっくり顎を上げた。
ハイツの横に立つ若い桜の梢からも、ひらひらと花びらが落ちてくる。
―なんでもないことだわ。自分をしっかり持っていればいいのだから。今までのように。
今の自分にとって大事なのは、まだ慣れたとは言えない仕事に専心することだ。孤独な優菜にとって自分で自分を養うということはアイデンティティーだ。そして、できるなら、よりよい中身を伴いたい。
その事の前には、志郎との再会など、些細なこと。というより、彼の家は地元の名士ということだから、うまく使えたらこの土地に縁のない優菜にとって、悪くはない事になるかもしれない。そう思うと少し気持ちが落ち着いた。
ゆっくりとハイツの階段を登ってゆく。
桜の季節は終ろうとしていた。
ぬるさを含んだ夜の空気には、一筋の艶やかさが混じっているのに優菜は気が付いてはいなかった。
○●○●○●○●○●○●
再会編、終了。お約束更に完遂。
ともかく、二人はめぐり合い、そして新しい局面を迎えようとしています。
今後どうなるのかは、今のところわかりません。
夏ごろまでには、第三章をはじめたいと思っていますが、はてさて・・・
読んでくださりどうもありがとうございました。ご意見、ご感想などをもじ文字ぱぁくフォームよりいただければ、幸いです。 2007.3.1 ぷんにゃご
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