頼子はベッドの中で昨夜の事を反芻していた。



晴れた土曜の昼前だと言うのに、今日は行く当てもない。志郎は今日も仕事だと言う。まぁ、酒屋の仕事に土日はないんだろうけど、自分としては大変不満だ。一応店としての休みは木曜と言うことになっているが、実際には休みの日も志郎は飛び回っている。会うとしたら昨日のように、四郎の兄に許可を取って早めに上げてもらうか、よほど早くから予定しておかなくてはならない。

あれから電車に乗って3駅、県庁近くにあるオーガニックレストランへ行ったのはいいが、志郎は何か考え込んでおり、いつもよりさらに上の空だった。相槌を打つ振りすらせずぼんやりし、何を食べているかも気が付かないようで、終いには頼子は話しかけることすら空しくなってしまった。

レストランを出て、頼子はこのまま一緒に過ごしてもいいと伝えたのに、志郎は明日も早くから仕事だと、食事を終え、頼子を送るとさっさと帰ってしまった。勿論別れ際のキスすらない。



ひどい・・・ひどすぎる・・・



でも、いくら冷たくされても、頼子は志郎が好きだった。小学校の時からずっと。



・・・なんで、なんで私が、こんなにつれなくされなくっちゃいけないんだろう?腹が立つ・・・今まで男に冷たくされたことなんてなかったのに・・・アイツ、ひょっとして私に飽きた?いーや!そんなこと認めない。



頼子は自分の考えに無理やり蓋をする。



責任感の強いアイツの事だから、仕事が忙しくなって、責任感じてストレス溜まってるだけかもしれないし・・・けっこうプライドも高いし、あんまりうるさく言わない方がいいのかもしれないし・・・意外とコンサバだから、あんまり軽いと思われるような格好とか、言葉遣いとかしないほうがいいのかもしれないな・・・・・・

今までは東京の女をいっぱい見てきたヤツだからって思って、少し派手目に振舞ってきたけど、ここらぁで軌道修正するか・・・まったく、シロちゃん、アンタ難しいよ。でも・・・見てろよ〜、ぜったい私をもっと好きになってもらうから・・・あ、今だってきっと好きなんだろうけどさ!

再会してから絶対コイツにするって決めてたんだ・・・そんなに簡単に引いちゃうなんて絶対できない・・・!





小学校は当時2クラスしかなかったので、みんな一緒の感じが強かった。中学になると、地域のもう一つの小学校と同じ中学校の校区になるため、当然クラスも増えたので二人の間は以前より遠のいた。

それでも、体格が良くて、勉強もスポーツもできる彼は女子の憧れの存在で、頼子はなんとか彼の近くにいようと、無理をして同じバスケット部に所属したり、委員会も一緒にしたりした。

それでも、志郎は特に一人の女子と親しくするわけでなく、頼子もせいぜい親しい女友達ぐらいの位置で満足するしかなかった。

高校は別々になってしまい、更に大学は志郎は首都圏の有名大学に進学したため、一旦は頼子は諦め、高校の先輩や、バイト先で知り合った男の子とチョコチョコ付き合ったりして、適当に遊んで地元の中堅企業に就職もできて満足していたのだったが・・・

思いもかけず、地元に帰ってきた志郎と付き合えることになって、頼子は有頂天になっていたのだった。



とり合えず、昨日志郎が上の空だったのは、あの子のせいだ・・・でもなんで?



小学校の時、3年ほど一緒で6年の途中で転校してしまったという、羽山優菜。
実は昨日帰ってきてから、卒業アルバムを引っ張り出してみたのだが、2学期の途中で転校してしまった彼女はぎりぎりで映ってはいなかった。修学旅行も一緒に行ってなかったから、スナップ写真すらない。かろうじて見つけた春の校外学習の集合写真はひどく小さく、はっきりしない。



だけど・・・彼女は確かにいた。



頼子は珍しく考え込む。

昨日志郎に言われるまではまったく記憶から消えていたが、ようやくうっすらと思い出す事ができた。



確か、これ見よがしにきれいな髪をかき上げたりして、なんかみんなでムカつくとかいってたっけ?雰囲気が都会っぽくって、あの頃のクラスのみんなから浮いていた・・・ような・・・?ぜんぜん明るい子とかじゃなかったし・・・

でも、なんでそんな子の事を、ほんのちょっと見ただけでシロちゃん、思い出せたんだろう?あの子だって言われるまで忘れていたようなのに・・・自分がイジメてたから覚えていたんかな・・・



頼子はベッドサイドの棚から携帯を手に取り、友人の名前を押した。



「あ?なるみ?今いい?あのさぁ、トートツなんだけど、小学校の時一緒だった羽山優菜ってコ、覚えてる?」

―ええ?何?ハヤマユウナ・・・?

「うん、昨日偶然駅前で会っちゃってさぁ・・・なんだか気になって・・・」

―・・・そういえばいたかも。そんなコ。ちょっと名前が珍しいから覚えてた。・・・でも、すぐ転校して・・・

「どんなコだったっけ?」

―さぁ〜・・・目立たなくて・・・いや・・・目立ってたんかな?・・・なんか、ちょっと雰囲気が変わってたような・・・結構シカトとかされてなかったかな

「そうそう、暗いコだったよね?」

―暗いっつか、あの時分にみんなに無視されたら誰でも暗くなるって・・・実は私は嫌いじゃなかったんだよね・・・今思い出すと・・・でも、なんでさ?今頃。

「いや・・・なんか、ウチの小ガッコに今、いるんだって。センセだって」

―へえ〜

「でも、なんか、感じ悪くてさ」

―そう?でも、珍しいね。ヨリが冬木君以外の話題を自分から振るなんてさ

「・・・そっかな」

―うん、どう?プロポーズはまだ?

「何言ってんの〜、私らまだ23だよ。モット遊びたいよ」

―まーね?今日はヒマしてんの?デートは?

「なし。忙しいんだって。」

―そ、でもいいよなあ。地元の名士どおしの付き合いだもん。前途洋洋だよね。

「そんなの関係ないよ。なるみもヒマだったらどっかでご飯でも食べよっか?」

―へへへ〜、こっちはデートだよん。

「あ、そうなんだ〜、又聞かせてよ。又連絡する。じゃあ」



頼子は携帯をベッドに投げ出すと、もう一度毛布を引っかぶった。










「志郎、これも発注するのか?」

伝票をめくりながら志郎の兄、悟郎が聞いた。

「なんだか、また最近名前の知らない外国の食品?増えてないか?」

「ああ、なんだか、流行の酢とかだと。ダイエット効果があるそうで最近、流行ってるんだそうだ。もともとネットから広がったらしいんだが、問い合わせが増えたんで、一遍入れてみようと思って。女の言うことだから流行り廃りがあるんだろうけど、試してみようと思ったんだ。兄貴がいいなら」

パソコンに向かいながら、志郎が丁寧に説明した。はじめは親の事業を継ぐことに難色を示していた彼だったが、地元に帰ってきて一年、最近は自分の才覚で物や金や人を動かす事が面白くなってきたらしく、意欲的に働いて五歳上の兄を助けている。

県一番の私立の進学校に進み、首都圏で大学生をしていた頃は、勉強やスポーツはできるが、どちらかと言えば、苦労知らずの生意気な若者で、自分が楽しむことが一番の関心ごとだったようなのだが。

彼はいちおう首都圏の企業に就職するつもりだったらしく、実家のことは兄に任せ切りでタマに帰ってきても長居せず、もともとの本業の造り酒屋のほうには顔も出さなかったくらいなのだ。月給取りのサラリーマンよりか、いずれ一つの店を任せるから実力でやってみないかと説得したかいがあったと悟郎は思っていた。

「ま、こういう新しいモンのことは都会に行ってただけのことあって、俺よりお前の方が詳しいからな。いいさ、何箱か入れてみよう。・・・で・・・何か?オンナ絡みの情報か?」

普段マジメ一方の兄が珍しくニヤニヤ笑いながら、肩をこずく。彼は既に妻を迎えて、一男の父となっている。

「こらバカ、ミスったじゃないか。・・・そんなんじゃないよ、ほんとにお客さんから聞いたんだって」

「いいけど、大事にしろよ、イマの彼女。田端んちのコだし」

「・・・それは兄貴に関係ない。そういう言われ方はイヤだ」

志郎はいささか、ぶっきらぼうにパソコンに向かって呟いた。

「そうか。まぁ・・・お前が考えてやればいいさ。」

悟郎は伝票を置いて、店舗のほうへ向かっていった。

兄が姿を消すやいなや、志郎はキーボードを打つ手を止め、大きなため息をついた。

なんで、みんな勝手に決め付けたように言うのだろう?頼子も兄も。自分はまだなんにも固まってはいないのに。だが、この地域の旧弊さは以前と同じだ。どこに行っても冬木の坊ちゃんだねえ、とか、お家を継ぐなんてえらいね、とか言われる。確かに、仕事は少し面白くなってきたが、4年も都会の空気を吸った身にはどこかしんどい、煩わしい部分もあることも否定できない。



―アイツも、そんなことを感じていたんだろうか・・・?



羽山優菜―――

子供の頃は、皆元気で残酷で、自分に理解できないもので、しかも弱いものならばイジメるという事で排斥しようとする。勿論自分も。



―どうしようもなく、世間の狭い、卑怯モンのガキだったよな、本当は知りたくて仕方がなかったくせに。



あの夕暮れの別離が蘇る。

真っ赤に染まった空と田んぼ、冷え冷えとした空気。空を映した畦道の水溜り。赤い長靴が注意深く、それを避けて遠ざかってゆく。自転車さえ降りられず、見送った自分を。

この間の夕刻、小学校の校門に佇んでいた人影は間違いなく、優菜だったのだ。そして、昨日の宵に再び出あった。

あの時、優菜は迷惑そうだった。はじめは自分のことも覚えていない様子だった。あたりまえだ、優菜にとって忘れたいことばかりだったのだろうから。自分だって長いこと思い出すこともなかったはずだ、ほんの時折、鮮やかな夕焼け空を見る度にふっと赤い長靴が頭をよぎるだけで・・・。



―だけど、又会ってしまったんだ。この町で。これはどういうことなんだろうな・・・小学校にアイツがいるんだ。昔はゴメンって謝るべきなんだろうか?なんか、それも変な気がするし・・・でも、何か俺の中でひっかかってるんだ・・・これはどうしたらいいんだろう?



長い髪はそのままだった。そして少し憂いのあるような目元はそのままに美しくなっていた。

『じゃ』と、身を翻し、逃げるように走っていった優菜―――。

このままじゃいけないような気がした。なんとか、もう一度会って、話をしなければ。

だが―――



アイツはどう思っているんだろうな・・・?



志郎は呆然とディスプレイを見つめ続けていた。







               ○●○●○●○●○●○●







あいかわらず遅々とした展開ですみません。頼子は自分に正直なだけ。そして、志郎はどう動かそうか?(決まってない!?)







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