―さてと・・・いよいよここだわ。
優菜は駅前のロータリーの中で、一番大きな店の前に佇みながら意を決する。商店街の一番忙しい夕食時を避けて来たので、既に春の日はとっぷり暮れていた。
体験学習の依頼の最終目的地、「リカーショップ冬木」。
―まぁ、でも彼が今ここにいるとは限らないし、たとえいたとしても私は地域の小学校の代表としてビジネスライクに応対すればいいんだから・・・
何も恐がることはないと自分に言い聞かせ―――その実、言い聞かせなくてはなら無いと言う事は実は恐がっていることの証ではないかと言う、自分への突っ込みにはきっちり蓋をして優菜は店に入っていった。
レジの店員に名のり、用件を話すと、社長に言ってくれということだったが、それは想定内のことだったので、大して動揺も見せず、優菜は奥にある小さなドアに掲げてある、「関係者以外立ち入り禁止」のプレートの中に入っていった。「社長」というのが志郎の兄である事はすでに聞いていたから、優菜は我知らず肩の力が抜ける。
そこは小さな事務室で、壁際に置かれた意外と整頓された事務机に最新型のPCが置いてあり、様々な伝票やメモがコルクのボードに貼り付けられている。
側の方にさらにドアがあり、おそらくは倉庫に繋がっているのであろうと思われた。
事務室には初め誰もいなかったが、奥のほうで携帯のなる音が聞こえ、間もなく奥の扉が開き、二人の男性が入ってくる。若くて中背なのと、がっしりした壮年が。
「あ、いらっしゃい。えーと小学校の先生で?」
優菜はほっとした。話しかけたのは落ち着いた感じのする若い方の男性で、顔が似ていることから、この人物が聞いていた志郎の兄と思われた。もう一人のがっしりした男性はちょっとこの部屋に用があっただけらしく、優菜に会釈をすると慌しく出て行ってしまう。
誰だっていい、相手が志郎でないのなら、こちらも構えずに話ができると言うものだ、と優菜は目に見えてリラックスしている自分を感じる。
「はい、先日お話した生活体験学習の件でお願いに上がりました」
「はいはい、話は伺っていますよ。私はこの店の責任者で冬木悟郎といいます。はい、名刺・・・・・・あ、ちょっと待って」
突然鳴り出した無遠慮な携帯の音にどきりとするが、商売の時間中に邪魔をしているのは自分なのだからそれは仕方がないと思う。
「あ・・・お前か・・・・・・うん・・・いるよ?それがどうした?・・・・・・え!?5分待てって・・・?何だよそれは?・・・・・・まぁいい、早く戻れ。」
携帯をポケットにねじ込むと、悟郎は優菜に会釈した。その笑顔はいい印象を優菜に与えたが、電話の内容に優菜は不安になる。電話を受けながら優菜をちらり見たことも気になる。ここはさっさと切り上げた方がよさそうだ。
「すみません。・・・・・・お話はきいています。小学校の生徒さんを受け入れたらいいんですよね?確かおと年あたりから、この商店街で行っているとか・・・」
「はい。組合長さんにはさっきお会いしてきました。今年もできるだけ協力してくださるとのお言葉を頂いて・・・・・・」
「ええ、ウチも是非協力させていただきます。なんたって私も、弟も葛ノ葉小学校の出身ですからね」
「あ、ありがとうございます。授業の実施日は5月の25日で、こちらには4人の児童が伺うと思います。詳しい資料はもう少し日が接近したら、持って上がりますので・・・これは学校の授業計画です・・・何卒よろしくお願いいたします」
一気にまくし立て、深くお辞儀をして優菜はそそくさとその場を後にしようとした。
そのとたん、ドアがいきなり開き、目の前には優菜が最も会いたくない人物が立っていた。
「よぅ・・・」
「こ・・・こんにちわ。あの・・・それでは、よろしくお願いします」
優菜は振り返り、不思議そうにこちらを見ている悟郎にもう一度深々とお辞儀をすると、志郎の横をすり抜けようとした。
途端にがっちりと二の腕を掴まれる。
「なんだよ。なにか学校に協力しろって話じゃあなかったのか?羽山さん」
「あ・・・その件は社長さんにお話をして許可を頂きましたので・・・私はこれで・・・」
「待てよ」
「・・・なんでしょうか?」
反射的に腕を振り解き、優菜は志郎を見上げた。近くに立たれるとふり仰がなくてはならないほどの身長差が恨めしかった。
「もう5時過ぎたぜ・・・勤務時間は済んだろう?少し話さないか?」
「なんだ、お前、この先生と知り合いか?」
悟郎がやっと合点がいったように弟に尋ねた。
「ああ、幼馴染さ。昔ここに住んでたんだ。一緒のクラスだったよなぁ」
あからさまににやりとこちらを見る志郎に、優菜はとりあえず曖昧な笑いを浮かべて頷くしかなかった。
「ええ・・・でも私、学校に戻らなくてはいけないので・・・失礼します」
「じゃあ送ってやるよ。軽トラだけどな。悪い兄貴、ちょっと行ってくるわ」
「ああ、大丈夫だ」
―なんでこんなことになるんだろう?
軽トラックのベンチシートに座りながら、優菜の周りには疑問符が飛び交う。
ちらりと横で運転する志郎を見ても、彼は精悍な横顔を見せて、夕暮れの国道をまっすぐ見つめ運転しているばかりで。
さっきは話さないか、といったはずなのに一言も口をきかない。優菜も特に話題はない。当たり前だ、10年も前にほんの数年一緒のクラスで、しかも仲が良かった訳ではなかった―――はっきり言って大きらいだった幼馴染に、今更なんの話があろう?
「正門前でいいのか?」
優菜が考え込んでいる間に、短いドライブは終わり、トラックは小学校の正面の道を走っていた。
「あ、ここで・・・」
正門のすぐ横に車は止まり、優菜はもごもごと礼を言い、あたふたと飛び降りた。
そのまま正門から校内に駆け込み、とりあえず職員室へ向かう。既に日は落ちかけていて、残っている職員も少なくなっていた。実はあのまま駅から帰る予定で、そのように段取りをしていたので、既に残った仕事もなく、なんとも情けない気分になる。しかたなく、10分ほど無理やりファイルの整理をして過ごす。
―せっかくあのまま帰れたのに、ウソまでついて戻ってきて・・・・・・私何やってるんだろう?もういいよね。・・・帰ろう。
声を掛けてくる同僚に忘れ物をしてきた振りをしてごまかすと、優菜は再び校舎を出た。
くるくるとあたりを見渡しても白い軽トラックの影はない。
―あたりまえか。
優菜はコートの襟を合わせた。今夜は肌寒い。門からまっすぐ伸びる道を足早に歩き始める。駅までは早足で10分の距離だ。
「よう、もう終わりか?」
「きゃあ!」
近くの家の玄関から、ぬっと大きな影が出てきたときに優菜は肝を潰した。
「あ、わるい。驚かせたか?ここお客さんの家でな。ここまで来たついでに御用聞きだ。今終った」
見れば広いその家の駐車場に軽トラックが止まっている。優菜は泣きたくなった。
「送る」
「・・・なんででしょう?」
優菜は怯んでいる自分を悟られまいと、必死になって足を踏ん張った。
「何が?」
「私のことなんてほおっておいて下さい」
「なんで?」
「別に貴方と私は友達でもなんでもないでしょう?」
「今から友達になればいいじゃないか」
玄関灯に顔の半分を照らされながら志郎はこともなげに言う。
「・・・・・・なりたくないんです」
「教師のいう言葉とも思えんなぁ」
「・・・・・・」
「まぁ羽山が俺を嫌う理由もわかるがな。まぁ、そういうことも含めて話がしたいんだ。乗れよ」
いやだといおうとしたその時、玄関先の声が聞こえたのか、この家の主婦がガラガラと引き戸を開け、けげんそうに顔を出した。
揉めてると思われてはならない。私はこの近くの小学校の教師なのだから。優菜は作り笑顔で会釈し、この場所を去ろうとした。志郎もすぐに営業用の表情を作る。
「あ、すみません。ここでばったり友達に会っちゃって、つい。ご注文ありがとうございました。これで失礼します。」
そういうと優菜の返事も聞かず、強引に二の腕をとられて車に乗り込まされてしまった。すぐにブレーキが解除されエンジンが動き出し、あっという間にトラックは一本道に乗り入れた。そのまま妙にゆっくり走りだす。
「この道はそんなに変わんねえだろ?舗装されただけで」
真正面に見える山々の稜線は、名残の夕日が落ちる寸前の輝きに縁取られている。それを見ながら志郎は呟いた。
「そう?」そっけなく優菜は応じる。いかにも覚えていない風を装って。
しかし、それは嘘だった。
どう言う訳か、優菜はこの道をよく覚えていた。小学校の正門から西に向かってまっすぐ伸びるこの道を。
「・・・・・・もっと広かった」
「え?」
ポツリと呟いた優菜に志郎は思わず、助手席を見る。
「こんなに近くまで家がなくて・・・田んぼがもっとあった」
「ああ・・・そう、そうかもな。毎日見てるとわからなくなるな?記憶のどこまでが小学時代で、どこからが現在なんてな」
「・・・・・・」
優菜は頑固に前だけを見ていた。もうじき最後の陽の名残も消え、遅い春の夜があたりを包むだろう。
「・・・悪かったな」
低く、しかしはっきりと志郎が言った。
「え?」
思わず優菜は志郎に視線を滑らす。
「いい訳になるが、あの頃はみんなどうしようもなくガキで、その上俺は嫌なガキだったからな。イジメてたろ?お前のこと」
「・・・昔のことです」
「ああ・・・・・・でも、俺は覚えていたんだ。・・・・・・いや違う、ほんとは殆んどいつもは忘れていた。でも、夕焼けを見る度、お前と最後にあった日のことを思い出していた」
「最後に・・・?」
オマエと呼ばれたことに少し違和感を感じながら優菜は静かに問うた。志郎とこの地で最後にあった日の事とは・・・・・・
「ああ、最後に。お前が転校する前の日だったと思う。俺はお前に完膚なきまでにやり込められた」
「ええっ!」
優菜は本気で驚いた。やり込めるだなんて、自分はそんなことをした覚えはない。確か―――
「そんなことしてない!冬木君が意地悪なこと言ってくるから・・・もう私は関係ないんだって思って・・・そう言っただけ!」
「・・・覚えていたんだな」
にやりと口の端で笑って志郎はちらりと又、優菜を見た。
「やっと俺の名前を呼んだな」
「!」
そう、優菜もよく覚えていたのだ。記憶の底にしまってあった、あの雨上がりのすばらしい夕焼け空、まっすぐ伸びる泥んこの一本道、自転車の少年と交わした言葉を。
「あの時、お前は俺の前をするりとすり抜けて、そのまま戻ってこなかった。俺は・・・・・・」
言いよどむ志郎の眉根が寄る。
「・・・・・・お前に学校に戻って欲しかったんだ」
「あの時はお母さんが死んで―――」
「ああ、そうだったな・・・あの時のことを謝りたくて・・・この辺りだったっけか?」
急にトラックが止まった。すばやく志郎が運転席から飛び降り、そのままぐるりと回って助手席のドアを開けた。
「降りて」
「え?」
訳が分からないまま、優菜もシートから滑り降りる。志郎は優菜の腕を取り、少し先の路肩まで連れて行った。
「ここだ、用水路の名残があるからな。ここで昔、俺たちは別れた。だからここからやり直すんだ。今思いついたいい訳だがな・・・・・・すまん、許してくれ」
そう言うと志郎は大きな体を折って頭を下げた。
「ちょ・・・困るよ・・・やめて」
狼狽した優菜が頼んでも、志郎の頭は上がらない。
「・・・・・・もういいよ。お互い子供だったんだし・・・その時のこと覚えている人がいたなんて思ってもいなかったから、冬木君が覚えていてくれただけで・・・私がここにいた甲斐はあったんだわ・・・今、そう思った。もう気がすんだでしょ」
志郎の頭がゆっくり上がる。
「俺は自分の気をすますために謝ったんじゃない」
「どうでもいいの。もういいの。そんなこと、私の中では終ったことだから」
そうだろうか?優菜は言いながら自分に問う。終ったことなら何故、志郎にこれほど会いたくなかったのか?彼に仄めかされただけで記憶の底にしまいこまれていたあの場面がまざまざと蘇ったのか?
「そうか!」
不意に強い口調で志郎が言った。
「じゃあ、俺たちは最初からやり直せるわけだな」
「え?」
「改めて言うよ。友達になってくれ」
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年内更新、お約束完遂!(おい〜)
和解を果たした?優菜と志郎。この章は多分次回で終ると思います。
気長にお待ちください。春頃までにはアチラ(どちら?)の萌えも峠を越すと思われますので。自信ないけど・・・。
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