めきめきと木々は萌え立ち、先週までの肌寒さはどこへやら、急に季節が進みだした。

桜は早や、散り初めとなり、柔らかい若葉が顔を覗かせている。

水曜日は週の半ばということで、優菜は比較的楽な時間割を組んでいた。1時間目は国語、2・3時間目は生活科で学級、もしくは学年単位でいろいろな授業計画が用意されている。勿論、授業内容は学年会議で検討され、校外に出る事もある。そして、給食があって5時間目は学級活動。主に生活科で、学習したことを話し合ったりまとめたりする。





その日の生活科の学習内容は、「自分たちの地元の産業をよく知ろう、体験しよう」というねらいで1ヶ月単位で学習計画を立ち上げていて、これはベテランの1組の担任、学年主任でもある小村和枝が計画したものだった。

今日は単元の1時間目。

自分たちの町にはどんな産業があるのかを調べて、どんな風に自分に関わっているかを出し合うのがテーマだ。

他郡市から、通っている者も多い教師達に比べて、地元民たる児童たちは地域の事情に詳しい。最初は何を言ったらいいのかわからなかった子どもたちも「じゃあ、お父さんやお母さんのお仕事を言いあってみたら?」という優菜の問いかけをきっかけに、いろんな産業、というより職業が出され、自分の生活のどの部分に役立っているか活発に意見が出た。

これまでのこの科目の進行の難しさから比べると、児童たちに主導権を与えたこの授業はなかなかいい感じにまとまってきたかなと優菜は思った。

キュキュキュ、とチョークが鳴り、書記役の進藤さんと言う女子がなかなか上手な文字で黒板を埋めてゆく。その3分の2ぐらい埋まったところで、優菜はまとめようと立ち上がった。



「ずいぶん意見がでたね」



ざっと見渡してみると

お米作り―毎日のご飯

野菜を作る―おかずとか

車をつくる―自家用車

お花を育てる―きれいな物を見て楽しむ、等の生産的な物と、

家やビルを設計する―自分たちの住む家や学校

会社でお金の計算をしている―それで給料を貰う、生活する

いろいろな物の配達をしている―お歳暮などを受け取る

等のサービス業的なものに分かれる傾向があった。概ね、地元の子どもは前者、新興住宅地の子どもは後者に分かれるのも興味深い。

「・・・じゃあ、一度体験してみたい産業って何かな?議長の田村君、順番に聞いてみてくれる?進藤さん記録してね。今まで出た以外のものでもいいからね」

これも比較的すんなり手が上がり、記録をとったところで授業が終った。これを元に児童が体験できそうな職種をピックアップし、職員で授業に協力してもらえそうな所に依頼する。少し大変そうだが、去年もおととしも同じ学習をやっているので、ある程度は住民にも協力してもらえるし、既に地元の農家や店が候補に上っている。後は新しく希望の出た職種に頼んでみるだけでいい。

優菜は、少し楽しみになってきた。子ども達も興味を持ち始めた事が、授業の手ごたえから伝わってきたからだ。



―いつもこんなだったら楽なのにな・・・、さて明日の学年会議で早速報告しなくっちゃ






4時間目は体育だった。





優菜は更衣室でジャージに着替え、運動場に出ると既に体育係りがヤカンに水を入れ、ドッヂボールのコートの線を引いている。今日は男女混合で行っていいといってあったので、みんな早くやりたいと協力的に整列していた。

準備体操とランニングを終え、いよいよゲームの開始である。

ピーッ!優菜の笛の合図で2チームに分かれ、ゲームが始まった。

ドッヂボールは子ども達が好きで週に一度はねだられて行っている。1学期の終わりにはクラスマッチもあり、ほとんどの子どもが生き生きと取り組む。

大きな体格の子はきついボールを放るが、的にもなりやすく、何回もコートを出たり入ったりしている。すばやく逃げ回る小さな女子もいる。みんなすぐに汗みずくになり、大声を上げている。

「おい!ワンバン(ワンバウンド)は関係ないだろ?陣地に残れ!」

「ええっ、ほんまにワンバンか?」

夢中な声が飛び交う。

コートのことを陣地と言う習慣は昔からのものだった。

かつて狙われもせず、ボールを積極的に拾いに言ったこともほとんど記憶にない優菜は始めのうちそれが不思議だった。

ドッジボールは制限時間内にどれだけ自分たちのコートに味方が残っているかで勝敗をきそう。勿論味方が全部当てられてコートの外に出たら、そこでゲームセットだ。

AチームとBチームで2試合したが、両方ともBチームの勝ちになった。2回ともAチームの子が全員当てられてしまったのだ。



「せんせぇ〜、不公平よ〜」

Aチームのリーダーの女子が不満そうに言う。

「なんで?」

「だって、ウチ一人休んでいるし、向こうはウマい横山君がいるんだよ?」

「そうそう!もう一人入れてよ〜。」

大体こういう発言をするのは女子が多い。徒党を組むのはお手の物である。

「何だよ〜、この前の学級会で公平にチームを決めたじゃん」

相手チームの男子が負けじと応じる。

「だって、一人休むとは思わないもん。結構うまいスッギーだしぃ。誰かこっちのチームに来てよ・・・もう一試合できる時間じゃん」

「そうだけど・・・誰かチーム移るやつおる?」

ええ〜、とBチームのメンバーからは弱い抗議の声が上がる。圧倒的に勝っているチームから移動するのは誰だっていやだろう。優菜はちょっと困ってしまった。

「・・・じゃあ、先生こっち来てよ!」

「ええ?」

「そうだ!それならいいよ!」

今まで不満を漏らしていたAチームの女子が優菜の腕を掴んで群がる。

「ええ〜、でも先生あんまり上手じゃないよ?」

「いいっていいって!数のうちだから!」

あまり嬉しくないお言葉と共に優菜はAチームのコートに引っ張っていかれた。Bチームの子ども達も面白そうな成り行きに笑いさざめきながら、早く試合を始めたくて自分たちのコートに入った。審判は無しでもいい雰囲気になる。



―しょうがないなあ・・・



しかたなく優菜はAチームに加担してゲームに参加することにした。勿論今までにも経験はあるが、この学校では初めてだ。みんな都会の学校の子ども達より運動ができる。投げるボールは結構威力があって侮れない。

試合が始まった。

Bチームはさすがに強い。横山くんはさすがに狙った的にはしっかり当ててくる。外しても勢いのあるボールは向かい側の味方に拾われ速攻で投げてきて、なかなかいいコンビネーションで攻めてくる為、Aチームのメンバーはどんどん減っていった。

優菜は小5にしては大柄な横山くんとほとんど同じ背丈しかないが、それでも5年生の女子の中では大きくて目立ち、よく狙われた。しかし、学生時代少しやっていたバドミントンのおかげでフットワークがすばやく、逃げることは上手だった。

「せんせ〜、ずりぃ〜、逃げてばっかじゃんか〜」

3度目にかわされた横山君が笑いながら文句を言う。

「いーや、逃げるのも作戦よ?ねえ?」

すっかり楽しくなってきた優菜は数少ないメンバーに訴えた。そうだそうだとこちらも負けじと声が上がった。

「さぁみんなあと少し。斉藤君、ボール取ってね!反撃しよう」

いつの間にか優菜もびっしょりと汗をかいていた。









運動場の向こうの道に白い軽トラックが停まっている。立ち木に遮られて運動場からはよくわからないところだ。

志郎は車を降りて、木陰からネット越しに歓声の上がっている方を眺めた。

子ども達が大声を上げて走り回っている。その中で優菜も生き生きと動き回っていた。白いTシャツに紺のジャージ。後ろで一つにまとめた髪がぴょんぴょん跳ねまわり、小柄なその姿は、子供たちの中に紛れ、知らなければ指導者だと思えない。



―なんだ・・・あいつ、逃げてばっかりじゃないか・・・ヘタクソだなぁ・・・



優菜のこんな姿を見たのは初めてだった。

勿論同級生だったころにも体育でドッヂボールはやったはずだし、志郎はいつもリーダーだった。チーム分けも率先して行った。しかし、思い返してみても、そこに優菜の印象はない。


―きっとうまく立ち回っていつも逃げてばっかりだったんだろう。他の子どもの陰に隠れて。



しかし、今の優菜は同じように逃げてばかりでもちゃんと相手のほうを見ている。ボールの行方を追っている。うまくボールを受けた子に指示を出してまるでそのチームのリーダー役のようだった。勿論指導者なのだから当然なのだが、積極的にゲームを楽しんでいる印象を受けた。



「ワァッ!」「ヤッターッ!」「パス!パァ〜ス!」

ひときわ大きな歓声が上がった。優菜が終に大柄な男子の放ったボールを受けたのだ。頬が真っ赤に紅潮している。すぐに優菜は自分のチームの投げ手の男子にボールをパスした。腕がぐんと振られ、汗が飛び散った様子だった。

パスを受けた男子はすばやくボールを放って、終にクラスで一番大柄で上手いと思われる男子の足先にボールを当てる事ができた。

「ウワァー!」「横山君が当たったー!」「センセー、ナイス!」

優菜も両手をあげて近くの子どもと対ハイタッチをしている。これで残ったメンバーは両チーム同数となり、一気に盛り上がったところでチャイムが鳴った。



―残念だったな・・・羽山・・・最後のボールはナイスだったけどな・・・



配達の途中だったトラックに再び乗り込む。

エンジンをかけて、フェンスごしに最後に運動場に目をやると、子ども達に囲まれた優菜が校舎に入っていくところだった。





二日後―――



沈痛な面持ちで午後の駅前通りを歩く優菜がいた。

学年会議の結果、体験学習で新しく候補に挙がった商店主に依頼をしに行く役目を仰せつかってしまったのだ。



その一つにリカーショップ冬木があった。











              ○●○●○●○●○●○●






お待たせしました!(既に見捨てられたかも?)
しかも、あいかわらずらぶらぶからは遠い。ってか、らぶらぶになるのか!?
地味な回ですが必要だと思っています。
でも、次は少し展開がありそうで・・・。
年内には多分・・・(←をい!)







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